第193話 婚約者

 ズシン……


 「はぁ はぁ はぁ……」


 森巨人トロールが地面に沈み、傷も再生されずに動かなくなったことを確認して、息を切らしたイヴがレイの元に戻っていく。どんよりとした表情は、体力を消耗しただけではなさそうだ。


 「目が腐るかと思いました……」


 「そ、そうか……。だが、まあよく頑張った」


 再生能力を持つ魔物の対処法。それは、頭部か心臓の完全破壊か、失血死を狙うことだ。人や動物と同じ身体構造を持つ魔物に限られるが、いくら再生能力を持っていても、血液までは戻らない。そして、再生魔法を使用するレイが確信を持って言えるのは、欠損部位の再生には、非常に時間が掛かるということ。例えば首を切断され、失った頭部を首の傷口から再生させるのは時間的に不可能だ。頭部を再生してる間の生命維持活動は当然停止してしまい、再生途中で肉体は壊死してしまうからだ。そういった意味では他の臓器でも同じことが言えるが、致死への時間を考えると、頭部と心臓に限った方が確実だ。また、血液も再生できないのは確認済みなので、致死量の失血で、同じように生命維持は困難になる。


 巨人に関しても、主要な動脈の配置は人間と殆ど同じだ。いくら再生能力があろうと、執拗に動脈を斬り付け、出血させれば、いずれは失血死する。それに、再生能力があると言っても、再生の際には当然エネルギーを消費する。再生を繰り返し行うということは、代謝が加速するということなので、再生し続ければ、いずれ餓死することになる。


 (まあ、このファンタジーな世界には、不死者アンデッドみたいな摩訶不思議な存在もいるから、全てがそうとは言い切れないけどな……)


 「流石に疲れただろう。今の内にメシを食って休んでいろ。次の襲撃があれば、俺が対処する」


 「いえ、まだいけます!」


 「いいから、休んでおけ」


 

 (しかし、リディーナは、遅くとも四、五日で戻ると言っていたが、不測の事態に関しては何も決めていなかったのは、迂闊だった。やはり、離れていても連絡できる手段が欲しいな……)


 …

 ……

 ………


 ―『エタリシオン 王都』―


 リディーナは、シャルとソフィと共に、ヨーム公に用意された部屋で、二人の両親を待っていた。本来なら、シャルとソフィを両親に引き合わせれば、リディーナの役目は終わりだ。ジルトロ共和国からの謝罪を綴った書簡も、ヨーム公に渡している。後はこの国の役人が対応するだろう。だが、それではい終わりという状況ではない。外の吸血鬼の問題が解決しないと、シャルとソフィの安全が確実ではないからだ。


 (でも、一旦は、レイの所へ戻らなきゃだわ。待ち合わせの野営地まで、馬を飛ばしても最短で三日は掛かる。急いで戻らなきゃ……)


 コンコン


 「どうぞ」


 ノック音の後に、二人のエルフが入って来る。見た目はリディーナと変わらない年齢に見えるが、シャルとソフィの表情が、二人との関係を表していた。


 「「お父さん! お母さん!」」


 「「シャル! ソフィ!」」


 互いに抱き合い、喜びを露わにする四人。部屋に訪れたのはシャルとソフィの両親だった。


 「姫様。ヨーム様からお聞きしました。この度はシャルとソフィをお助け頂き、感謝申し上げます!」


 二人の父親が、母親と共にリディーナに頭を下げる。


 「ちょっと、姫様とかやめてよ、もう!」


 「そ、そんな、恐れ多いっ! し、しかし、この御恩はどう返したらよいか……」


 「御恩とか御礼とかいいから! ……それより二人共、無事に両親に会えて良かったわね」


 「「お姉ちゃぁぁぁあん」」


 シャルとソフィがリディーナに抱き着く。


 「二人共、元気でね」


 「「うえぇぇぇん」」


 「んもう、泣かないの! また会えるから……」


 

 ドンドンドンッ



 「「「「「ッ?」」」」」


 激しいノック音。ノックというより、乱暴に扉を開けようと叩いて入ってきた三人の男達。


 「ようやく会えたなっ! 我が婚約者フィアンセ!」


 シャルとソフィとの感傷に浸る最中、尊大な態度で部屋に入ってきたエルフの男。白金の髪に赤眼。王族の特徴を持つ『ハイエルフ』だ。容姿端麗で若く見えるが、実年齢は見た目では分からない。引き連れた二人の従者は金髪緑眼。普通のエルフのようだ。


 慌てて、シャルとソフィの両親が頭を下げる。


 「いきなり、何よ? 誰だか知らないけど失礼よ?」


 「……失礼? 失礼なのはどちらだ? リディーナ・エル・エタリシオン王女? の分際で、この私を何十年も待たせたのは失礼ではないのか?」


 (出来損ない? 何よ、コイツ……。あっ ひょっとしてコイツが私の結婚相手だったわけ? 本気で無理なんだけど……)


 尊大な男は、尚も続ける。


 「ふむ。出来損ないとは言え、容姿は合格だな。後は、真っ当な世継ぎを産めるかどうかだが…… まあ、その内分かるだろう」


 「は?」


 呆れた物言いに、怒りを通り越して殺意すら芽生えたリディーナは、腕の一本でも斬ってやれば、黙るだろうと、腰の細剣レイピアに手を掛ける。


 「まったく、躾がなってないな。冒険者なんぞに身を落とすお転婆だとは聞いていたが、やはり出来損ないだ。王族である『ハイエルフ』に剣が通用すると思ってるのか?」


 「なんですって?」


 リディーナが細剣を抜こうとした瞬間、


 ―『睡魔の妖精ザントマン』―


 急速にリディーナの意識が失われる。瞼が下がり、急激な眠気がリディーナを襲う。


 「な に を……」



 「王族のみが使役できる妖精…… っと、もう聞こえていないか」


 カランッ


 リディーナは、力なく細剣を落とし、その場で崩れ落ちる。


 「ふん。……おい、連れていけ」


 「「はっ!」」


 男の従者がリディーナを抱えて部屋を出ようとする。


 「「お姉ちゃんっ!」」


 「やめろー!」

 「連れてかないでー!」


 シャルとソフィが、従者にしがみ付き、必死に阻止しようとする。


 「「やめなさい! シャル、ソフィ!」」


 二人の両親が、慌ててシャルとソフィを宥めるが、従者の男達はそれらを無視して強引にシャルとソフィを引き剝がし、リディーナを連行していった。


 「今回は大目に見るが、子供をしっかり躾けておけ!」


 「「は、はい、申し訳ございません……」」


 

 「「お姉ちゃぁぁぁあああーーーん!」」

 

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