第198話 王の寝室

 「何が許せ、なんだ?」



 サリム王がその声を耳にした時には、首に金色の短剣が突きつけられていた。王の視界には短剣以外には何も無く、いつ開けられたのかわからないバルコニーの扉が開いており、カーテンが僅かに風で揺れていた。


 「な、何者だ……? いや、……フッ クックックッ……」


 「?」


 この寝室は王宮の中でも不法な侵入が最も困難な部屋の一つだ。内部からは勿論、外部からなどそれこそ空を飛んでこなければ不可能な場所だった。だが、つい先程まで『勇者』に侵入されていたばかりで、連続して賊に侵入を許している現状に、サリム王は冷や汗を流しながらも、笑うしかなかった。


 「何がおかしい?」


 「我らエルフ族も堕ちたものだと思ってな……。こうも易々と侵入を許すとは、我ながら情けない。貴様が何者か、何の目的でここにいるのかは知らんが、好きにすればいい。どうせ、余の命は長くない」



 「それは、あの『勇者』共の力を知っているからか?」



 「なっ! 何故それをっ! 貴様、何者だっ!」


 諦めの姿勢だったサリム王が、急遽、態度を豹変させる。男の発言から、先程の光景を見ていたと推測されたが、あの二人の女を見て、『勇者』と断定できる者など、直接『勇者』を知っている者でも難しい。それに、さっきの会話に『勇者』やそれを示す会話など無かったはずだ。


 サリム王の鼓動が激しくなる。


 姿が見えず、声と短剣しか分からないが、この男は『勇者』を知っている。それに、勇者と言った。勇者の敵対者? その様な存在は知る限り一つしかない。


 (まさか、『魔王』なのか……?)



 「俺が何者かはどうでもいい。リディーナ・エル・エタリシオンを知っているな?」


 「リ、リディーナだと? それがどうし……」


 「どこにいる?」


 「……」


 男の予想外の言葉に、サリム王は暫し思考が停止する。


 「答えなければ、お前を殺し、次は王族の誰かに聞く。王族が知らなければ、知っていそうな権力者に一人一人聞いて回るだけだ。勿論、答えなければ全員殺していく」


 「ま、待てっ!」

 

 サリム王は、瞬時に思考を切り替える。この男の正体はおろか、目的も分からない。勇者の存在を知ってなお、関係無いと言わんばかりにリディーナを探している。あの娘を探す理由は何だ? 男の放つ殺気から、答えなければ自分は殺されるだろう。それはいい、だが、息子達やその他の者まで殺されるわけにはいかない。ここまであっさり侵入してきたのだ。この男による暗殺は誰にも防げないだろう。


 それに……この男は、『勇者』を知っていながら、その存在を恐れていない。あの二人を『勇者』と断定したということは、『勇者』の力も知っているということだ。なのに、この男からは動揺や焦りは感じない。『魔王』、いや、ひょっとしたら『勇者』の一人かもしれない。いずれにせよ、それらと同等以上の力があることは間違いない。


 「リディーナに何をする気だ? 暗殺か? それとも手籠めにする気か?」


 「それをお前に言う必要はない」


 「リディーナは余の娘だぞっ!」


 「生まれてすぐに廃嫡し、成人まで放っておいてよく言う。娘だと? その娘はお前の顔など知らんぞ? 王であろうと、子を捨てた親に親を名乗る資格は無い。笑わせるな」


 「ど、どうしてそれを……」


 「本人に聞いた。リディーナの居場所を答える気がないなら今すぐ殺すところだが、言わせてもらおう。王族として育てられたならまだしも、赤子のうちから平民へ落としておいて、今更王族の政略結婚に利用するなど、エルフってのは随分意地汚い種族だな? 一度捨てたものを拾い直すなど、王家としての自尊心は無いのか?」


 「き、貴様っ! よそ者が知った風な口を……」


 「言いたいことは言った。じゃあな」


 サリム王の首に短剣の刃があてられる。


 「待て! わかった、言う。その代わり、余の命は構わんが、他の者は殺すな。その言い様だと娘を殺すつもりではないのだろう? 寧ろ……娘の為に憤っておるように聞こえる……」


 「……」


 「約束しろ。誰も殺さないと」


 「約束は出来んな。リディーナを取り返すのに邪魔する奴は全員殺すし、彼女に何かあれば全員殺す」



 「……エリク。長老院、エリク公の屋敷にいる。ここから北西の一番大きな建物だ。頼む、エリクは娘の婚約者なのだ。丁重な扱いを受けているはずだし、エリクには何の罪もない。殺すなら余だけにしろ」


 サリム王は、目を閉じ覚悟を決める。



 「……?」


 サリム王が気づいた時には、男の気配は消えていた。


 …

 ……

 ………


 王の寝室を飛び出し、光学迷彩を解除したレイは、上空で待機していたイヴと合流した。


 「レイ様」


 「ああ。まさか、白石響ともう一人、『勇者』がいたとはな」


 「先に国王の下へ直接赴くなんて驚きましたが……。まさか『勇者』がいたなんて。それも、何やら王を脅迫してました……」


 国王と『勇者』二人のやり取りをレイとイヴは見ていた。女神の依頼を優先するならすぐに勇者を殺しにいくべきだが、今、無謀に突っ込むことと、リディーナの救出。二つを天秤に掛けるまでもなく、レイはリディーナを優先した。あの二人は明日の夜にまた来ると国王を脅しており、殺す機会は明日もあるからだ。それに、勇者達の探し物と、国王が飲み込んだ物もレイは確かめたかった。今までと違い、待ち伏せて罠が張れる。無暗に突入するより、策を練り、確実に始末する方を当然選択する。


 「ああ。だが、今はリディーナだ」


 「はい!」


 二人は、王都上空を北西に向かって飛ぶ。


 …


 「しかし、何故、王に直接? それに居場所がどうして分かったのですか?」


 「どこの世界も、偉い人間は高い場所が好きだからな。上から順に窓から漏れる光量が多い部屋を、強化した視力で観察しただけだ。こういった城にある部屋は全て豪華に見えるが、使用する人間の地位や使用目的に応じて調度品や家具の造りに差がある。それに、こういうことは、可能なら地位の高いヤツから聞くのが早い。まあ国を相手にしても構わないから出来る手段だがな」


 (城の高層階。さぞ見晴らしの良い部屋なんだろうとは思うが、要人をあんな目立つところに置くなど、護衛する側としては勘弁だろうな。だがまあ、戦時でもないし、狙撃という概念も無い。結界で魔物もいないし、空からの侵入者なんて想定していないだろうからな……。こんな強引なやり方、地球じゃ絶対無理だ)


 レイはリディーナへの手掛かりが、王族の誰かが連れ去った以外に無い状況で、王宮の最上階を真っ先に狙った。その辺りの兵士を片っ端から尋問する余裕など無く、最悪、国王を人質にしてリディーナの身柄を要求するつもりだった。国王を人質にしてる間に、周囲の兵士の動きをイヴに監視させ、その場所を特定することを狙っていたのだが、国王はあっさりリディーナの居場所を喋った。直前に『勇者』に脅迫されていた所為もあったのか、何やら諦めていた雰囲気と、自分は殺して構わないといった姿勢に、レイは嘘とは判断せず、すぐさま部屋を飛び出した。


 (あの場で、自分の助命を乞わず、他者の命を嘆願するか……。まあ、どんな父親だろうと、リディーナの実父であることには違いないのだろうから、殺しはしないがな……。だが、それもリディーナの状況次第だ)



 「待ってろよ、リディーナ……」

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