第197話 不法侵入
「お兄ちゃん、ダメーーー!」
ソフィが、黒刀を抜いてプルプル震えるレイを、慌てて制止する。
「誰の女が臭いって? あー? 馬肉にすんぞコノヤロウ……」
『だーーー! ちょっ アニキ、待って下さい! えーなんでー?』
「ブラン! あんなこと言ったら誰だって怒るでしょ! それに、お姉ちゃんは臭くないもん! いい匂いだもん!」
『え~? だって、あの臭いっスよ? 雄と雌の混ざった臭いって言うんスかね? オイラ、あの臭いダメなんスよ~ 背中なんかに乗られたらしばらく臭い取れなそうっスよ~ ハハッ オイラ、ムリっす』
「殺ス」
「わーーー! ダメー! ちょっと、ブラン! もう喋らないでー!」
((アリエナイ…… ナンナノコレ……?))
イヴとアンジェリカは、目の前の状況についていけない。レイを前にして全く空気が読めていないブランに呆れつつ、言葉は話せてもやはり獣なんだなと、再認識させられた。
…
……
………
数時間後。
口を縄でぐるぐる巻きにされたブランと共に、レイ達一行は、無人の集落に来ていた。ソフィとブランは結界の精霊が見えるらしく、レイ達も迷わずに通って来れた。精霊の結界は、精霊が見えない者にとっては、例えエルフであっても通過はできないが、一人でも見える者が案内できれば、人間でも問題なく通り抜けることが出来るものらしい。普通なら魔物は嫌がる結界らしいが、ブランは全く平気なようだ。レイは、目に見えない結界の信憑性とブランの特殊性、その両方に疑問が湧く。
(ソフィには見えてるらしいが、俺には全く見えなかった。本当に結界としての効果があるんだろうか? それに、
『
「……」
集落に着いたレイ達は、これからの打ち合わせをする。
「よし、王都はここからは西に真っ直ぐだな。イヴは俺と来い。ソフィ、アンジェリカ達と一緒に、ここで待ってるんだ。この
「あ、ああ、分かった。必ずお守りする」
「うん。お兄ちゃん、お姉ちゃんを助けてあげて!」
『
「勿論だ。それとアンジェリカ、これを渡しておく。魔力は込めてあるから、起動すれば暫く保つはずだ。あと一応これもだ」
レイは、ブランを無視して
「だが、もし何かあれば、
「わ、わかった!」
アンジェリカは、短剣を握りしめて、真剣な表情で頷く。
…
飛翔魔法で、エルフ国上空を飛ぶレイとイヴ。日が暮れて空が夕焼けに染まっており、じきに暗くなるだろう。魔の森と同様、エルフ国の殆どが深い森に覆われ、上空からでも人工物を見つけるのは困難だ。だが、暗くなり、建物から光が出ていれば、王都の発見はし易く、色々捗ると思われた。
「私は残らなくて良かったのでしょうか?」
見えなくなった無人の集落を振り返ってイヴがレイに呟く。
「今回は、しらみつぶしに探さなきゃならんからな。イヴが必要だ。それに、ソフィに聞いたが、ブランの奴、魔法が使えるらしい。結界内には魔物はいないって言うし、あの周辺に探知でも反応は無かった。大丈夫だろ。万一、エルフ族に見つかってもソフィがいるし、命の心配はないだろう。三人には悪いが、今はリディーナを優先する」
「了解しました」
…
……
………
夜。
―『エタリシオン王宮』―
エタリシオン王宮内の一室。城の上層階にある国王の寝室には、サリム・エル・エタリシオンがベッドに横たわっていた。
「ゴホッ ゴホッ ゴホッ……」
口元を押さえたハンカチが僅かに血が付き、サリム王は慌ててそれを隠す。
「あらあら、随分具合が悪そうね? 大丈夫?」
部屋のソファに腰かけていた東条奈津美が、形ばかりの言葉をサリム王に投げる。東条奈津美の隣には、白石響も座っており、興味なさげに室内を見ている。
「……」
「……まあ、いいわ。それより、
「ま、まだだ。何せ二百年以上前の発掘品だ。そう簡単には探し出せん」
「ふーん、目録も無いとか本当なのかしら? だとしたら随分杜撰じゃない? 人間の国の方が、管理がしっかりしてるわよ? 人間を下に見てるみたいだけど、とんだお笑いよね~」
「ぐっ……。だが、人の国とは歴史が違うのだ。あるかどうかも分からん、形しか分からん物をそう簡単に見つけられるものではない。貴様も宝物庫は見たであろう、余も把握してない品が山ほどあるのだ」
サリム王は、東条を睨みながら、苦し紛れの反論をする。長命で若い時期が長いエルフは書に残すことを殆どしない。サリム王自身も、二百年前の記憶は鮮明に覚えているし、宝物庫の品々も全て把握している。態々、記録に残す必要があまりないのは、エルフ特有の体質故であるが、今そのことを目の前の小娘に説明する必要は無い。
「それとも時間稼ぎのつもりなのかしら~?」
「……」
「粘っても何も変わらないと思うけど? それに、人間ってそんなに気が長くないのよ? 寿命短いし……。 ねえ、響?」
「そうね。面倒だから全員斬って、宝物庫ごと持って帰ればいいんじゃないの?」
「あっ、それでもいいわね~」
「ま、待て……。もう暫く、ゴホッ ゴホッ ゴホッ」
「やだ、変な病気
「なっ! そ、それは……」
「じゃ、行きましょ、響」
東条奈津美は、サリム王にそう言い残して、白石響と姿を消した。
「ぐくくっ……」
サリム王は拳を握りしめ、手に持つハンカチが見る見る血に染まる。一週間ほど前、突然現れた二人の女。特徴からこの国に侵入した者達で間違いなかったが、サリムは二人を見て、瞬時に異世界人『勇者』だと分かった。この大陸では見られない、凹凸の少ない顔と黒髪黒目。二百年前の勇者の中にいた『ニホンジン』という人種と同じだった。それに、王の寝室に突然現れた常識外れの魔法と、ヒビキと呼ばれた女が手にしていたのは、まぎれもなく、かの『剣聖シン』が持っていた『聖刀』だった。
二人の『勇者』が王に要求してきたのは、協力ではなく、脅迫。部屋にいた近衛兵を瞬く間に殺し、『森林遺跡ナタリス』に眠っていた秘宝をよこせ、でなければこの国を吸血鬼を使って滅ぼすと言ってきたのだ。
サリム王に打つ手は無かった。『勇者』に逆らうことはできないと、二百年前の経験からそう判断した。このことを知るのは僅かな側近だけで、他の王族には言えなかった。二百年前の『勇者』を直接知る者は、王直系の子息にもいない。長老院でも、実際に『勇者』と接し、その「力」を目にしたことがある者は極僅かだ。この国の兵士では束になっても勝てないことは王自身が理解していた。
そう、誰に言っても無駄だ。『勇者』の力には抗うことは不可能だ……。
吸血鬼の討伐を甥のエリクが進言し、『魔弓』の使用を許可したのも、ひょっとしたらという思いが、サリム王にはあった。もし、あの『魔弓』を使いこなせれば、『勇者』に対抗できるかもしれない。だが、それは大きな賭けだ。エリクの結果を見なければ、到底『勇者』にぶつけることなどできない。しかし、それを見極める時間はもう無かった。
「だが、この国を犠牲にしてでも、これを渡すわけにはいかんのだ……」
サリム王は懐から手の中に納まるサイズの球体を取り出し、口の中に無理矢理押し込んで飲み込む。
(これで、王国をひっくり返したとしても、余の腹を裂かねば、見つけられまい……)
「許せ。エルフの民よ……」
「何が許せ、なんだ?」
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