第202話 王の病
「父上! 一体どういうことでしょうか? 王都から人を避難させるなどと!」
エタリシオン王宮、王の寝室にて、国防責任者であり第三王子であるロジェがサリム王に声を荒げる。寝室には二人の他に第一、第二王子と複数の側近、近衛兵士達が集められていた。サリム王は顔色が悪く、息を吸うのも辛そうだ。
「ゴホッ ゴホッ はぁ はぁ いいか、よく聞くのだ。夜明けとともに、可能な限りの民を王都より避難させろ。民だけではない、王宮にいる者も全てだ」
「「「バカなっ!」」」
側近達が揃って沈黙し、王の意に従う姿勢を示すも、王子達は承服できずにいた。
内政の責任者で王位継承第一位、王太子のルイ、その補佐である第二王子のシリル、そして、国防の責任者である第三王子ロジェは、二百年前の『勇者』来訪より後に生まれたサリム王の息子達だ。三人の息子と死去した二人の王女、そしてリディーナは、それぞれ全員、母親が異なる。エルフ族では、王のみが後継者問題により例外的に複数の妃を娶るが、それには複数の理由がある。一番の理由はその出生率の低さだ。エルフ族は種族的に長い寿命を持つが、それに反して女性が生涯に出産する人数は一~三人。これは約五百年の寿命を持つ種族としては異常な少なさで、ハイエルフに至っては、一人産むかどうかの少なさの上、女児を出産した場合、その身体の弱さ故、成人するまでの生存率も低い。王族の婚姻には、家系を元に綿密な組み合わせを考慮され、強制的に結婚相手が決められる。三人の王子は、全員に配偶者がいるが、未だ子は授かっていない。出生順に王位継承権の順位が決められてはいるが、誰か一人でも男児が生まれれば、その順位は繰り上げられる。
エルフ族の出生率が低いのは、遺伝的に子供ができ難いことと、他の種族に比べて性的欲求が低いことが挙げられるが、生涯一人の伴侶しか愛さないというエルフ族特有の性質が、結界が出来た二百年前から人口が増えていない要因でもある。勿論、全ての者がそうであるわけでは無い。
「明日の夜、『勇者』があるモノを取りに来る。だが、あの者達は「悪しき者」。それを渡すことはできん。そうなれば、あの者達はこの王宮の人間を吸血鬼に変え、滅ぼすと脅迫してきた。そうなる前に、夜までに国民を速やかに避難させ、最悪の事態を避けねばならん」
「『勇者』ですか? 急にそんなことを仰られても、納得できかねます! 「悪しき者」とはどういうことですか? 『勇者』が悪などと……。それにあるモノとはなんですか?」
第一王子ルイが、サリム王に疑問を呈する。『勇者』の存在は知ってはいても、実在しているという話は初耳な上、過去にこの国を救い、守った存在を「悪しき者」と言った王の言葉に混乱する。
「『勇者』ついては、避難後に長老院の知っている者から聞け。あるモノについては、王位継承時に引き継ぐものだ。今は言えん。それに説明している時間も無い。急いで避難の計画を立案し、朝には実行に移さねばならん。急ぐのだ」
「わ、私は、王太子ですよ? ま、まさかエリク公に……?」
ルイは、サリム王の言葉に、自分が王位を継げない、父がエリクに期待していると受け取り、狼狽する。
「そうではない、今は……ゴホッ ゴホッ ゴホッ」
「「「「「陛下っ!」」」」」
サリム王が咳き込み、押さえたハンカチが血に染まる。周囲の側近たちが、慌てて駆け寄り、側近の回復術士が回復魔法を掛ける。
「
「「「「「っ!」」」」」
寝室のバルコニーから、リディーナを抱えたレイがいつの間に入ってきていた。
「「「何者だ! ……人間だとっ!」」」
近衛兵士達が、王と王子達の前に出て、
「王女ごと攻撃する気か?」
「ッ? カヒュッ」
魔法を唱えようとした兵士の首が横に裂かれ、血が噴き出す。兵士は慌てて首を押さえ、膝を着く。
「「「なっ!」」」
「ゴホッ ゴホッ その声、先程の侵入者だな? 「完全無詠唱」による『風刃』……か? やはり『勇者』並みの実力があるようだな…… ゴホッ それにその腕に抱くは、我が娘、リディーナか? 母親の面影がある、余の娘で間違いあるまい……」
無言の魔法攻撃と、王が娘と断定したリディーナの存在に驚く一同だったが、それより、目の前の男に全員が目を見張る。この部屋にいる者は、王族であるハイエルフと、国で高い実力を持つ者達、全員が精霊を見ることができる者達だ。男の周囲にいる全属性の精霊達に、自分達の目が信じられなかった。
「バ、バカな……あ、ありえん……」
第三王子ロジェが、レイを指差して呟く。全属性の精霊など、ハイエルフでも見た者はいない。それも従えるように周囲に纏う者など聞いたことも無い存在だ。
「お前にはまだ、聞きたいことがある。その前に死んじまったら困るんでな。その病気に回復魔法は逆効果だ。今すぐやめろ」
レイは、サリム王と、回復術士に向かって言う。レイがサリム王に短剣を突き付けた際に、その身体が病に侵されていることを察し、
(何度も自分のレントゲンで見た病気だ。知らないってのは恐ろしいな。回復魔法じゃ、癌細胞を増やすだけで、治療になってない。あそこまで進行してて、よくもまあ話してられるもんだ……)
「ゴホッ ゴホッ 娘は手に入れたのだろう? まだ余に用が……あるのか?」
「エリクの居場所、あの二人の勇者の目的、それと、お前が腹の中に隠したモノの説明だ」
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