第203話 平和の代償

 「な……に?」


 「「「「「?」」」」」


 サリム王だけではない、室内にいる誰もが、レイの言葉の意味を理解できていなかった。サリム王からすれば、エリクを探す理由が分からず、王子達や側近達は、『勇者』の目的や王の腹にある《モノ》について、話についていけてない。


 「お前の言う「丁重な扱い」ってのは、婚約者の両手を縛って吊るし、暴行を加えることを言うのか?」


 「なんだとっ! ウッ ゲホッ ゲホッ」


 「嘘だと思うなら、屋敷に人を送って確かめろ。暴行を擁護したジジイは殺したが、手当を進言してたメイドは生かしてある。証言は取れるはずだ。俺の女に手を出したんだ。只では済まさん。どこにいる?」


 サリム王は、咳き込みながらもレイを凝視する。態々、人を送って事実を確認しろと言っている、嘘ではないだろう。だが、俄かには信じられない。それに、目の前のリディーナに暴行の形跡は見られない。


 サリム王以外の者も、リディーナが無傷に見えることに、レイの発言に信憑性を感じずにいた。王子達をはじめ、何人かの近衛がレイを訝し気に見る。



 「俺の女だと? 貴様っ! たかが人間が、出来損ないとは言え王族の女を手籠めにするとは、身の程……はえっ?」


 レイに向かって指差しながら、強気に出たルイの腕が、レイの無言の『風刃』によって切断され、宙に舞う。


 「はぁあぎゃあああ」


 ルイは切断され、血が噴き出した腕を押さえ、悲鳴を上げながら蹲る。その刹那の出来事に、周囲の誰もが動けず、声も発することが出来なかった。


 「出来損ない? 手籠め? 言葉に気をつけろ。状況理解してんのか?」


 「わ、私の腕がぁぁぁあああ」


 「よせっ! お前達、迂闊なことをするでないっ!」


 サリム王がルイを無視して周囲を一喝する。レイの実力を『勇者』と同等と見て、その脅威を正しく認識しているのは、サリム王と数名の側近だけだった。


 「余の娘が暴行されたと言ったが、見る限りそのようには見えぬが?」


 「怪我したままにしておくとでも? 治療したに決まってるだろう。ボケてんのか? それとも時間稼ぎのつもりか? ならやめとけ。俺の見立て通りならお前の病の具合じゃ、生きて話ができてるのは奇跡的だ。いつ事切れても不思議じゃない。だが、お前が死ねば、その腹を裂いて中のモノを手に入れ、『勇者』に直接聞くだけだ。それに、エリクを探すために無関係な奴がお前の代わりに締め上げられるだけだぞ? この場にいる奴らも、明日ここに来る予定の『勇者』共を始末するのに、邪魔だから全員殺すことになる。時間が無いのはお前達の方だぞ?」


 レイとしては、半分はブラフだ。サリム王の余命はまだある。それに、あまりリディーナの国の無関係な人間は殺したくなかった。ソフィに聞いた限り、リディーナがシャルとソフィを連れて来たことはバレてるので、あまり無関係な人間を殺せば、二人と二人の両親に累が及ぶ可能性もあった。少なくとも、話が通じそうな王は、生かしておいた方がいいとレイは思っている。だが、時間が無いのはレイも同じだ。エリクを殺し、明日の夜、来るであろう白石響と、もう一人の勇者を始末する準備も整えなければならない。その為には王宮の人間が邪魔だった。交渉できないままなら多くの人間を巻き込むことになる。


 「ゆ、勇者を始末するだと……? 正気か?」


 「正気か狂気かは関係ない。俺は、女神アリアから『勇者』を始末する為に呼ばれた異世界人だ。その為に邪魔になるなら王族だろうが国だろうが、排除する許可は得ている。協力しないなら全員まとめて始末するだけだ」


 「「「異世界人っ! 女神アリアだとっ!」」」


 側近の何人かがレイに向かって膝をつき、首を垂れる。その様子に驚く王子達と他の者達。レイからは王以外、全員若者に見えるが、膝を着いた者は二百歳を越える者達で、前勇者達と面識のあった者達だった。この状況をいち早く理解し、レイに対して敬意を示した。その思いはサリム王も同じだったが、エルフ国の王として、レイを確かめなければならなかった。


 「女神アリアが遣わした者か……。神の祝福を受けている者なら、その周囲にいる精霊達にも納得できるというもの。……まさか、余が生きているうちにまたも世界が乱れるとは…… だが、その前に……ゴホッ ゴホッ ゴホッ」


 「『勇者』の前に、エリクだ。さっさと居場所を……」


 コンコンコンッ!


 寝室の扉が激しく叩かれ、返事を待たずに兵士の一人が中に飛び込んできた。


 「何事だっ! 無礼であろうっ!」


 近衛の一人が、慌てて入ってきた兵士を怒鳴りつけた。だが、入ってきた兵士は息を切らしながら、王に向かって発言する。


 「も、申し上げますっ! エリク公、乱心っ! 黒炎の矢を王都に放ちながら、真っ直ぐ王宮に向かって来ておりますっ!」


 「「「なんだとっ!」」」


 「馬鹿な、一体どういうことだ? 詳しく説明せよっ!」


 「はっ! エリク公は、西門の城壁より吸血鬼共を瞬く間に殲滅。そのまま北回りに城壁沿いを進撃しておりましたが、北門付近で急遽反転、王都内を灰に変えながら王宮へと進んでおります! 陛下には至急避難を……」


 「ま、まさか『魔弓』の副作用か? いやしかし、そのような「呪」は無かったはずだ……」


 サリム王と側近が互いに視線を交わす。『墨焔の魔弓』は一射ごとにその強力な威力と引き換えに寿命を削る、それだけだったはずだ。



 「居場所を聞く手間が省けたな。先にヤツを始末する」



 レイは、リディーナを抱えたままバルコニーに向かって歩き、そのまま空へと飛び去った。



 「だ、誰か……、誰か見届けに行くのだ……。余の代わりに。あの男は誰にも止められまい……。エリク公に何があったのか、あの男が真に女神の使者なのか……、見極めねばならん。 ゴホッ ゴホッ」


 「父上、私が行って参ります」


 「シリルか……。よい。……行け」


 「はっ!」


 第二王子シリルが、近衛兵士数人を連れて、部屋を出て行った。後に残されたのはサリム王と側近達、王直属の近衛と、第三王子ロジェ、そして片腕を斬られた王太子のルイだ。ロジェは自分がシリルに出遅れたことに焦り、ルイは油汗を流しながら傷口を押さえて、王のそばにいる回復術士に叫ぶ。


 「早く治療しろ! 何をしているっ! 私は王太子だぞっ!」


 回復術士は、サリム王を見る。サリム王は首を左右に振りながら静かに言う。


 「止血だけして、捨て置け。次期王たる者が冷静に状況を見れぬとは……。己の迂闊な発言が、国の命運を左右すると知れ! それより、先程首を切られた者の手当てを急げ。殺す気は無かったのだろう、まだ助かるはずだ」


 「ち、父上……」


 ルイは悲痛な表情をサリム王に向けるが、その裏ではロジェがルイを見下した目で見ていた。


 (フフッ 兄上、どうやら父上に見限られたようで…… クフフフッ)


 「ロジェ。お前も国防責任者の任を解く。暫し反省しておれ」


 「へ? なっ! 何故です! 父上?」


 「愚か者っ! 結界を越え、人間が侵入してきたことを把握しておきながら、余に報告を上げなかったな? 二百年間、破られなかった事態を軽く見おって……。お前が早期に報告を上げていれば、南方面の集落の民は、吸血鬼に襲われる前に避難できたかもしれぬ。その怠慢は大罪と知れ!」


 「ぐっ くく……」


 ルイとロジェが揃って力無く項垂れる。



 「これも二百年の平和の代償か……。誰もが万一という考えを抱けず、明日も今日と同じ日を迎えられると盲目的に信じている。民はそれでもいい。だが、我ら王族はそれではいかんのだ。我らの享受している平和は、自らが掴み取ったものではないのだぞ……。何の為に『勇者伝説』を子らに言い聞かせてきたと思っておるのだ。……この二百年、我らは何をしていた? 結界の外ではいまだ魔物が蔓延り、人間との確執も解消せぬまま、人間である『勇者』の作った結界の中、ぬくぬくと与えられた平和を貪っていただけではないか……。国の平和を自らの手で守れぬとは……」


 サリム王の自問の呟きに、その場の全員が目を伏せた。

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