第214話 出張再び③
――『冒険者ギルド マネーベル支部 執務室』――
「へっくしゅ~ん!」
「ちょっと、大丈夫ですか? マリガンさん」
「うむ。誰か噂してるようだな。……多分、妻と娘が」
「そうですか、良い噂だといいですね。それより書類汚れちゃったんですけど?」
「なんか冷たいね。ステファニー君……」
「そんなことないですよ? ほら、早くサイン下さい」
「くっ、それが冷たいと言うんだが……」
「いいなぁ~ ジェニー先輩は、魔導列車の二等室での出張かぁ~」
「くっ、何故それを……」
「何故って、ジェニー先輩が皆に言ってましたよ? この間は、一等室でしたっけ? 豪華すぎて緊張ダヨ~ とか、言ってましたけど、正直イラッとしますよね」
「くっ、ジェニーめ、守秘義務って知ってんのかあいつは……」
「あー、やっぱ秘密なんですね~ いつも予算が無い無い言ってるのに、随分太っ腹なんですね~ 何故なんでしょうね~」
「くっ!」
(レイ殿達のことを詳しく言える訳ないだろっ! しかし、これは拙い……)
「オホンッ! まあ、あれだ。「S等級」絡みだよステファニー君(お願い、察して?)。それに、
「まあいいです。それより、冒険者達への教育費がエライことになってますけど、いいんですか?」
「へ?」
「A等級パーティー二組に、B等級パーティー三組。それぞれ新米C等級の冒険者達をつけてますが、赤字もいいとこなんですけど、大丈夫なんですか?」
「そ、それはキミも分かってるでしょうが! せ、先行投資だよ……。今ウチは大変……」
「護衛依頼でラーク王国へ行った冒険者の帰還率が更に落ちて来てます。投資、回収できればいいんですけどね~」
「くっ! あんの
「まあ、いいじゃないですか。金で出て行くような冒険者に街を守ってほしくはありませんからね。まあ、少しでも報酬の良い場所に行くのは当然かもしれませんが、ウチの報酬が他より低いわけでもないですよね? それにマリガンさんは、新人の教育や引退した冒険者のケアも他の支部より頑張ってるじゃないですか」
「ス、ステファニー君、わかって……」
「ボーナス。宜しくお願いしますね?」
「……はい」
…
……
………
――『冒険者ギルド マネーベル支部 通信室』――
「どうしたんだい? なんだか声が疲れてるようだよ?」
「何でもありません。それよりグランドマスター、何か分かったんですか?」
「この前の報告は、かなり衝撃的な内容だったからね。すぐに指示を出せなくてすまない。貰った情報の裏を取るのはまだまだ時間が掛かりそうだ。あまり時間を掛けてられないというのにまったく……。とりあえず、ボクの権限で動かせる人間は全て動いて貰ってる。そのレイって子の話だと半年ぐらい前らしいけど、ここ一年で該当する名前と突出した成績の冒険者を全てピックアップしてる。十数人の該当者が出たから本部直属の「S等級」に調査を依頼した。今はその報告待ちだね」
「本部の「S等級」ですか?」
「正直、調査には向いてない人物なんだが、他にすぐ動ける人間がいなかったからね。本当に『勇者』なら普通の人間には対応できないし、まあ仕方ない」
マリガンはゴクリと息を呑む。「S等級」の対応……。レイの実力を知っているからこそ、万一、街中で戦闘が起きれば、どれほどの被害が出るのか想像は難しくなかった。マリガンの脳裏に、レイに斬り殺された百人以上の騎士達の死体が浮かぶ。
「神聖国についても、内偵を出してはいるが、まだ情報は無い。あっちはデリケートな問題だからね、時間はもっと掛かりそうだ。それと、これも口外無用なんだけど、オブライオンの支部が連絡を絶った」
「へ?」
「向こうに入国したギルド定期便が行ったきり戻らない。調査の為に派遣した冒険者達も軒並み音信不通だ。リストに合致した冒険者の殆どがオブライオンでの登録だから、十中八九、『勇者』絡みなのは確実だとボクは思ってる。けど、秘密裏に行動できて、信頼できる人材が不足しててね。そっちの案件も滞ってる。隣接する各国には警告を発する予定ではいるけど、慎重に事を運ぶべきって意見も多い。国が絡んでたとしたら、下手すれば二百年ぶりの戦争だからね。慎重になるべきって意見も分かるんだが……」
「あちこちで色々起こり過ぎてます。悠長にしてれば手遅れになるかと」
「流石マリガン、よく分かってる。人外の力は、実際に目にしないとその深刻さが分からないのさ……。『勇者』は成長する。良くも悪くも。あまり時間を掛ければ、人には手に負えなくなる。そうなれば…… 二百年前の悲劇の再来だ」
「グランドマスター……」
「そのレイって子、一度話せないかな?」
「レイ殿ですか? 今は神聖国へ向かってます。ラークを経由する予定らしいですが、保護したエルフ族の子供も送るので、どういうルートかは分かりません」
「ラーク王国に……、エタリシオンか……帰るのはちょっとイヤだなぁ~ それに……」
「……」
(いやいや、イヤとか言ってる場合じゃなくない?)
「あ、そうそう、ラークで思い出した。さっき言ってた該当者の調査だけど、『S等級』の人間は、マネーベル経由でラーク王国に行くんだよね。だから色々よろしくね~」
「は?」
「魔導列車は本部からラークまで直通が無いから、そっち経由になるのは仕方ないだろ? まあ、乗り継ぐだけだから何も心配無いと思うけど、一応、気を付けてね~」
「ちょっ、えっ? 気を付ける? 一体どういう意味……」
「あ、もう時間だからまたね~」
「あっ、ちょっと! おーーーーい!」
「切りやがった……」
通話を終えたマリガンは、頭を押さえながら、思考をフル回転する。
(ヤバイ、今度は「S等級」だと? そんなのレイ殿達でお腹いっぱいだよ! 頼む、今度はまともなヤツでいてくれ…… いや、違う、ラークへ行く? それってヤバくない? レイ殿達と「S等級」冒険者、それに、『勇者』かもしれない者がラーク王国に集まるじゃないか! 何も起きないはずが無い……。まあウチは関係ない、無いよな? いや待て、本当にそうか? 考えろ、俺! 絶対、対岸の火事じゃ済まない気がするぞ……)
マリガンは頭を掻きながら考え込む。
「あーくそっ! とりあえず、誰かを派遣して偵察を…… あっ」
マリガンの手には、髪の毛が大量に抜けて貼り付いていた。
「うっそぉぉぉぉぉぉ!」
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