第201話 憤怒

 レイが窓のガラスを派手に割ったのは、侵入の為でもあったが、騒ぎを起こし、その騒動に動じない人間や箇所を探る為でもあった。古典的な手法だが、建物で警報が鳴った場合、警備の人間は勿論、付近の人間も通常とは違った動きをする。だが、要人や重要施設を警護する人間は、迂闊に持ち場を動くことはしない。リディーナが要人として扱われているなら、必ず側に護衛や世話人がいると思われた。


 目にした使用人を尋問する傍ら、レイは聴力を強化し、建物のあらゆる音声を探っていた。


 聴力強化は、なるべく使いたくなかったレイだったが、夜間の室内ならデメリットは軽減されるし、今はそんなことに構ってはいられなかった。軍用のイヤーマフは、通常音や会話は聞こえ、射撃音や衝撃音だけを自動感知してシャットアウトする電子制御の高性能な物が存在するが、強化魔法では特定の音だけをカットするようには調整できなかった。聴力を強化すると、あらゆる音を拾ってしまい使用している間は、常に苦痛が伴ってしまうのだ。


 何人目かの使用人を昏倒させたレイは、頭に騒音が鳴り響いてる中、聞き逃せぬ会話を捉える。


 『たかが数度、腹を殴られたぐらいで――』


 『姫様がお子を産めなく――』


 レイは胸がざわめき、思考が怒りに染まる。会話が聞こえた方へレイは急いで走り出した。


 …

 ……

 ………


 「王には誰も殺すなと嘆願されたが、無理だったな……」


 「「ッ!?」」


 メイドと老執事に突然声が掛けられた。しかし、辺りには誰もおらず、周囲を見渡しながら困惑する二人。


 「がっ!」


 突然、老執事の身体が宙に浮き、壁に叩きつけられる。その首が細くなり、苦悶の表情で抗う老執事。


 「ひっ!」


 その光景を目にしたメイドは後退り、腰を抜かす。


 「がっ かっ かはっ」


 苦しむ執事と、へたり込むメイド。その二人に向けてレイが言葉に殺気を込めて問う。


 「リディーナはどこだ?」


 「「……」」


 苦しむ老執事は勿論、メイドも答えない。



 「たしか、数度、腹を殴られたぐらいで……だったか?」



 「「?」」


 ゴッ


 「おぶっ おごっ あがっ やめ……」



 「大丈夫なんだろ?」



 老執事の腹に何度もレイの強化した拳がめり込む。殴るごとに内臓が破裂し、骨が砕ける。尋常じゃない力で首を絞められ、破裂した内臓から溢れる血が喉でせき止められて、地獄の苦しみを味わいながら絶命する老執事。


 ドチャリ


 レイが首から手を離すと、死体となった老執事の体が力なく床に崩れ落ちる。直後に口から大量の血が一気に流れ出し、床に広がった。


 「ひぃぃぃいいいい!」


 「黙れ」


 「いっ!」


 女メイドの座る床には黄色い液体が広がる。メイドの目からはレイの姿が見えておらず、老執事エリオットがひとりで死骸に変わった様子だけが映っていた。エリオットの苦しむ形相とその不可解な状況に、メイドは人生最大の恐怖を覚える。


 「リディーナはどこだ?」


 メイドは震えた手で、必死に部屋を指差す。


 レイは、メイドをその場に放置し、指差された部屋に入っていく。



 「リディーナっ!」


 両手を手錠で繋がれ、吊るされたリディーナの姿を見たレイは、慌てて駆け寄る。もし、エリクが侵入者に備えて罠を仕掛けていたなら、レイはあっさりその罠に掛かっていただろう。冷静さを欠く程の動揺。前世では考えられない行動だった。


 レイはすぐさま黒刀を抜き、手錠と吊るされた鎖を断ち切る。


 リディーナを抱きかかえ、すぐに呼吸を確認して、全身を透視スキャンの魔法で調べる。幸い腹部の打撲と軽い内出血だけで、大きな怪我はない。何度もリディーナに声を掛けるが、リディーナは目覚めない。腹部に回復魔法を掛けて急いで治療し、そのまま抱き上げると、部屋の端にあったリディーナの荷物を自身の魔法の鞄マジックバッグに仕舞う。


 部屋を出て、震えて座り込んでいたメイドに再度質問する。


 「これをやったのは誰だ?」


 歯をカチカチ鳴らしながら震えるメイド。目の前にはリディーナが宙に浮いている。


 「エリクか?」


 「……」


 「ならお前か?」


 メイドは首を左右に振り、慌てて否定する。レイは会話を聞いているので、目の前の女ではないことを勿論知っている。女が一瞬も執事を見ないことからあの老執事でもないだろう。それに、仮にも王女に手を上げる人間など、同じ王族以外はあり得ないはずだ。


 「エリクだな?」


 「……」


 静かに息を呑むメイド。そのことが肯定の意だと本人は気づいていない。力無く座り込んだメイドを放って、レイは自身の光学迷彩の範囲を広げ、リディーナをその透明な膜の範囲に入れると、抱いたまま屋敷の外に向かった。


 レイは、その後、数人の使用人と警備を尋問し、エリクの居場所を尋ねたが、出掛けたということ以外、その行方を知る者はいなかった。


 屋敷を灰にしたい衝動にかられたレイだったが、手当てを懇願していた先程のメイドを思い出し、思い留まる。


 「くそっ」


 (エリク…… 楽に死ねると思うなよ……)


 …

 ……

 ………


 「イヴねえちゃん……」


 「どうかしましたか?」


 「んーん、なんでもない……」


 「?」


 シャルはイヴと共に、レイとリディーナを屋敷の外で待っていた。足元には先程の警備の兵士がうつぶせで倒れたままだ。息はしており、イヴの魔法で眠らせているだけと聞いて、いつ起き出すか分からず落ち着かなかった。だが、イヴに抱かれている内に、不思議な安心感がシャルを包む。


 (なんだろう…… お母さんみたいだ……)


 

 「待たせたな、二人共」


 「レイ様!」

 「兄ちゃん!」


 「リディーナ様は?」

 「お姉ちゃんは? ……ってあれ?」


 シャルは、姿の見えないレイの声に辺りを見渡して困惑する。


 「安心しろ、ここにいる」


 そう言って、レイは光学迷彩を解除する。


 「「ッ!」」


 レイに抱きかかえられたリディーナを見て、二人が驚き心配そうな顔をする。


 「大丈夫、眠ってるだけだ。だが、何をしても起きないから、もしかしたら魔法かもしれん。イブ、『鑑定』してくれるか?」


 「は、はい! ……失礼します」



 「……状態は、強制睡眠のようです。私の闇魔法の『睡眠』と同じだと思います。いつ目覚めるかは術者にしか分からないかと…… 申し訳ありません」


 リディーナの様子に、毒や薬を盛られたと思ったレイだったが、イヴの鑑定でほっと胸を撫でおろす。


 「いや、十分だ。このまま王の所へ行く」


 「「?」」

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