第195話 人語?

 森を疾走する白い一角獣ユニコーン


 その一角獣は、普通の馬とは比べ物にならない速度で、レイのいる野営地まで走っていた。


 「ふぐぅぅぅ」


 ブランの背中で必死にしがみ付き、前から襲う風圧と振動に耐えるソフィ。周囲の景色が凄まじい早さで通り過ぎるが、ソフィにそれを見る余裕は無い。だが、決して弱音は吐かず、ひたすら耐える。


 (お兄ちゃん、お姉ちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃん……)


 頭の中で、必死に二人のことを思い浮かべ、たてがみにしがみ付くソフィ。



 『おっと、すまねぇな、ソフィちゃん。気付かなかったゼ!』


 「へ?」


 ―『風防護ウィンドプロテクション』―


 ソフィを襲っていた強烈な風圧が消える。


 『これで大分マシだろ~?』


 「へ? は? ブラン?」


 『ん~ 何だい? ソフィちゃん』


 「喋ってる……」


 『ん?』


 「ブラン、喋ってる!」


 『あ、あれ? ……ソフィちゃん、オイラの言葉が分かるのかい?』


 「うん」


 『ほ、本当かい!? ホントにホント?』


 「うん。ほんとにほんと」


 『うひょ~~~! なんてこったい! オイラの言葉が分かるとは!』


 「……?」


 『こうしちゃ、いられねぇ! 早く、アニキの元へ! もっと飛ばすゼ、ソフィちゃん!』


 「え? あに? え?」


 更に加速したブランは、混乱で頭が回らないソフィに構わず、森を爆走する。


 『待っててくれ~ アーニーキー!』


 「え~~~~~」


 …

 ……

 ………


 ―『エタリシオン王都』―


 王宮から出た馬車の中で、エリクは手元の一張ひとはりの弓を見る。


 「これが『墨焔の魔弓すみほむらのまきゅう』か……」


 王宮の宝物庫から借り受けた『墨焔の魔弓』を手にして、エリクは頬の口角を上げる。シンプルで真っ黒な洋弓。余計な装飾は一切施されておらず、一見しただけでは、『伝説の勇者』が所有していた物とは到底思えない地味な弓だ。


 一矢、射る度に寿命が一年縮むと言われる『魔弓』。だが、その減り様は一定ではなく、使う者によっては、一矢で十年、過去にはたった一射で老人と化した者もいたという恐ろしい武具だ。だが、エリクはその特性を知ってなお、笑みを浮かべる。


 「馬鹿正直にが使う必要はあるまいに……」


 「矢は通常の物で宜しいのでしょうか?」


 馬車内に同乗している従者がエリクに問う。


 「必要ない」


 「え?」


 「これは、使用者の寿命を矢に変えて放つ、言わば『魔法の矢』を射る弓だ」


 「なっ! その様な危険な物をエリク様が使用なさるのですか? お止めください!」


 従者が慌ててエリクに思い留まるよう進言する。


 『墨焔の魔弓』の存在とその特性は、王族にのみ伝わる秘伝だ。一般のエルフの家庭では、『勇者伝説』を史実として子供に語り継がせるが、王族のみが知る秘話もいくつか存在する。この魔弓に関する話も、その一つだ。


 二百年前の勇者の一人、『弓聖ノイン』。魔王討伐の旅路では、二十代前半の若者だったノインは、魔王討伐後に帰還した際には、杖無しでは歩けない程に老いていた。『エタリシオン』に立ち寄った際に、ノインは所持していた『墨焔の魔弓』を王室に寄贈し、長命なエルフ族になら使用に耐える者もいるだろう、万一の際には役立てて欲しいと言い残した。だが、その副作用は安定せず、魔弓を使用した多くのエルフがその寿命を散らし、死んでいった。それ故、勇者が老いて帰還したことと、魔弓とそれに関する話は、一般には伏せられることになり、『墨焔の魔弓』も王宮の宝物庫に秘匿されることとなった。


 「案ずるな。この私には副作用など関係ない。夜になれば、吸血鬼ヴァンパイア共を一掃してくれる。お前達は、姫との婚姻の儀をすぐに行えるよう、準備するのだ」


 「はっ、承知しました」


 (フフフ……。王太子をはじめ、国防責任者であるロジェの責任を追及する為、この一ヵ月、事態を静観していたが、こうも幸運が舞い込むとはな……。なんと言ったか、勇者達の世界で…… たしか、ラッキー…… そうだ、「ラッキー」だ。クックックッ、そう、今私はラッキーなのだ!)


 口元を抑え、笑いを堪えるエリク。王都の危機的状況と、数十年ぶりに突如現れた婚約者。自分が王位に就くチャンスが突然現れたことで、エリクは諦めていた野望に再び火を灯す。


 …

 ……

 ………


 「ねぇねぇ、なんでブランは喋れるの?」


 森の中の泉で休憩をしていたソフィが水をがぶ飲みしているブランに話しかける。


 『オイラにも分かんねぇよ。オイラからしたら、何でソフィちゃんがオイラの言葉が分かるんだか不思議なんだぜ? オイラは何もしてねぇし……』


 「不思議~」


 『それより、もう出発するぜ!』


 「うん。でもブラン、お兄ちゃんの居場所分かるの~?」


 『アニキの匂いも、あの三人の雌のもバッチリ覚えてるから大丈夫だぜ!』


 ブランは鼻の穴を広げて自慢げに言う。ソフィは、言葉が分かると同時に、表情も豊かになったと感じ、若干引き気味だ。


 (なんか、ちょっとだけ気持ち悪いかも……)


 『ん? どうした、ソフィちゃん?』


 「んーん、何でもない」


 ブランは器用に足を折り曲げて身体を低くし、ソフィをその背に乗せ、走り出す。


 …


 数時間後。


 「あ、テントだ!」


 王都まで四日の道のりを、僅か半日ほどで走り抜けたブランの前方に、レイ達が野営している場所のテントが見えてくる。


 『アニキ達の匂いはあるけど、ひでぇ臭いだぜ!』


 「?」


 ブランの発言に、不思議そうな顔をしたソフィだったが、すぐに顔を顰める。


 「うえぇ……」



 死屍累々。

 

 野営地のテントの周りには、夥しい数の魔物の死骸が散乱し、一面は血の海だった。


 「お兄ちゃーーーん!」


 

 「ん? ……ブラン? ソフィ?」


 ソフィの声に、レイが吃驚した表情で、手に持つ黒刀を鞘に仕舞う。テント内にいたイヴやアンジェリカもその声でテントから顔を出した。



 「「「なんで、ブランとソフィが?」」」



 「お兄ちゃん! 大変なの!」

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