第186話 魔の森①

―『魔の森』―


 『魔の森』とは、特定の森を指すものでは無く、一般的には魔素の濃い森が総じて『魔の森』と呼称される。人が住む平地付近の森から更に深く入ると、高濃度の魔素の影響で植生が変わり、それを以て『魔の森』の領域と判断される。


 高濃度の魔素の影響は、植物だけでは無く、そこに生息する生き物にも及ぶ。平地や浅い森に生息する魔物とは比べ物にならない程、強力な魔物が多数生息していると言われているが、詳細に関しては未だ不明瞭な部分が多い。


 『魔の森』の詳細は、一般的には殆ど知られていない。立ち入れるのは、冒険者等級で言えば「B等級」以上。「C等級」以下は、複数パーティーでの行動が必須とされるが、『魔の森』に立ち入るような依頼は殆ど無く、活動経験のある者は非常に少ない。その理由は『魔の森』の魔物は滅多に森の領域から出て来ない為で、直接的な被害が無いからだ。それに、各森の中の詳細はあまり調査されていないので、素材採取や討伐依頼も発生しない。極まれに、一攫千金を求めて、希少な魔物や素材を探しに探索を試みる冒険者がいるが、成功する者は少ない。


 限られた者しか立ち入ることが出来ず、謎に包まれた領域、それが『魔の森』だ。


 …


 レイ達一行は、ラーク王国方面への街道から離れ、馬車を収納してそれぞれ馬で森の中を進んでいた。リディーナが先頭を進み、シャルとソフィの乗る一角獣ブラン、アンジェリカ、クレアを前に乗せて同乗しているイブ、最後尾の殿しんがりはレイだ。


 一行の中で、魔の森に入った事のある人間は、リディーナだけだ。レイやイヴも、冒険者ギルドの資料にある僅かな知識はあるが、他の森と植生が異なることと、強力な魔物が生息してるらしいぐらいしか分からない。


 (魔素が濃いということらしいが、こういうことか……)


 レイの周囲の森は、すでに魔の森と呼ばれる領域に入っていることを一目で理解させた。地球で言えば、北米のセコイアの木や、屋久島の縄文杉の様な巨木が目立ち始め、自分達が小人になったような気持ちになるほど、だ。


 ビルの様に高い木々の隙間から、辛うじて真上に登った太陽を確認し、昼食を摂る為に小休憩に入る。日中にも関わらず、焚き火を起こすか迷う程に森の中は薄暗い。



 「「「「「「……」」」」」」


 「静かだな……」


 「ええ。おかしいわね」


 「おかしい?」


 「こんな大人数で行動してて、魔物が一匹も出ないなんて、街道沿いならともかく、魔の森にまで入ってこれは変だわ」


 実は、魔の森に入る前から、レイの探知魔法には反応が無かった。小動物の反応まで無かったことは、今まで無かったことだ。


 レイとリディーナはチラリとブランを見る。


 (絶対、アレだな)

 (絶対、アレよね)


 ブランはシャルとソフィに世話されて、今は飼い葉を食べている。ブランが何を食べるのか調べる為、リディーナの魔法のマジックバッグから野菜や果物を与えてみたが、ブランは肉以外は殆ど食べることができた。だが、その食べる量が他の馬に比べてかなり多く、飼い葉に関してはどこか追加で補充しなくてはならないほどだ。


 「一角獣ユニコーンってのは、強い魔獣なのか?」


 「うーん、それが良く分からないのよね。襲われたって話は聞いたことが無いし、警戒心が強いから、人の気配があるとすぐいなくなっちゃうし……」

 

 「まあ、ガタイはイイよな……。角の刺突も速いといえば速いが、それほどヤバイ攻撃って訳でもない。他の魔物が近づいて来ない理由としては弱い気がするなー」


 「けど、もし、ブランの所為で魔物が近づいて来ないのなら好都合ね。もう少し速度を上げてもいいかもしれないわ」


 「まあ、そうだな……。少しペースを上げるか」


 …

 ……

 ………


 その後も、魔物には一切遭遇することなく、順調に魔の森を進んだレイ一行は、街道から森に入って十日後、エルフ国『エタリシオン』の領域まで辿り着いた。


 「ようやく着いたわね~」


 「「うわ~い♪」」


 「「「?」」」


 「リディーナ、悪いが俺には良くわからないんだが……。ここが『エタリシオン』なのか?」


 レイ達からすれば、今までと変わらない森の景色だったが、シャルとソフィには分かっているようだ。

 

 「国を覆う結界には精霊の力が使われているの。同じエルフ族でも結界を視認できるのは精霊が見える人だけなんだけど……」


 「オレ知ってるよ。昔の勇者様が作ったんだよね!」

 「違うわよ、大魔導士マイコーでしょ?」


 「同じだろー?」

 「同じじゃないわよ! 勇者様って一杯いるんだし、ちゃんと『勇者の一人、大魔導士マイコー』って覚えときなさいよね!」


 「あら、ソフィー、よく知ってるわね~」


 「村のお爺ちゃんがお話ししてくれたのー」


 (昔の勇者の名前が残ってるのか……。人間の国のお伽話では、名前は知られてない。昔のことだし、俺には関係ないと思ってたが、考えてみたら変だな……)

 

 「過去の勇者が作った結界か。二百年以上、保ってるなんてすごいな(俺には何にも見えないけど)」


 「殆ど精霊の力みたいよ? 私も詳しくは仕組みを知らないけど、魔物は寄ってこないし、人が入っても方向感覚が狂って、結界の先へは進めないの」


 「どうやって結界を抜けるんだ?」


 「私は精霊が見えるから普通に進めるから問題ないわよ」


 

 「それじゃあ、シャルとソフィをリディーナが送って行く間、俺達はここで野営しながらリディーナの帰りを待つことにする。エルフの国を見てみたい気もするが、俺達が行ったら、要らぬトラブルが起きそうだしな。それに、イヴだけにアンジェリカとクレアを任せる訳にはいかない」


 「「「……」」」


 エタリシオンにシャルとソフィを送ることになった時に、このことはリディーナと話して決めていた。だが、三人の表情が暗い。リディーナとは一時的だが、シャルとソフィの二人とは、今後会うことは無いかもしれない。短い間だったが、レイにとっても二人の面倒を見た半月程の旅は、感慨深いものがあった。



 「……シャル、ソフィ、ここでお別れだ」 

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