第217話 王兄の来訪
――『エタリシオン 長老院』――
王の寝室を中心に、城の上部が崩壊してから三日が過ぎていた。王都にある長老院の建物内にある寝室で、サリム王は数名の側近と近衛と共に、情報の集約と整理に追われている。寝室にはシリルも同席し、各部署への指示を王に変わって行っていた。
「ゴホッ ゴホッ それでは状況を整理するぞ」
サリム王は、室内の者達に向け、集約した情報の共有を行う。シリルがまとめ役で皆に説明を行った。
エリクに関して、闇に属する妖精を使役していたことが、屋敷で発見された文献や資料で判明した。人間の社会に比べれば、闇の属性に対する嫌悪は少ないが、それでも王族がそれを研究し、使役までしていたことは衝撃的なことだった。屋敷には執事の遺体も発見されたが、王女であるリディーナを暴行した事実の証言もあり、治療を許さなかった執事の末路に同情の念は誰も抱けなかった。
『
「城の一部崩壊に関しては?」
「はい、現在も瓦礫の撤去作業中ですが、人の肉片らしきものがあちこちに散らばっております。……申し上げ難いのですが、同胞の物で間違いないようです。それに……」
「ロジェか?」
「はい。発見された毛髪の一部は王族のものでした。それに、今もロジェは行方不明なままです。十数名の警備隊と共に王宮へ向かったとの情報もありますので、巻き込まれたかと……」
「巻き込まれた、か。王命に背いて出向いたのだ。それは正しい評価とは言えんな。せめて『勇者』と刺し違えたのならまだ救いようもあっただろうが、恐らくは、あの男の足手纏いにしかなっておらんだろう」
「そ、それは……」
シリルは先の続く言葉を堪える。あの日以来、『勇者』の二人は現れていない。遺体は見つかっておらず、あの男も音沙汰が無いので、安心はできない状況だが、あの男の戦闘力をその目で見た限り、自分達では太刀打ちできないことは明らかだった。親族としての感情を抑え、為政者としての目線に立てば、あの男の邪魔をしていないかの心配を先にするべきだった。
シリルは感情で動くことの危険性をここ数日で実感していた。
「外の様子はどうなっておる?」
「はい、吸血鬼の数は大幅に減ってはいますが、いまだ健在です。夜間に城門に群がってくることも変わりはありません」
「事態は何も変わっておらんか……」
「なら、彼にお願いしてみてはどうだい?」
「「「――ッ!」」」
「「「何者だっ!」」」
近衛がサリム王の前に立ち、剣に手を掛ける。
「まあまあ、落ち着いて。百年ぶりに帰ってきて顔を知らないのは分かるけど、一応、ボク、王族なんだな~」
突然現れた男は、飄々とした口調を崩さず、近衛に向かって両手を振る。長く尖った耳と白髪、それに赤い眼をした男は、王族であるハイエルフのものだ。
「ト、トリスタン……」
「伯父上……」
「やあ、久しぶりだね、サリム。それにシリルだったかな? 最後に会ったのは百年ぐらい前だったんだけど覚えてたみたいだね~」
「そ、それは勿論です。……おい、お前達、控えよ。この御方はトリスタン・エル・エタリシオン。父上の兄君だ」
「「「え? はっ し、失礼致しました!」」」
近衛達が慌てて直立して敬礼するが、その表情は困惑を隠しきれていない。サリム王の兄ということと、その若々しい姿に戸惑う近衛達。
「いいよ、いいよ、王族としての権利や特権はとっくの昔に放棄してるからね~」
「それは義務も、であろう。兄上……」
「相変わらず堅いな~ サリムは。ひょっとして王位を押し付けたこと、まだ怒ってる?」
「そんな訳ないであろうっ! ゴホッ ゴホッ」
「大分、病が進行してるようだね。病は『
「白々しいぞ、兄上。冒険者ギルドなんぞの長に身を堕として、国を顧みなかった男が何故今さら出しゃばってくる? 何が狙いだ?」
「随分な言われようだな~ これでも世界の安寧を見守ってるつもりなんだが…… まあいい。それよりレイって子はどこにいるんだい? 実は彼に会いたくて来たんだよね。でも、この国も結構ヤバそうだから手を貸したい気持ちも本当だよ?」
「レイ?」
「知らない? この国に来てると思ってたんだけど…… ミスったかなぁ」
「ひょっとしてあの男のことでは?」
「女神の遣わした異世界人と言っておった、黒髪灰眼の男か?」
「ああ、それそれ。その子。……大丈夫? 怒らせてない? 結構危ない子みたいだからね~」
「「「……」」」
「聞いただけでも今代の『勇者』を何人も殺してるらしいし、未確認だけど『悪魔』も討伐したみたいだよ? それに、つい最近では、あの神聖国の神殿騎士を何百人も斬り殺しちゃってるみたいだからねぇ~ 『悪魔』は彼の方じゃないかってぐらいで、正直、「女神の使徒」かどうか疑わしいよ、ホント。でも、不死者のスタンピードから街を救ったり、『聖女』を治療して保護してるのは事実みたいだし、それに、今代の『勇者』が怪しいのは確定だからね。ボクも会ったことが無いから直接会って確かめたいんだよ。……まさかとは思うけど、敵対とかしてないよね?」
「「「……」」」
サリム王を含め、シリルもなんと答えていいか分からなかった。只者ではないと思っていたが、まさかそんな化け物だとは思ってもみなかったのだ。二人の脳裏にエリクのことが浮かぶ。リディーナに暴行を働いたエリクに、あの男は腹を立てていた。『墨焔の魔弓』を寿命が無くなるまで無理矢理使わされ、ゴミの様に捨てられた。暴行を擁護し、治療を阻んだエリクの老執事は殴り殺され、出来損ないと罵ったルイは腕を斬り飛ばされた。その上、あの男が無人にしろと忠告されたにも関わらず、ロジェがいらぬ手出しをした可能性が高い。
「ち、父上…… ちょっと拙いような気がしてきました」
「……」
サリムとシリルは、今更ながら揃って顔が青くなっていた。
「え? 何? なんかやっちゃったの?」
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