第204話 死告の妖精

 リディーナを抱えたレイは、そのまま、城の頂上へ上がる。上の屋根には、イヴとシャルが揃って遠くを見つめていた。


 「イヴ、シャル、待たせた」


 「レイ様……」

 「兄ちゃん!」


 レイは、二人が見ていた方へ目を向けると、建物が崩れ、ぽっかりと穴が空いたような箇所が見える。そして、今もまた一つ、建物が消えた。


 「あそこか……」


 「レイ様、あれは一体?」


 「リディーナをこんな目に遭わせた奴が暴走してるらしい。これからちょっと行って始末してくる。悪いが、もう暫くここで待っていてくれ。すぐに戻る」


 「承知しました」


 レイは、リディーナをイヴに預けると、異変の起こってる方へと飛んで行った。


 …


 王都北の上空で、レイは強化した視力で異変の様子を見る。一人の男が、黒い弓を手に持ち、黒い炎の矢をあちこちに放っている。驚くのはその矢の威力で、射線上の物質が次々に灰と化し、崩れ去っていた。


 逃げ惑う人々。それにも構わず、男は高笑いしながら矢を放つ。その姿は、白髪白眼。黒い靄を纏っているような異様な出で立ちだ。


 「あれが、エリクか……。随分様子が禍々しいな……。それにあれは魔法か?」


 『『死告の妖精バンシー』でありんす。それと、あれは、わっちの一部でありんすぇ』


 レイの呟きに、腰にある黒刀、クヅリが唐突に返事をする。


 「『死告の妖精』? それに、一部ってまさかあれが『墨焔の魔弓すみほむらのまきゅう』か?」


 『そうでありんす』


 「弓と鎧は、二百年前に『勇者』が持って行ったきりとメルギドの爺さん達が言ってたが、ここにあったんだな。まったく手掛かりが無かったからどうしたものかと思ってたが、まさかこんなところで見つけるとはな……。それより、あの矢の威力は、その妖精の力か? それともあの弓の力か?」


 『弓の力でありんすぇ。本来、一射ごとに、寿命が一年無くなるのを、妖精を憑依させて肩代わりさせていんす 。ズルでありんすね』


 「一射ごとに一年ね……。そりゃ寿命が何年あっても足りないな。それにしても随分威力がヤバくないか? 刀のお前と随分差があるな」


 『わっちは、わっちを保つのに力を割いてありんす ので』


 「……」


 『どうしんすか? もう僅か近づけば、あれを制御できんすよ? それとも、自滅を待ちんすか?』


 「自滅?」


 『妖精とは、精霊に自我が芽生えたモノでありんす。あのようなぞんざいな使役をしていれば、いずれは、見限られるでありんしょう』


 「そんな悠長に待ってられるか。それに見ろ、あのイカれっぷりを。無差別にあの凶悪な矢を乱射してる。不快だ」


 『分かりんした』


 …


 『フハハハハハッ! 素晴らシイッ! 素晴らしい力ダッ!』



 エリクは、不気味な声で声高らかに叫ぶ。その真っ白な眼球で、一体何が見えているのか、何を考えて同族に矢を放っているのかは、外からは伺い知れない。



 ―『先祖返り』と『エルフ族』―


 本来のエルフ族、は風と水の属性にしか適性が無い。他の属性が全く使えないという訳では無いが、精霊と契約し、その力を行使できるのは風と水だけだ。風と水に相反する属性である火と土に関しては、ダークエルフと呼ばれる種族に適性がある。ハイエルフを含めた全てのエルフ族の「祖」と呼ばれる種族が太古の昔には存在し、全ての属性と適性があったと言われるが、その事実と存在は現在失われ、それを知る者は現在のエルフにはいない。


 精霊の上位存在である『妖精』は、精霊が意思を持った存在だが、それを認識して顕現、使役できるハイエルフとハイダークエルフにも適性属性が存在する。ハイエルフは風・水・光。ハイダークエルフは、火・土・闇だ。


 『妖精』に関しては、その存在を認識出来る者が非常に稀で、詳しい性質を知る者は、それを使役している本人を含め殆どいない。


 ハイエルフという種族でありながら、闇の属性である『睡魔の妖精ザンドマン』、『死告の妖精バンシー』などをエリクが使役できるのは、『先祖返り』により、太古のエルフの特性を持っていたからだった。



 エリクは、生まれ持った己の特殊な素質と、その力を過信し、を甘く見ていた。……人は『自然』を支配など出来ない。

 


 『アア、そうダナ『死告の妖精バンシー』。モット死の声が聞きたいナ』



 エリクは『死告の妖精』を使役しているつもりが、いつの間にかその意思に支配されていた。


 …

 ……

 ………


 黒炎の矢は、石造りの建物を触れた傍から灰にする。『黒い炎』という地球では見たことのない現象に、一体どんな原理だと興味が湧いたレイだったが、逃げ惑う人々も灰になっていく様子を見て、嫌悪の感情がそれに勝った。


 「虐殺か……」


 レイは目を細めて、エリクを睨む。光学迷彩を自身に施し、エリクの頭上、真上から真っ直ぐ降下した。


 …

 ……

 ………


 王宮から出た第二王子シリルは、二名の近衛兵士と共に、北門近くの高い建物の屋根にフワリと降り立った。風の精霊と契約し、屋根から屋根へと軽快に飛び移ってきた三名は、レイの姿を急いで探す。

 

 「あの男は……?」


 「エリク公から目を離すな、恐らくその周囲にいるはずだ。しかし、何ということだ……。王族たるものが、民に刃を向けるなど……」


 シリルは拳を握りしめながら、男を探す近衛に注意を促す。その目はエリクを睨み、怒りに震えていた。


 「しかし、あれがエリク公……ですか?」


 エリクのあまりの変貌した姿に、近衛二人が息を呑む。


 「『墨焔の魔弓』を所望した時は、気でも触れたかと思っていたが、まさか『妖精』を憑依させて、その「呪」の身代わりにするとは…… なんと愚かな。しかもアレは「風」でも「水」でもない、恐らくは「闇」の…… 一体どうやって?」


 「「?」」


 近衛二人はシリルの独り言のような呟きに首を傾げる。二人は通常のエルフ族であり、精霊と契約はしているものの『妖精』に関しては詳しく無い。


 第二王子シリルは、王太子の内政補佐という役職にあったが、内政の安定している『エタリシオン』で、その役職は有って無いようなものだった。あくまで王太子の予備だ。シリルは有り余る時間と、その王族としての立場を利用し、エルフ族には珍しく書物を嗜み、様々な知識を深めていた。


 「あの男がエリク公をどうするつもりか知らんが、アレを放ってはおけん。我らでエリク公を止めるぞ! 準備しろ」


 「「はっ!」」


 シリル達三人は、虐殺を続けるエリクに向かって、屋根伝いに移動を開始した。

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