第209話 粛清
白石響は、一瞬で心が折れ、恐怖に支配されていた。先程味わった激痛は、今まで響が味わったことのない、想像を絶する痛みだった。もはや、凛とした表情で弱者を斬ってきた余裕の面影は欠片もない。小便を漏らした羞恥心を感じることも忘れ、二度と味わいたくない痛みを避ける為、必死にレイに懇願する。
「お願い、やめて! やめて下さいっ! 何でも言いますっ! 何でもしますからぁ! やだ、やだよぉ……」
「では、最初の質問だ。東条奈津美の能力は?」
「知らない! 奈津美は誰にも……」
レイは、そっと頬の針に触れる。
「いぎぃぃやぁああああああ」
「一緒に行動してて、知らない? あんまり舐めるなよ?」
「ホントに知らないのよぉ! 奈津美に目を治して貰ったし、魔法陣みたいなもので空間を移動したりできるけど、何聞いても教えてくれなかった! エルフの死体を吸血鬼にもしたし、怪しい人体実験もしてたっ! それだけしか知らない! 信じ…… ぎゃぁぁぁああああああ」
レイは、再度針に触れる。三叉神経を圧迫するように刺した針は、僅かな振動でも激痛を引き起こす。もう一か所、顎の神経に針を刺し、秘伝の仕上げを行えば、痛みを起こし続けることが可能になるが、殺してくれと泣き叫ぶことしかできなくなり、発狂してしまうので、尋問する場合は刺さない。この方法を取るのは白石響が武道の経験があるからだ。外傷の痛みに慣れている者は、骨を砕いたり、指を切断しても耐える可能性がある。白石もバケモノに変わる可能性がある以上、あまり時間を取る訳にもいかなかった。
レイは、暫し考える。この施術は人間なら絶対に耐えられない激痛だ。それは、この術を覚える際、師匠からこの身に直接味わされたから断言できる。尋問や拷問の術は、可能なものは実際に自分の身で体験させられる。相手の受ける痛みを知らなければ、コントロール出来ずに、壊してしまうからだ。
いくら痛みに強い耐性があっても神経を直接刺激する痛みには、とても耐えられない。事実を言ってるとしたら、東条奈津美という女はかなりの曲者だと言えた。とっくに首を刎ねて灰にしたとは言え、他の転移者達と比べるとかなり異質な能力だ。南星也のような
「まあいい、次だ。ここの王に要求してたモノとはなんだ?」
「それも知らないっ! こ、古代遺跡の発掘品だって言ってた! あ、あと、鍵だとかなんとか…… い、いや、やめて、やだやだやだ……あぎゃあああああああ」
「知らない、知らない、か……。何も知らず、理由も何も無く、ただ剣を振い人を殺すか……」
「うっ うっ うっ うぇ」
白石響が嗚咽を漏らす。泣いているようにも見えるが、目から流れる血で涙は見えない。後悔しているのか、それとも単に痛みで泣いているかは分からない。
レイは、その後もクラスメイトの能力を尋ねるも、以前、高橋から聞いた内容よりも収穫は少なかった。白石響は、自分以外には興味が無かったようで、他の人間の能力は知ろうとも思わなかったらしい。余程自分の能力に自惚れていたのだろう。もう白石響から聞きたいことは何も無かった。
「まさか、リアルにこの言葉を使う日が来るとはな……」
レイは、そう呟くと、黒刀を抜き構える。
「新宮流、第六十八代宗家、新宮幸三の名において、その名代たる鈴木隆が、名を汚しし白石響を誅す。かの世に先人に詫ぶるがよし」
「えっ……」
斬ッ!
レイは、白石響の首を刎ね、遺体を『聖炎』で灰にした。
(
レイは初めて白石響と斬り結んだ時から、自分の師の孫娘であることが分かっていた。会ったことは無いので顔は知らなかったが、名前は知っていた。女神のリストに同名の名前があったが、剣筋を見るまでは同姓同名だと思っていたのだ。
だが、その娘は修羅に堕ちた。理由も無く人を斬り、力に溺れていた。
新宮流を殺す術、『裏伝』を師から伝授された時、師の名代を名乗ることを許されていたレイは、宗家に変わって新宮流を乱用する者を裁く義務がある。所詮は人を殺す技術で、正義や大義を掲げている訳ではないが、修羅に堕ち、畜生となった門下生を『新宮流』は良しとしない。
金の為に人を殺していた自分が、そんな資格はないと昔は思っていたが、師からはただの口封じだと言われ、納得した。自分の持つ力や技術の意味を理解せずにそれを無暗に振るうことは、いずれ自分達に不利益を起こす。白石響が『剣聖』の能力以外にも、『新宮流』を名乗り、人を斬り続ければ、その技は研究されることになる。そうなれば、人を殺せる技術やその対策が拡散し、将来的には自分達やその子孫がそれに苦しめられるのだ。習得の困難な技術はまだいいが、簡単に殺せる技術程、それを振るう時は誰にも見られず、相手を必ず殺して情報の漏洩を防がなくてはならない。人に技術を教える場合も同様だ。考え無しに力を振るえば、粛清の対象になる。
「
恩師の孫娘であろうと、ただの高校生であろうと、相手に自分を殺す力があるなら躊躇しない。それを以前のレイの記憶を女神が見たなら知っていたはずだが、女神は白石とレイの縁を黙っていた。
(殺すのを躊躇すると危惧したか、それとも……)
…
……
………
レイが、白石響の首を刎ねる少し前。
国防責任者の任を解かれた第三王子のロジェとその側近、それと守備隊隊長のキリルが十名の兵士と共に、王宮の一階ホールに集まっていた。
「ロジェ様、本当に行かれるのですか? 王命に背くことになりますが……」
「キリル、馬鹿なことを言うな。よそ者の人間なんぞに、王宮を好きにされておるんだぞ? そもそもお前達が討ち漏らした女共の所為でこうなっておるのだ。それを私自ら尻拭いをしてやるのだぞ?」
「も、申し訳ありません……」
「まったく……。それより、精鋭は集めたな?」
王の寝室でのやり取りは、まだキリル達に知らされてはいない。ロジェは己の失点を取り戻すことに必死だった。
「はっ、ここにいる十名は、精霊魔法が使える者だけです」
ロジェは、キリルの後ろにいる者達を一瞥し、頬の広角を上げる。普段は結界周辺で哨戒活動をしている者の中から、精霊と契約し、精霊魔法が使える精鋭達を招集して、レイと王を脅迫している女二人を討つつもりだった。
「よし、では行くぞ!」
「「「はっ!」」」
(ふん。あの男も侵入者の女二人も、まとめて始末すれば、私の汚名はそそがれる。先程まで聞こえていた女の悲鳴が聞こえなくなった。あの男がどんな卑劣な手段を使っているかは知らんが、王宮を穢しおって……。まとめて始末してくれる)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます