第211話 妖精

 「「変なの?」」


 リディーナとイヴが、ブランの警告にすぐさま周囲を警戒する。いつの間にか虫の鳴き声も止んでおり、不気味な静寂が集落を包んでいた。


 「イヴ……」


 「はい、リディーナ様……」


 二人はそれぞれ武器を抜き、近づいて来る不穏な気配に対して構える。


 「ブランがいての敵襲は初めてですね……」


 「?」


 『魔の森』での襲撃を知らないリディーナは不思議な顔をする。ブランがリディーナ達と共に去った後、『魔の森』で怒涛の魔物の襲撃にあったことから、ブランは魔物を遠ざける何かがあるとレイとイヴは思っていた。


 リディーナからしても、エタリシオン国内、それも結界の中で何かに襲われるのは初めてだ。


 「ヨーム公の言ってた吸血鬼ヴァンパイアね。イヴ、世代は低いらしいけど第三世代が何体かいるみたいだから油断しないで。ブランはここで待ってて。四人のいる家に誰も入れないようにね」


 「わかりました」


 『了解ッス』


 リディーナはそう指示を出すと、イヴと共に森へ入って行った。


 …


 ヒュッ


 シュバッ


 リディーナが魔銀ミスリル製の細剣レイピアを一閃する度に、剣の振れた箇所が細切れになる。『風刃』を纏わせた細剣で吸血鬼の首を刎ね、刎ねられた首がバラバラになっていた。身体強化と『風加速アクセラレーション』の併用で、疾風のごとく森を駆け抜け吸血鬼を屠っていく。


 (やっぱり魔銀ミスリルの純度が高い所為か、属性のノリがいいわね~)


 一方のイヴも身体強化を施し、火属性の魔法短剣で吸血鬼の心臓や頭を焼いていく。スピードはリディーナに及ばないものの、巧みな体さばきで吸血鬼に肉薄し、その急所を刺して炎で焼いていた。


 (あまり腐乱死体ゾンビと変わらないですね……)



 二人が対峙しているエルフの吸血鬼達は三十体ほど。その殆どが第四、第五世代の吸血鬼で、運動能力と知能が低い。再生能力のある腐乱死体ゾンビといったところだが、その程度では二人の相手にはならなかった。


 『『『がああああああ』』』


 吸血鬼達は、血に飢えているのか、仲間の吸血鬼が倒されてるにも関わらず、二人の血を求めて我を忘れたように次々と襲って来る。



 ―『風よ 我が声に従い その力を示せ 風刃ウィンドカッター』―



 吸血鬼の一人が、木の陰から仲間諸共リディーナに『風刃』を放つ。


 仲間の吸血鬼を切り裂きながら、風の刃がリディーナを襲う。


 「くっ」


 「リディーナ様っ!」


 避け切れない、そうリディーナが思った瞬間……。



 『あらあら』



 吸血鬼の『風刃』が掻き消える。


 「え?」


 リディーナの目に、宙に浮く半透明の女性が見える。


 「だ。誰?」


 『ようやく、ワタシがようになったわね~ リディーナちゃん』


 「リディーナ……ちゃん?」


 周囲の吸血鬼はその女性が見えていないのか、何事も無いようにリディーナに襲い掛かる。


 『ちょっと、アナタ達は邪魔ね~』


 謎の半透明の女性はそう言うと、周囲の吸血鬼達が細切れになって風に攫われていった。


 「「へ?」」


 リディーナとイヴが呆気に取られていると、女性はリディーナにふわりと近づき、やがてリディーナに重なるように消えてしまった。


 (何だったのかしら……)


 「リディーナ様、一体何が起こったのでしょう? 吸血鬼達が消えちゃいました……。リディーナ様が?」


 「え? イヴは見えなかった?」

 

 「?」


 (何かしら? この感じ…… 精霊? いや違うわね……)


 

 精霊の上位存在である『妖精』。精霊に自我が芽生えた存在の『妖精』は、ハイエルフの王族でも一部の者しか見えず、それを使役できる者は更に極僅かであり、秘匿せずともその情報を知る者は殆どいなかった。田舎の集落で育ち、成人してすぐに国外に出たリディーナも存在は知らなかった。


 ―『風の妖精シルフィード』―


 風と空気を司り、自在に操ることのできる妖精。風の精霊との親和性が高い種族であるエルフでも、過去に『風の妖精』と契約出来たハイエルフは驚くほど少なかった。見ることの出来た者もそれを使役することは敵わず、『風の妖精』が何を以って契約者を選んでいるのかは不明である。



 「とにかく、一旦戻りましょう」


 「了解です」


 リディーナは、自身に起きた不可思議の現象に戸惑いつつも、イヴを連れてブランの元へ戻って行った。


 …


 『風の妖精シルフィード』が吸血鬼を一掃する少し前。


 

 『あ~~~ 臭っさい! オエッ 臭ッ!』


 ズシンッ


 ドグチャッ


 ブランは襲ってきた吸血鬼を蹴り飛ばし、その頭を悪態をつきながら踏み潰していた。


 『なんつー 臭い生き物なんスかね~ コレ?』


 直接的な戦闘方法しかとれない吸血鬼達は、それでもブランに襲い掛かり、その度に蹴られ、潰されていく。


 『あーーーメンドイ! 『落雷』!』


 ブランの一本角が光り、吸血鬼の人数分の落雷が発生する。その雷がそれぞれに命中し、周囲にいた吸血鬼が皆黒焦げになった。頭から落ちた落雷により、脳と心臓が一瞬で焼かれ、再生能力のある吸血鬼と言えど、復活することは無かった。


 『腹減ったッス……』 

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