第199話 エリク公
レイがサリム王の寝室に訪れる数時間前。
「「「お帰りなさいませ、エリク様」」」
エリク公の屋敷では、エリクの帰宅に、使用人一同が首を垂れながら出迎えていた。
「うむ。姫の様子は?」
「はい。お目覚めになられましたが、食事を拒否し、解放を訴えております」
「仕立て屋は?」
「も、申し訳ありません。採寸も出来ておりません……」
「ちっ、……暴れたか」
「はい……。それと問題がもう一つ……」
「何だ?」
「屋敷へ侵入を試みた子供を捕らえました」
「子供? 何故捕えている? たかが子供一人、言い聞かせられんのか?」
「そ、それが……。殿下を連れ戻しに来たと騒いでおりまして、エリク様の判断を承りたく……」
「……あの時の子供か。さっさと警備の兵士を呼んで、親元へ連れて行かせろ。二度は許さんと親には厳しく申し付けておけ」
「承知しました」
「それと、すぐに出る。準備をしておけ」
「はっ!」
馬車に同乗していた従者が、エリクの意図を察し、近くの使用人を呼び寄せる。
「エリオット、一緒に参れ」
「はっ」
エリオットと呼ばれた老エルフ。老いてはいるが、燕尾服に似た服をきっちりと着こなし、居並ぶ使用人たちの中でも、上位の者であることが伺えた。
エリクは、『
…
エリクが部屋に入ると、魔封の手錠を両手にはめられ吊るされたリディーナがエリクを睨みつける。周囲には蹴り飛ばされたであろう食事が散乱しており、メイドがリディーナに近づかないように片付けていた。エリクの入室に気付いたメイドはすぐさま姿勢を正し、首を垂れる。
「はぁ……。まったく、なんて有様だ。吊るしておいて正解だったとは。高貴な血が流れていても、育ちが悪いとこうも品性が落ちるのか……。やはり容姿以外は出来損ないだ。このままでは私の妻には相応しくないな」
「誰が、アンタなんかの妻になるのよ!」
「お前だ! リディーナ・エル・エタリシオン第三王女っ! 本来なら何十年も前に、この私! エリク・エタリシオンの妻になると決められていたのだぞっ! 王族の婚姻を何だと思っている? 好きだ嫌いだなどと、平民のような自由があると思っているのか? 高貴な生まれを持つ者の義務なんだぞ!」
「知らないわよ、義務なんて! 第一、ハイエルフじゃない私を捨てたんだから、王族とか義務とか一緒に捨てたんでしょ? 何よ今更、冗談じゃないわ!」
「くっ、この出来損ないが……。減らず口を!」
「その『出来損ない』ってのも、ムカツクのよ! そんなムカツク奴なんかより、私は私を愛してくれる人と結婚するわ! 強くて、優しくて……、アンタなんかより何万倍もイイ男よ!」
「なに?」
急にエリクが真顔になり、動揺したように声が震える。
「ま、まさか、お、王族以外の男と、ど、同衾したのではあるまいな?」
「……」
リディーナが頬を染め、ハッとして視線を逸らす。
「き、き、き、貴っ様ぁぁぁー!」
「バッカじゃないの?」
「ぐくくくっ……。エリオットぉ!」
「はっ、エリク様」
「この場にいる者に、今の話の口外を禁ずる! それと、至急、姫と関係を持った者を探し出せ! 今は国民の全員が王都にいるはずだ、ナヴァ村の者を中心に徹底的に調べろ!」
「はっ!」
「ずっと国の外にいたのに、ここにいるわけないじゃない。バカなの?」
「「なっ!」」
エリクとエリオットが揃って驚きの声を上げる。
「い、今なんと……言った……?」
「私の愛する人は、人間よ。彼に全てを捧げてるわ! あきらめ…… カハッ」
エリクが鬼の形相でリディーナの腹部を殴りつける。
「この愚か者がぁぁぁあああ! 王族の血を! 我らハイエルフの血をなんだと……、それを、下等な人間なんぞに身体を許しただとぉぉぉおおお!」
エリクが何度もリディーナの腹を殴る。
「ガッ アグッ グッ ア゛」
歯を食いしばって耐えるリディーナだったが、エリクを見下すような表情が、エリクの怒りを更に増長させる。
「この私に! 女に手を上げさせたなぁ! 貴様の所為だ! 貴様のっ!」
「……」
執拗に殴り続けるエリクを、エリオットは厳しい顔で静観している。部屋を片付けていたメイドの女は、その場で震えて小さくなっていた。
「はぁ はぁ はぁ まあいい。今宵、私が吸血鬼共を一掃すれば、明日にはお前は私のモノだ。ゆっくり教育してくれる……。それに、貴様を誑かした人間には死を以って償わせてやる。ハイエルフの高貴な血を穢した罪は万死に値する」
「……バ バカ じゃ ない の ?」
「くっ! 『
リディーナの頭がガクリと下がり、強制的に眠らされる。口からは一筋の血が垂れ、力なく吊るされた姿を見て、震えていたメイドの女が慌てる。
「不快だ! 全く不快だ! エリオット、手当てすることは許さん! このまま放っておけ! 私はこれから吸血鬼共を始末しに行かねばならん。朝には戻るが、それまで誰もこの部屋に入れるな!」
「はっ 畏まりました」
…
……
………
エタリシオン王都周辺では、日が暮れ、夜の帳が下りたと同時に、吸血鬼達がどこからともなく集まってきていた。吸血鬼とは言え、その動きは城門を飛び越える程の力も無く、愚直に城門を壊す行為を繰り返し、城壁の兵士が矢や魔法でなんとか朝まで耐える状況が四方の門で行われていた。
―『エタリシオン王都城壁 西門』―
「この私が女に手を上げるなど……。なんと無様なことか。いや、それ程のことをあの女が仕出かしたのだ。言わば、あれは罰だ。そう罰なのだ。罪は罰せられなければならない。……五十年だ、五十年だぞ? 成人時に決められた婚姻に従い、五十年、純潔を守ってきたのだぞ、私は! それを、あの売女めぇ……三十年前に姿を眩ませた挙句に、王族の血を安売りしおってぇ! それも同族ですらない下等な人間なんぞに……。許せん! 許せるものかっ!」
エリクはブツブツと呟きながら、王都西側の城壁へ上がっていく。随伴する二名の従者は、無言でエリクの左右に付き従う。
「エリク公! 吸血鬼の討伐を一任されたと王宮から通達があったのですが、本当でしょうか?」
城壁の兵士長が、挨拶も忘れて、エリクへ近づく。城壁の外では、襲って来る数百の吸血鬼達に向け、城壁の兵士達が矢や魔法の攻撃を放っている最中だ。王族の一人が、このような場所まで来ることが、そもそも異常だ。兵士長は、王宮からの通達を受けてはいたものの、エリクが見物に来たぐらいにしか思っておらず、快くは思っていない。
「私に任せろ。不浄な吸血鬼など恐れるに足りん。他の者は下がらせろ、邪魔だ」
「なっ!」
自信満々なエリクに、兵士長が困惑する。城壁の兵士が、矢や魔法で攻撃しているが、効果的な成果がここ一ヵ月まったく挙がっていないのだ。たった一人で相手など出来るはずがない。だが、困惑した兵士長をよそに、エリクは真っ黒な弓を手に、空に向かって叫ぶ。
「いでよ!
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