第213話 出張再び②
「うわ~ はや~い」
ステラは、車窓から流れる景色を興味津々で見続けている。ジェニー達が魔導列車に乗り込んで出発してから数時間経つが、飽きもせず窓に張り付いていた。
「まあ、仕方ないわよね~」
ジェニーですら魔導列車に乗るのは数えるくらいで、馬より早いものに乗るのに慣れていないのはジェニーも同じだ。それも個室は三回目。三等室以下は席間も狭く、窓も小さい。窓際の席が取れなければ、とても景色をゆっくり眺める余裕は無い。そんな席でも一般平民が気軽に利用できる料金ではないので、魔導列車に乗ったことがあるというだけで自慢できる体験だ。二等室のゆったりした個室で、風呂トイレ付。食事も高級宿と同等なのだから、かなり贅沢な旅だ。
だが、ジェニーの手元にある荷物には大事な手紙が入っている。これの放つ
今回は、護衛の二つの冒険者パーティーも、同車両の別の二等室を利用している。列車専用の護衛部隊がいるとは言え、その業務は主に外の魔物と列車強盗への警戒なので、一顧客を護衛してくれるわけではないからだ。今もジェニー達の部屋の前を、バッツ達ベテランと若手が交代で警備してくれている。
…
「結構、若いのが増えたんじゃないのか?」
「まあな。詳しくは言えんが、ベテランは他の路線に出向だ。この路線は比較的安全だからな。人を育てるには丁度いい」
列車内で会話しているのはバッツと護衛部隊『黒狼』の隊長フェンだ。
「でもこの間は
「相変わらず、耳が早いな。おかげ様で被害は出てない。それより、お前のところも若いの増やしたのか? 随分大所帯じゃないか」
(おかげ様?)
「そんなんじゃねーよ、マネーベルの
「なるほどな。どこも大変だな……。最近じゃ東が騒がしい。お前らも行くことがあったら気をつけろよ?」
「東? 帝国か?」
「いや、そこまで遠くじゃない。オブライオン周辺だ。あっちの方は元々大した地域じゃないから護衛もそれなりだったんだが、列車が丸ごと消えたりして今は路線が凍結されてる」
「マジかよ? 列車が丸ごと? 初耳だぞ」
「そりゃ、公になってないし、他所に依頼もかけてない。ウチの『紅虎』が調査に向かったがまだ原因は分かってない。今あっち方面は列車が運行してないから馬車旅になる。東方面の依頼は受けない方がいいぞ?」
「そりゃありがとよ。しかし、最強の『紅虎』が出るって随分物騒だな」
「まあ人手不足ってのもあるが、列車が破壊されたんじゃなく消えたからな。念の為ってとこだな」
「そうか……。まあいいか、それよりメルギドはどんな感じだ?」
「いつも通り……ってわけじゃないな。『魔戦斧隊』が解体されて、新部隊が創設中らしい。今なら冒険者にも仕事があるかもな」
「冗談言え、『龍』の縄張りで活動なんか、命がいくつあっても足りねーよ。それより『魔戦斧隊』が解体? 一体何があったんだ?」
「さあな。全滅したって話だが詳しくは知らん。だが、城壁が壊される程の襲撃があったってのは事実だ。何が襲ったのかは伏せられてる。『龍』じゃないかってもっぱらの噂だ。最近は落ち着いてるが、一時期衛士達がピリピリしてた。あんまり飲み過ぎて騒ぎを起こせばどうなるか知らんぞ?」
「素人じゃあるまいし、任務中に酒なんか飲むかよ? まあヒヨッコ共には気を付けるように言っとくさ。それより、お前とは長年の付き合いだから言うが、神聖国がどうもキナ臭い。それにその隣のラークもゴロツキ共の動きが派手になってきた。あちこちで色々起こり過ぎてる。あまりそっちには関係ねー話だが、こういう時はデカい何かの前触れってのがウチのギルマスの見解だ。お前らも気をつけろよ?」
「マリガンか……。そりゃ嫌な見解だな、現実にはなってほしくないが、あの心配性のオッサンの勘は当たるからな……。まあ、こっちはこっちでやれることをやるだけさ」
「お互いな」
バッツはそう言うと、静かに自室へと戻って行った。こうした情報交換も長年の実績と信頼があってこそのもので、若手を紹介するなどのことはしない。自分達の命にも関わるツテやコネは、自分の器量で開拓しないと意味が無く、貰った情報と同じくらいの価値を提供できなければ対等な信頼関係は築けない。
(どうやらメルギドも騒がしいみてぇだな……。それに、オブライオン方面か…… フェンはああ言ってたが、獣人傭兵組織で最強の一角、『紅虎』が出るなんて普通じゃねー。さては、いくつかの部隊が失敗してやがるな? こりゃ、マリガンの旦那に報告だな。あっち方面は暫くヤバそうだ……)
自分達の所属する組織、指示を出すトップに間違った判断をされない為にも、報告・連絡・相談は常に忘れない。だがそれも、信用できる有能な上司と認められているからこその部下の行動だ。その意味ではマリガンは冒険者ギルドのギルドマスターとして有能な部類に入っている。損得勘定でしか物事を判断しない管理職に、人はついて行かない。ついていくのは同じく損得勘定でしか動かない者だけだ。不死者のスタンピードにおいて、マネーベル支部の殆どの冒険者が従事したのは、マリガンの人徳があればこそと言えた。
…
……
………
――『ジルトロ共和国 竜王国ドライゼン 国境付近』――
「あー ったく、なんで戻ってきて早々、指名依頼なんだよ……」
「そうボヤくな。俺達が依頼で不在の時に
「そりゃそうだけどよ。でもその話、マジだと思うか? たった二人の冒険者が数万の不死者を相手したっつー……」
「ギルマスが実際に見て、「S」認定に推薦したらしいぜ? あのギルマスがだぞ?」
「あの評価が厳しいマリガンのオッサンが推薦? そっちの方が信じられねーよ」
「「ちげーねぇ」」
重装備と大きな荷物を背負って歩いてるとは思えないほど、軽快な会話をする男達。
「おい、お前ら、そろそろ街道を外れる。おしゃべりはそこまでにしとけ」
「「「はいよ~」」」
A等級冒険者パーティー『クレイモア』。そのリーダーであるドミンゴが、他のメンバーに注意を促す。本来パーティーメンバーには言わなくても大丈夫なのだが、今回の依頼ではC等級になりたてのパーティーも同行してるので、セオリーを一々指示して全員に通達していた。
今回の調査依頼は、ジルトロ共和国からの直接依頼だ。首都を襲った不死者事件の原因究明。不死者の多くが竜人族だったことで、国交の無い竜王国への潜入調査を依頼されたが、先に派遣された二つのB等級パーティーが音信不通になっていた。事態を重く見たマリガンが、A等級冒険者パーティー『クレイモア』に指名依頼を掛けたのだ。
「でもドミンゴさん、こういう任務って本来バッツさんの『ホークアイ』が適任なんじゃないですか?」
「……お前らには黙ってたが、アイツらは今、護衛任務でメルギドだ」
「え? ってことは、魔導列車? マジかよ…… いいなぁ、野営装備無し、襲撃の心配も必要無し、しかもついでにメルギドで買い物もできる! くっそ羨ましい! ……でも、護衛任務ってそれ俺らの方が適任じゃないっすか? ドミンゴさん、まさかくじ引きで負けたとかじゃ?」
「アホ言え! んな訳あるかっ! ちっ、だから言いたくなかったんだ……。戦闘力はウチの方が高いんだ。本来ならお前の言う通りなんだが、まあ、ギルマスにも考えがあるんだろうよ。潜入調査っていったって、先に依頼を受けた連中が戻って来ない。不死者もいるかもしれねぇ。戦闘になる可能性は高いだろうよ」
「えー マジすか?」
「今回は、生還を第一に考えて深追いするなって念を押されてる。若いのがいるからかと思ったが、あのオッサンの言い様だと、それだけじゃねーだろーよ。第一、成果が無くても報酬が満額出るなんてあり得ねぇ。このまま時間潰して帰っても報酬が出るんだぜ? そんな依頼は聞いたことねぇぜ。まあそんな真似してちゃあ、A等級は名乗れねぇが、このことはヒヨッコには言うなよ? 土壇場で逃げ出されても困るからな」
「まあ土産の一つでも持って帰らないと沽券に関わりますからねぇ」
「そういうことだ。だが油断すんなよ? あのオッサンが生きて帰ることに念を押すんだ。いつも以上に気ぃ抜くなよ?」
「「「……了解」」」
ドミンゴ達『クレイモア』は、街道を離れて森に入ると、全員が泥や土、草花で装備を汚しはじめた。
「ちょっ、な、何してんですか?」
C等級の若い冒険者が、その様子に困惑する。
「あん? 何してるってこれから森に入るんだぞ? 目立たねーようにと、臭い消しに決まってんだろーが。お前ら大丈夫か? 護衛任務じゃねーんだぞ? 見え張った示威行為なんか必要ないんだ。そんな金ピカなままで、敵や魔物から先に発見されたらいい
若い冒険者達は、慌てて自分達に泥を塗りたくり、草を擦りつけはじめる。
「クックック。まあ、すぐに剣が抜けるように気をつけて塗れよ~ それと滑ってすっぽ抜けるから持ち手には塗るな。そこのお前、その草はかぶれちまうから使うな……。ったく、お前ら薬草採取とかあんまやってなかったろ? 腕っぷしだけじゃ生き残れないって初期講習で口酸っぱく言われただろーが、大丈夫かよ……」
「「「「スンマセン……」」」」
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