第210話 無知

 バンッ


 レイが白石響の遺体を灰にした直後、ロジェ率いる守備隊が王の寝室に雪崩れ込んできた。


 レイは、近づいて来る気配に気づいてはいたが、遺体の処理を優先し部屋に留まっていた。他の部屋の空気も入れ替わってはいたが、部屋に入ってきた者達へ、レイはすぐに警告する。


 「それ以上動くなっ!」


 「貴様、女共はどうした?」


 ロジェはレイの警告を無視し、部屋を見渡して女達の姿を探す。女の悲鳴は聞こえていたので、いたはずだとロジェは思っており、灰になった残骸が女達のなれの果てだとは想像すらしていない。


 「始末した。それより、辺りに火薬が仕掛けてある、迂闊に動くな!」


 レイは再度ロジェ達に警告する。『勇者』達への仕掛けは酸素濃度を下げただけでは無かった。万一失敗した場合に備えて、ベッドや家具の中へメルギドで手に入れた火薬を仕掛けられるだけ仕掛けてあった。他の部屋の絨毯を解いた糸で仕掛けを作り、室内は最小限の灯りにしてある。当然だが一目では仕掛けが分からない仕様にしてある。


 「カヤク? なんだそれは? おい、殺れっ!」


 「ちっ」


 レイは、即座に説得を諦め、すぐに窓に向かって駆け出した。背後から複数の『風刃』を唱える声が聞こえたが、無視して窓を突き破って飛び降りる。


 

 ドーーーンッ


 ドドーーーンッ


 

 次の瞬間、王の寝室から大きな衝撃音が立て続けに鳴り、城の一部が吹き飛んだ。


 レイは落下中に『飛翔』を発動し、上空から自分の背中と城の様子を見る。


 「外套コイツを着て、攻撃を食らうのは初めてだが、ユマ婆に感謝だな……」


 背中に『風刃』を食らった衝撃があったが、外套は勿論、レイにも傷は無かった。メルギドのユマ婆に作成してもらった外套。古龍の皮を使ってるだけあり、流石の強度だ。


 「それにしても、火薬を知らないか……。確か、リディーナも過去にメルギドに行くまで知らなかったと言っていたな。知らなければ深刻さも伝わらなかったか」


 だが、ロジェ達を笑うことは出来ない。それはレイも同じだからだ。この世界にはまだまだレイの知らないことが山程ある。不思議現象ファンタジーの中には知らずにいれば、致命的なモノもあるだろう。魔物や『勇者』の能力も、知らなければ対処は後手に回る。情報収集を怠れば、いつかロジェのようになるかもしれない。


 「勝って兜の緒を締めよ、か。さて、王にはなんて説明するかな……」


 爆発の規模から、あの部屋にいた者は全員死亡しているのは確実だ。『勇者』を殺せるよう、ありったけの火薬を仕込んでいたのだ。魔法ではないので魔法防御の結界では防げず、物理的な結界を展開できるとしても、それを発動する時間的余裕は無い。爆薬の中でも威力が低い黒色火薬とは言え、爆速は秒速四百メートル。映画の様に爆発が起こった後に行動して防いだり、避難するのは現実には不可能だ。


 「城の上層が吹っ飛んじまったな。まあやったのは俺じゃないが……」


 『仕掛けたのはレイさんでありんす』


 「……警告はした」


 『……』


 「それに、無人にしておけとも警告した。俺は悪くない」


 『……』


 …

 ……

 ………


 「はぁ~~~ 心配だわ~~~」


 「リディーナ様、少し落ち着いて下さい」


 リディーナとイヴは、焚き火を囲みながらの夜番をしていた。そわそわしながら落ち着きのないリディーナに、イヴはそっと淹れた紅茶を手渡す。


 「ありがと。イヴは、なんでそんなに落ち着いてるのよ……。レイが心配じゃないの?」


 「心配は心配ですが、レイ様があれだけ自信があると仰ってましたし……」


 「まあ、確かに余裕とか言ってたのは、ちょっと吃驚したけど。でも、相手はあの白石響なんでしょ? しかももう一人は名前しか知らないって言うじゃない」


 「リディーナ様は、知っておられるのですか?」


 「ああ、そうか、イヴは知らなかったわよね……。レイは白石響と一度戦ってるのよ」


 「え?」


 「私は遠くから見てただけだったんだけど、剣でレイとまともに戦ってたわ。レイが戦術を組み立てて剣を振るってたのはあの時だけ。いつも大体一太刀で決めるのに、剣を打ち合える相手がいたなんて驚いたわ」


 「レイ様と…… 打ち合う?」


 「信じられないわよね。いつもの稽古では、レイは全然本気じゃないってその時初めて分かったわ。私達に教えてくれてる技なんて、レイにとっては大した技じゃないのよ。それに、剣を斬り結びながら魔法も放ってたわ。それでもあの白石響は倒せなかった。最後にはレイが腕を犠牲にしてなんとか撃退したのよね。まあ、途中で邪魔が入らなかったら殺せたと思うんだけど……」


 イヴが苦い顔をして自分の紅茶に目を落とす。レイとまともに剣を打ち合える者がいるなど信じられなかった。自分が王の寝室で見たのはまだ十代の女の子だ。いくら特別な能力を持つ『勇者』とは言え、自分とさほど年の変わらない者の存在に、嫉妬にも似た悔しさを感じる。


 「もっと強くなりたいです……」


 「そうね……」


 イヴの呟きにリディーナも同意する。


 (私なんか、また捕まっちゃったし、レイに呆れられてるかしら? 拙いわ! すごく拙い! ん~~~ 何だか無性に腹が立ってきたわ。あのエリクってヤツ……。見たことないだったけど、一瞬で意識が無くなった。何だったのかしら? ……このままじゃ拙いわ)


 リディーナとイヴ、二人して落ち込んでいるところへ、ブランが近づいてきた。


 『姐さん、なんか変なのが一杯来るッス』



 「「変なの?」」

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