第208話 秘術

 「  ま  だ  息が  あった か」


 東条奈津美は、途切れ途切れに聞こえる声に、朦朧としながらも意識を取り戻し、目をゆっくり開ける。


 斬ッ


 そして、すぐにまた視界が暗転した。


 一刀で即座に首を刎ねられた東条奈津美は、自分の身に何が起こったか知るよしも無く、意識が途絶えた。


 …


 白石響は、ぼんやりとしながら目を開けると、四肢を椅子に縛られ、両手首には短剣が突き刺された自分の手が見えた。


 「ッ!」


 ヒュッ


 「あ゛ぁぁぁああぁぁぁ」


 自分の手首を見て、目を見開いた瞬間、黒い光が一閃し、激痛と共に視界が消えた。



 「再生させたんだと思ったが、移植したのか? まさか『魔眼』とはな……イヴの眼を知らなかったらヤバかったかもな……」


 『あれは『竜眼』でありんす』


 「『竜眼』?」


 『『魔眼』の一種でありんす。竜族にのみ発現する特殊な眼でありんす』


 「そんなものどこで手に入れたのか……。まあいい、魔力を封じられ、両目とも斬られちゃ、どうせ何もできんだろ」


 

 「うぐぅぅぅ……」


 響は、目の奥から生じる痛みと、四肢が縛られ、短剣の刺さった手首から感じる激痛に、呻き声を漏らす。だが、痛みと共に、何故自分がこんな状況に陥ったのかの疑問も湧き上がってきた。


 「一体…… 何が…… どうして……」


 「白石響、その状態じゃあの白い刀を出しても握れまい。魔封の手錠は足に掛けてあるから魔法も身体強化も使えない。ただの人間には千切れない強度の縄で手足も固定してある。抵抗は無駄だと言っておこう」


 「な、奈津美ぃーーー!」


 「東条奈津美なら、もう殺した。助けを求めても無駄だ」


 「なっ!」


 

 レイは王の寝室を閉め切って、魔法によって酸素濃度を下げた。地球の地表付近の酸素濃度は二十一%。人間の場合、その酸素濃度が十八%を下回ると、酸素欠乏症を発症し、様々な障害が発生する。酸素濃度を六%以下にすることで、一呼吸で人は意識を失い、心臓と呼吸が停止してそのまま死に至る。


 この世界の大気成分が地球と同じであると言う前提ではあったが、同じ人間が生活している以上、この世界も酸素濃度は同じとレイは考えている。


 酸素濃度が低かったり、高濃度の一酸化炭素や二酸化炭素を吸引することで起こる酸欠や中毒は、無色無臭な上、呼吸が苦しい訳でもなく、気づくことは実質不可能だ。症状を自覚したころには既に遅く、思考能力や運動能力も低下する為、自力でその空間から脱出することも現実には難しい。


 レイは、メルギドでの『鬼猿オーガ』へ放った核撃魔法を使用する際、空気中の水素や重水素を抽出した経験から、狭い部屋内の空気から酸素だけを抽出することは、それに比べたら簡単な事だった。しかし、作業を行う際は、自身も酸欠にならぬよう、呼吸を止め、窓の隙間から手を入れて作業しなければならず、同一空間で行う戦闘では勿論使えない手段だ。


 念のため、同フロア一帯の部屋も同じ環境にしてある。毒ガスの生成も考えたレイだったが、その後の現状復帰が困難なことや、生成に必要な成分の抽出や配合する時間も無く、また、自分のように毒が効かない者には効果が無いのですぐに却下した。酸素欠乏症に関しては、毒が効かない体質でも呼吸が必要な生物なら必ず効くし、気づいて対処することも不可能だ。


 上空から二人が現れ、意識を失って倒れたのを確認したレイは、扉を開けて風の魔法で素早く空気を入れ替えて、中に入った。もう五分も放っておけば、確実に死ぬのは分かっていたが、一人は尋問しておきたかった。


 能力が不明な東条奈津美は、すぐに首を刎ねて殺し、持ち物を調べた後に『聖炎』で遺体を燃やした。またあの『悪魔や鬼猿バケモノ』に変わっても厄介なので、念入りに焼いて灰にする。


 残りの白石響を縛り上げ、圧縮した酸素を軽く吸わせる。あまり吸わせると、酸素も中毒を引き起こすので、軽くで十分だ。


 「さて、今からいくつか質問に答えて貰おうか」


 「ふざけるなっ! ……その声、あの時の男ねっ! 卑怯者! 剣で私に勝てないからってこんな姑息な手を……」


 「勘違いしてるようだが、俺は剣士じゃないし、試合をしているつもりも無い。剣など人を殺す道具に過ぎない。多少武道を齧ってるようだが、今どきの道場は、そんな当たり前のことは教えられないのか?」


 「『新宮流』を馬鹿にするなっ!」


 「……はぁ」


 レイは、ため息とともに、白石響の左手に刺さった短剣を捻じる。


 「ぎゃあああぁぁぁ」


 「『新宮流』だと? 殺し合いしてる相手に自分の流派をベラベラ喋るとは……。師匠ジジイが嘆く訳だ」


 自分の流派を名乗るのは、合戦が無くなった後に一部で広まった風習だ。自身の流派の名を掲げ、広く門下生を集めてその存続に努めた結果に過ぎない。真の殺人剣は、その名や技術が外部に漏れるのを極端に嫌う。流派を知られただけで、自分のもつ技術がバレるのだから当たり前だ。技術を競うことを主眼に置いた現代の武道とは違うのだ。現代において、忍術が空想や状況証拠のみで語られているが、詳しい術が知られていないのは、その最たる例だ。

 

 「『新宮流』は戦国時代に生まれた忍びの流れを汲む総合流派だ。剣術、体術、槍術、弓術が表の道場では教えられてるが、裏では人を殺す技術、戦場を生き抜く術を教えられる。剣には槍で、槍には弓で。相手を殺す手段を限定するのは傲慢の極みだ。剣で戦え? 相手が素手で同じセリフを吐いたら、お前は剣を捨てるのか? 殺し合いだぞ? 卑怯なんて言葉は、相手を生きて帰すから生まれるんだ。新宮流が剣だけで生き残ってきたと思っているのか? 剣術道場で少し齧った程度が『新宮流』の名を戦場で軽々しく口にするな」


 「せ、戦場?」


 「違うのか? 今お前は俺に殺される一歩手前なんだぞ? 連れの女も殺された。王を脅迫してた癖に、命のやり取りが無いと思ってたのか? のこのこ予告して敵の前に姿を現すなんて、現代地球でも有り得んぞ」


 「くっ……」


 「まあ、殺す前にいくつか聞きたい事を聞かせてもらうから、後悔はあの世でするんだな」


 「だ、誰が殺されるのにしゃべるのよっ!」


 「さっき言ったろ?『新宮流』には殺す技術が山程あると。その中には敵兵を尋問する術もある。拷問って言った方がいいか? 鍛えた大の大人も耐えられない、最後には殺してくれと懇願するような術があるんだ。……話すさ」


 「……」


 レイは、魔法の鞄マジックバッグから、数本の針を出す。メルギドで作った長さ十五センチ程の、ただの鉄製の針だ。


 白石響の頭を力ずくで押さえ、レイは針の一本を響の頬に突き刺す。


 「あ゛いぎゃぁぁああああああ」


 絶叫を上げる響に、レイは容赦なく耳元で呟く。


 「まだ終わりじゃないぞ?」


 レイは反対側の頬にもう一本の針を同じように突き刺した。


 「いぎぃぃぃぃいいいいいいい」


 響の身体がビクビクと痙攣し、小便が漏れる。歯が砕けんばかりに噛み締めた口元からは、血の混じった泡を吹いていた。


 「ぎひぃ ひぃ ひぃ ……はぁ はぁ はぁ」


 「もう痛みが引いてきただろう。三叉神経痛って知ってるか? 顔にある神経が圧迫されて起こるんだが、人が感じる痛みでトップクラスの激痛だ。今は一瞬の痛みだが、あと一本、もう一か所刺せば、さっきの痛みが治まることなく一生続くことになる。『新宮流』の術は、相手を失神やショック死させない術だ。気を失ったり、死んで楽になることはない。……俺が殺すまでな」


 「ひっ! や、やめ……」


 「さて、話して貰おうか」

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