第212話 出張再び①
時はレイ達が、ジルトロ共和国の首都マネーベルを出発した頃まで遡る。
――『冒険者ギルド マネーベル支部』――
「ジェニー君! ジェニー君はいるかね?」
ギルドマスターのマリガンが、ジェニーを呼ぶ。
「なんですか? マリガンさん」
「ジェニー君、キミに特別業務だ」
「へ?」
「レイ殿からの依頼だ。この手紙を『メルギド』のマルク・マジク・メルギド殿に届けるのだ」
「えーーー! 無理ですよ! 他の冒険者に頼んでくださいよ!」
「キミは、他の
「はいはい、分かってますよ、他の
「くっ! そうだった……」
マネーベルの礼拝堂崩壊の混乱は、まだ何も落ち着いていない。教会関係者は総出で『聖女』の捜索や、怪我人の手当や世話に追われていて、保護された女の子もジェニーが預かってる状況に変わりが無かった。『聖騎士』に暴行を受け、保護された女の子、ステラも孤児院に帰ることを嫌がっている。暴行を受けた場所であったなら当然の反応だ。ステラに関しては、現在里親を探している最中だ。
唯一、少女が幸運だったのは、「S等級」冒険者に保護されたこと。それも、支部ではマリガンしか知らぬことだが、その冒険者は「女神の使徒」なのだ。もし、少女の保護やケアが万全でなかった場合、レイ達からどんな怒りが降り注ぐか分かったものではない。幸い、ステラはジェニーに懐いており、今のところはギルドにも一緒に来て、受付嬢や冒険者達から可愛がられ穏やかに過ごしている。
「わ、わかった。では、今回は護衛もつける。B等級冒険者パーティー、バッツの『ホークアイ』だ。それならステラが一緒でも大丈夫だろう……」
「なら、バッツさんに依頼したらいいじゃないですか?」
「キミ、マルク・マジク・メルギド殿を知ってるよね? ん? 会ってるんだよね? んー? レイ殿から聞いたが、報告書には書いてなかったぞ!」
「え? あ、はい。まあ、多分? えへへ」
(ヤバイ、一杯お爺ちゃんいたから誰が誰だか分かんないなんて言えない……)
「キミね、『メルギド』の建国七家の代表の一人だよ? それも、過去の『勇者』に武具の提供をした生きる伝説だ。彼に会いたいって人が一体どれだけいると思ってるんだね。そんな簡単に会ってくれる人物じゃないんだよ? レイ殿からの手紙だ。直接渡すか、確実に渡したことを確認しなきゃならんのだ。面識のあるキミが直接行くのが一番確実だ。逆に知らん人間が行って、そこらのただのジジイに間違って渡してみろ。……誰か死ぬぞ?」
ジェニーの脳裏にドワーフ達の顔と、バラバラにされた神殿騎士達の姿が浮かぶ。自分が行った時も、レイ達を探してると言っただけで牢屋に入れられたのだ。おまけにドワーフ達は皆似ていて個人の判別が難しい。知らない人間がちゃんと届けられるかかなり微妙だ。それに、失敗した場合はあの騎士達の様にバラバラに……。
「謹んでお受けしたいと思います」
「よろしい! 列車は二等室を用意した。まあ、旅行だと思って楽しんできたまえ!」
「あんまり嬉しくないんですけど……」
…
「ってことで、俺達がジェニーちゃんとステラちゃんの護衛って訳ですかい……」
「「宜しくお願いします」」
ジェニーとステラが揃ってバッツ達『ホークアイ』に頭を下げる。
「俺達が護衛ね~」
「久しぶりだな~」
「……たしかに。でもまあジェニーちゃんと、ステラちゃんなら知ってる人間だから楽だな」
「しかもメルギドだからな。久しぶりに装備の新調もしたいな~」
飄々とした四人の中年男達。B等級冒険者『ホークアイ』の面々は、バッツを含めてそこらにいる平民の装いだ。ぱっと見、地味な色合いで目立たないが、外套や衣服の素材は一級品で仕立てられており、短剣や片手剣も上質なモノが目立たぬよう装備されていた。
現在、ジェニー達はマネーベルの魔導列車発着場のホームにいるが、『ホークアイ』の面々は、緩い会話の最中もさりげなく周囲を観察しており、列車に乗り込む人物のチェックをしていた。
「「「「オレらの方も宜しくお願いします!」」」」
バッツ達の後にいた、若い四人組の冒険者パーティーが、ジェニーと同じようにバッツ達に頭を下げる。マネーベル支部では、中堅以上の冒険者が先の不死者襲撃の調査でかなりの数が命を落としていた。マリガンは戦力不足を補う為、ベテラン冒険者に若手の有望株を補佐につけ、下位の冒険者達のテコ入れによって全体的な底上げを計っていた。
「んー、お前ら、メルギドは初めてか?」
「「「「は、はい」」」」
「メルギドへの移動は列車だけだ。野営装備は必要ない。置いてけ。邪魔だ」
「え? でも万一の時は……」
「メルギド周辺の森は、ここらより遥かに森が深い。その万一を心配しても無駄だ。野営するハメになったら一晩だってそれを使うことはないぜ?」
「「「「え?」」」」
「メルギドで騒ぎを起こして追い出されたら、森を抜けて国境を越える前に魔物に襲われて死んじまうからな~」
「「「「えっ!」」」」
「あそこら辺は『魔の森』に近いんだ。まあ、魔導列車一本で行けるからあんまり知られてねーけどな。A等級でも油断できない地域だ。覚えとけ」
「「「「は、はい……」」」」
(うっ……。レイさん達はそんな森で一週間とか籠ってたりしてたんですよね……。やっぱオカシイです。あの人達……)
「今回は、ジェニーちゃんがメルギドの要人に手紙を届ける間の護衛だからな。特に心配することも無いし、街でのもめ事だけ気を付けてくれりゃあいい」
「まったくだ。しかも二等室での旅なんていつぶりだ? お前らツイてるな?」
「「「「……」」」」
C等級の若手達は、魔導列車の二等室を利用するなど初めてだ。そもそも護衛依頼で魔導列車に乗ることなど滅多に無い。大概は列車を利用した後の馬車旅などで護衛を雇う依頼主が殆どなので、列車に同行する必要が無い。そもそも魔導列車には専属の護衛を雇っている。態々護衛まで同行させる依頼主はいない。
「しかもメルギド路線は『黒狼』だからな。列車が襲われても俺達の仕事は無い」
「だが、油断はするなよ? 列車の乗客達の顔と特徴は可能な限り覚えておけ」
「「「「「えっ?」」」」」
「手紙の中身は知らねーが、それを狙ってるヤツがいると想定しとけってことだ。お前ら、只の手紙ってことで油断してんだろ。これが白金貨や貴重な宝石だったら、そんなのん気な顔してるはずねーからな。依頼のブツが何であれ、その価値を勝手に判断して気を抜くなよ?」
「「「「は、はい……」」」」
バッツ達は、手紙の送り主がレイだと知っている。高級宿での神殿騎士達が惨殺された処理も、中心となって行ったのは『ホークアイ』だ。この任務は失敗しましたでは済まないと全員が認識しているが、この若手達はレイのことは知らない。
(お前らもあのバラバラ死体現場を見てりゃあ、もうちっと違うと思うんだが、まあ、しゃーねーか。だが、どんな依頼も自分の短ぇ物差しで測っちまうのは危険だな……。その辺、キチっと教育しねーとな)
バッツ達『ホークアイ』には、教育役として別途報酬も発生している。本来、他の冒険者の台頭は、依頼の取り合いになるのでフォローすることは滅多に無いが、ライバルが少な過ぎるのも環境としては良くないことを知っているのだ。現在のマネーベルの状況は、マリガンだけでは無く、バッツ達を含めた多くのベテラン達の危惧することでもあった。
若手達は、バッツらベテランの発言にただただ戸惑うだけだった。
((((これがB等級冒険者……))))
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