第215話 出張再び④

 ――『竜王国ドライゼン 国境山中』――


「「「はぁ はぁ はぁ」」」


 「「「……」」」


 A等級冒険者パーティー『クレイモア』の面々は、肩で息をしている新米C等級冒険者達を見て、揃ってため息をつく。


 「少し休憩する」


 リーダーのドミンゴは、そう皆に言うと『クレイモア』のメンバーは四方に散って、それぞれ別の方角を警戒しながら背中の荷物を下ろし、各々が休憩に入った。C等級の若手達は、その場にへたり込み、水筒の水をがぶ飲みしている。


 「お前ら体力無さ過ぎるぞ……」


 それも仕方ないか、とドミンゴは思う。C等級になったばかりということは、今まで街周辺での依頼しか受けられなかったということだ。平地の浅い森で野営の経験はあるだろうが、山越えをするような長期の行動は未経験だろう。まだ魔物との遭遇は無いが、こんな状態で今襲われれば、体力を消耗した状態では満足に戦闘など出来るはずが無い。


 「おい、お前ら荷物の配分もおかしいぞ? なぜ魔術師のコイツも同じ量をもたせてんだ?」


 「「「え?」」」


 「え? じゃねーよ。そんなに息を切らせて詠唱できんのか? はぐれた場合に備えて、最低限の荷物は持たせて、あとは剣士組に持たせろ。魔術師なら咄嗟に詠唱できるよう、常に体調には気を配れ」


 「そ、それじゃあ、俺達がすぐに剣を抜けなくなってもいいって言うんですか?」


 「たかが六~七十キロの荷物で剣が抜けなくなるなら剣士なんてやめちまえ。それにな、パーティーの中で最も優先しなきゃならんのは『魔術師』だ。リーダーはその次ぐらいだな。理由は分かってるよな?」


 「「「い、いえ……」」」


 (マジかよ……)


 「『魔術師』は貴重で、すぐに補充がきかないからだ。言葉は悪いが、剣士なんてその辺にゴロゴロいるんだ。剣士は死んでもすぐに代わりを補充できるが、魔法を使える奴はそう簡単には見つからない。魔術師は体力が無いだのと蔑ろにしてると、いざいなくなった時に困るぞ? 現に、コイツが水魔法を使えるおかげで、荷物が減ってんだろ? 優秀な冒険者パーティーほど、魔術師の引き抜きに力を入れてる。魔術師からしても高等級の冒険者パーティーに入れるんだ。油断してると引き抜かれるぞ? 俺達が高い報酬を提示してコイツを引き抜いたら、お前ら困るんじゃないのか?」


 「「「うっ……」」」


 「魔術師は、戦闘になっても優先的に守らなくちゃならん。ギルド的にも、パーティーが全滅しても魔術師だけは生還してほしいってのが本音だ。俺達はいなかったが、不死者アンデッドのスタンピードで剣士がどれだけ役に立った? 城壁で守られた街を守るには優れた魔術師や弓士が必要だ。まあ、それだけでもダメだし、バランスが大事なんだが、最近の若い連中は、女の魔術師はチヤホヤする癖に、男の魔術師は下に見る奴が多いからな。等級が上がれば、自分達以外の全体を見る視野も必要になってくる。それができないパーティーは、使い捨てみたいな依頼を押し付けられるハメになるぞ? まあ、だからと言って魔術師がそれに甘えていい訳でもないんだが……」


 チチッ


 ドミンゴの説教の最中、『クレイモア』の一人がドミンゴに合図を送ってきた。


 「お前らは、ここで待機。音は立てるなよ?」


 ドミンゴはそう若手達に言うと、身の丈程もある真紅の大剣グレートソードを抜き、合図のあった方へ音を立てずに駆けて行った。


 …


 ドミンゴは先行していた斥候役のメンバーにそっと近づくと、その斥候役が静かに指を差す。


 斥候役が示した先には、豚鬼オークが五体、鼻を鳴らしながら山の斜面を歩いていた。


 「おいおい……。アイツら剣を持ってるぞ?」


 ドミンゴ達『クレイモア』にとって、豚鬼など大した魔物ではない。だが、武器を持って武装してるとなると、その光景に自分の目を疑う。五体の豚鬼は大剣をそれぞれ手にしており、その統一された形状と真新しさは、その辺りで拾ったものとは思えず、違和感を一層際立たせていた。


 「生意気にも、腰に布を巻いてアレを隠してますよ? 恥ずかしがり屋さんですかね?」


 「冗談言ってる場合か! ありゃ間違いなく。古い資料で見たことがあるぞ? 戦争があった頃は、使役テイムした魔物を武装させてたってな。こうして実際に目にするのは初めてだ……」


 「どうします?」


 斥候役は、風向きを確認しながらドミンゴに問う。


 ドミンゴはチラリと後方の若手達を見て、他の『クレイモア』のメンバーに集合の合図を送った。


 

 「しゃーねーから殺るぞ。誰かに飼われてるとしたら、明らかに斥候だからなるべく無視したいとこだが、若手達アイツラがいるからな」


 「完全に足手まといっすね……」


 「まあそう言うな。誰でもそんな時代はある。それより、豚鬼を始末したらすぐに離脱する」


 「いいんすか?」


 「国境の山に入ってそんなに経ってないのに、あんな異常な個体がいたんだ。これ以上、若手を連れて進むのは危険だ。一旦、近くの支部に報告して再調査するかの指示を仰ぐ」


 「「「了解」」」


 ドミンゴはメンバーに合図を送ると、『クレイモア』のメンバーは散開して風下から豚鬼へ向かっていった。


 

 ―『炎よ 我が声に従い その力を示せ 火球ファイヤーボール』―


 タイミングを見計らい、メンバーの一人が豚鬼の目の前に『火球』を放つ。突然の炎に豚鬼の足が止まったところへ、大剣を持った二人が豚鬼に斬りかかった。


 二人のメンバーが瞬時に二体の豚鬼を斬り捨てた直後に、背後に回ったドミンゴが炎を纏わせた大剣で二体の豚鬼を一刀で薙ぎ払った。


 最後に残った豚鬼は、再度放たれたメンバーの『火球』によって頭を燃やされ、瞬く間に五体の豚鬼は討伐された。


 「証拠の魔石と大剣を回収しろ」


 『クレイモア』の斥候役とリーダーのドミンゴが周囲を警戒し、残りの二人が素早く魔石を抜いて、豚鬼の持っていた大剣を確保する。


 「死体はそのままでいい、急いで離脱する」


 「「「了解」」」


 

 A等級冒険者パーティー『クレイモア』のメンバーは、四人全員が大剣使いだ。魔法を使えるメンバーや斥候も例外なく剣を扱え、異例と言える構成だ。パーティーとしては最少人数でありながら、これまでいくつもの依頼を完遂してA等級まで上り詰めた背景には、メンバー同士、得手不得手を可能な限り無くし、連携の研鑽を積んできたことが大きい。だがそれは、他のパーティーも同じようにできることではない。



 討伐の様子を見ていた若手のC等級冒険者達は、自分達の実力不足を実感しながら、ただただ見つめることしか出来なかった。C等級の魔術師の男は、自分と同じ魔法使いでありながら、大剣を携え、剣士たちと同じ装備をしていたことに驚きを隠せなかった。ドミンゴにはああ言われたが、それに甘えていては上には登れない、そう言われた気がした。

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