第194話 疾走

 「どうしよう…… お姉ちゃんが……」

 「ソフィ、お兄ちゃんだ! お兄ちゃんに伝えなきゃ!」


 「うん。お兄ちゃんなら、きっと助けてくれるよね!」

 「ソフィ、ブランに乗ってお兄ちゃんのところへ。オレは、お姉ちゃんがどこに連れていかれたか見て来る!」


 「「ちょっと、二人共、何をする気なのっ! やめなさい!」」


 シャルとソフィの会話に驚く二人の両親。いつの間にこんな行動的になったのか、いや、王族のやることに何かしようとしてる二人に、危機感を覚え、慌てて諫める。


 「「お父さん、お母さん、ごめんなさーい!」」


 「「あっ、こら!」」


 シャルとソフィは、あっという間に部屋を飛び出し、駆けて行ってしまった。急いで後を追いかける両親だったが、建物を出た瞬間、一角獣ユニコーンの巨体に驚き、固まる。


 「ブラン、お兄ちゃんのところへ行って! 急いでー!」


 ブランの背に乗った、ソフィがブランのたてがみにしがみ付きながら叫ぶ。両親が一角獣を見て驚いてる隙に、シャルもどこかへ消えてしまった。


 「「シャルーーー! ソフィーーー!」」


 …


 「ブラン、お姉ちゃんが攫われちゃったの! お兄ちゃんのところへ急いで! お願い!」


 ヒヒヒィ~ン


 ブランは猛然と街の城門へと走り出す。周囲の人々がそれを見て驚き、慌てて道を開ける。何事かと、街の兵士が駆け寄るも、ブランはそれを無視して走る。


 「どうしよう、扉が閉まってる……」


 ソフィの呟きに、ブランがいななく。


 ヒヒヒィ~ン!


 ブランの額の角が光り出し、一筋の電撃が放たれた。真っ直ぐ伸びた電撃は、落雷の様な轟音を響かせ、一撃で城門を破壊する。


 「ブラン、すごーーーい! すごい! すごい!」


 突然の電撃に驚いたソフィだったが、すぐにその威力に魅せられ、はしゃぎ出す。



 破壊された城門を飛び出していったブランを、兵士達は、ただ見ているだけしかできなかった。


 「……なんなんだ、一体?」

 「一角獣ユニコーン? 子供が乗ってなかったか?」

 「馬鹿! 急いで城門を塞げ! 夜になったらおしまいだぞ! それと、キリル様に至急報告だ!」


 騒然となった城門前で、兵士達が慌てふためきながら動き出す。


 …

 ……

 ………


  王都内の、ある大きな屋敷の一室で、リディーナは両手を縛られ、吊るされていた。


 「さて、ようやく王女が手に入った。後は、早急に婚姻の儀を結んで外堀を埋めてしまえば、王女も諦めるだろう。まったく、これだから外で育った者は嫌なんだ。王族には果たさねばならん役目があるというのに……。それに、王族との婚姻を拒否する理由が理解出来ん。……少し教育が必要だな」


 コンコン


 「入れ」 


 使用人らしき、エルフの女性が部屋に入って来る。


 「エリク様、お呼びでしょうか? なっ!」


 「狼狽えるな。これは、リディーナ・エル・エタリシオン王女だ。ようやく確保した。だが、少々外の空気に侵されて、気性が荒いのでな。あまり手荒な真似はしたくないが、また逃げられても面倒だ。だからこうして拘束している。お前は至急、仕立て屋を呼び、姫の婚姻用の衣装を作らせるのだ」


 「し、縛られておりますが……」


 「拘束を解くことは許さん。このまま作らせろ。それに、万一逃げられれば、お前の一族郎党、死ぬまで牢に入れてやる。分かったな?」


 「か、かしこまりました」


 「デザインはこの際拘らんでいい。なるべく早く仕立てるように。それと、私はこれから王宮へ行く。姫は、しばらく目覚めんだろうが、後は任せる」


 「承知致しました」


 …

 ……

 ………


 ―『エタリシオン 王宮』―


 エタリシオン王都の中心にある城の玉座の間にて、白髪赤眼の初老の男が玉座に座り、謁見に来たエリクを見下ろす。男はこの国の王、サリム・エル・エタリシオン。周囲には近衛兵士と数名の王族、臣下が揃っており、ヨーム公も同席している。


 「ゴホッ ゴホッ ……で? 此度は何用だ、エリク公? 今がどのような時か、分かっておるのだろうな?」


 せき込みながら、不機嫌な態度を隠そうともせず、サリム王がエリクに問い掛ける。顔色も悪く、目の下にもうっすらと隈ができている。


 「はっ、長年行方が分からなかったリディーナ第三王女殿下を無事保護致しました。つきましては、至急、滞っていた婚姻の儀を執り行いたく……」


 「「「なんだとっ!」」」


 この場に列席しているヨーム公以外の者が驚きの声を上げる。


 リディーナ・エル・エタリシオン第三王女。数十年前に、サリム王の甥にあたるエリクに嫁がせる為に招聘したにも関わらず、直前に国を飛び出し、数十年の間、その行方が分からなかった。しかし、外との交流を絶ってきたエルフ国は、捜索に積極的だった訳では無く、数十年前に知らせをいくつかの国に書簡で伝えただけだった。


 王の子として生まれながら、金髪碧眼という、ハイエルフの特徴を持たなかったリディーナを、王室は王族と見なさず、王都外の集落へ里子に出した。だが、第一、第二王女が成人前に相次いで病により死去し、王太子である第一王子を含めて、王直系の血族は、現在においても子に恵まれていなかった。危機感を覚えた王室は、不本意ながら、リディーナを招聘し、世継ぎを産ませることにしたのだ。



 「……それは、結構。だが、婚姻の儀は王都外に蔓延る吸血鬼ヴァンパイア共を一掃するまで、行うことはできん」


 首を垂れながら、表情を崩さずエリクが発言する。


 「では、私が一掃して参ります」


 「「「「「「……」」」」」」


 場の空気が一気に白ける。それが出来れば一ヵ月も籠城などしていない。周囲の呆れるような視線がエリクに集まる。


 「婚姻を焦る気持ちは分かるが、いささか状況を理解しておらんようだな、エリク公?」


 国防責任者のロジェ・エル・エタリシオン第三王子が、諭すようにエリクに言う。ロジェとしては面白くない展開だ。仮に、エリクとリディーナが結婚して子を成し、その子がハイエルフとして生まれ、女子であれば、次期国王は二人の兄をも飛び越えて、エリクが継ぐことになり、男子ならその子が継承権第一位に繰り上がる。ロジェの隣にいる二人の兄も、顔には出さないが、同じように考えているだろう。



 「『魔弓』の使用を許可して頂きたく存じます」



 「「「「「「なっ! 正気か?」」」」」」


 王座の間にいる全ての者が、驚きの声を上げる。



 ―『墨焔の魔弓すみほむらのまきゅう』―


 エルフ国『エタリシオン』王家に伝わる秘宝の一つ。二百年前の勇者の一人が魔王を倒した後に、この国に残された武具である。言わずと知れた『黒のシリーズ』の一つであるが、エルフの国ではシリーズのことは伝わっていない。だが、強力無比の性能と、使用者に多大な不利益のある諸刃の武具ということは、王族の中では周知の事実だった。



 「よかろう、許可する」


 「「「「「陛下っ!」」」」」


 「吸血鬼共を討伐し、国を危機から救ったとあらば、婚姻の儀を認めよう」


 「はっ!」


 エリクの表情が、一瞬緩む。


 「ただし……」


 サリム王がギロリとエリクを睨む。


 「貴公が、無事に済めばの話だ。魔弓アレを使用し、無事に済んだものは居らん。所望するのならば、当然副作用も知っておろう。勝算はあるのだろうな?」


 「お任せください」


 エリクは不敵な笑みを浮かべ、サリム王に応えた。

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