第187話 魔の森②

 「ほら、泣くなシャル、ソフィも」


 「「う、うえっ ……お兄ちゃあぁぁぁん」」


 レイは、泣きじゃくる二人の頭を両手で撫でながら、別れの言葉を掛けていた。エルフの国『エタリシオン』の結界手前の場所で、シャルとソフィはレイ達と別れ、リディーナに連れられて故郷へ帰る。レイはこの場に留まり、イヴと聖女達と共に、野営しながらリディーナを待つ予定だ。



 リディーナは妹の件を義理の両親に報告するかとレイは思っていたが、義理の両親がいる故郷は、こちら側とは王都を挟んで反対側にあるらしく、今回は寄らないことにしたようだ。それはそれで大丈夫なのかと心配したが、リディーナは大丈夫の一点張りだ。シャルとソフィは、どこかの集落の同族に預ければ、二人の故郷まで王都経由で送ってくれるはずとのことだった。人間の常識からすれば、無責任過ぎるかと思ったが、エルフ社会はそういうものらしい。



 「二人共、餞別だ。これを持っていけ」


 レイは、自身が装備していた魔金オリハルコン製の短剣を、二人に一本づつ渡す。


 「解体に使っていた短剣は、鉄製で毎日研がなきゃならないからな。研ぎ方は教えてないし、魔金製コレなら研ぐ必要はない。切れ味が前のよりかなり鋭いから気を付けるんだぞ?」


 「「うわあぁぁぁん! ありがどぉぉぉ! お兄ちゃあぁぁぁん!」」


 短剣を受け取ったシャルとソフィがまたも感極まって、レイに抱き着きながら泣き出す。


 「あらあら、二人共、良かったわね~。けど、これから一生会えなくなるわけじゃないのよ~?」


 「「えっ?」」


 「レイは、私とまたこっちに来るから、その時会えるわよ」


 (妹の件もあるし、レイを両親に紹介したいしね~♪)


 「ああ、そうだったな……(妹さんの件があるしな)」



 「じゃ、じゃあ、その時までに、オレ、絶対強くなってるからっ!」

 「私も、魔法頑張るー! それでね、大きくなったら、お兄ちゃんの『れいぶんくろー』に入れて貰うの~」


 「「「へっ?」」」


 「ずりーぞ、ソフィ! オレも! 兄ちゃんオレも入るっ!」


 「「「……」」」



 「ま、まあ、考えとく……。大人になったらな?」


 予想外のソフィの発言に戸惑うレイだったが、子供の言うことだしと、深くは考えないようにした。エルフの成人は二十歳。二人が成人になるのは十年後だが、流石にその前には来るだろうと思ったレイ。


(将来か……)



 「じゃあ、レイ、すぐ戻ってくるから、ちょっとだけ待っててね。ホント、すぐ! 戻って! 来るからっ!」


 「あ、ああ。リディーナも気をつけてな。ちゃんと待ってるから気にせず……」


 「レイ、ちょっと来て」


 「?」


 「いいから、こっち!」


 リディーナは、レイの手を引き、森の中へ入っていく。



 「なんだ? どうした?」


 「ん!」


 「ん?」


 「んっ!」


 リディーナは目を瞑って、レイに口を突き出す。


 (あー……)


 意図を察したレイは、リディーナの腰に手を回し、口づけを交わす。


 「ん…… あっ はぁ…… あっ」



 「ほら、二人が待ってる……」


 「……うん」


 短いキスの後、名残惜しむリディーナを連れて皆の元へ戻ると、冷ややかな視線が二人に突き刺さる。


 「お兄ちゃん……」

 「お姉ちゃん……」


 「「……」」


 ヒヒィーーン


 「「……」」


 …

 ……

 ………


 レイ達と別れたリディーナ達は、結界を越えて『エタリシオン』領内を進む。見渡す森の風景は『魔の森』と変わりないが、薄暗い雰囲気から、木々の木漏れ日が際立つ幻想的な雰囲気に変わる。三人には精霊がはっきり見える為、森に溢れる精霊達がそこかしこに飛び交ってる様子に、故郷に帰ってきたと実感する。


 シャルは、先程レイに貰った魔金製オリハルコンの短剣を見ながらニヤニヤしている。


 「ちょっと、シャル、何してんの?」


 「兄ちゃんに貰った短剣、めちゃくちゃカッコイイなーって」


 「私も同じの貰ったもん!」


 「「えへへ~♪」」


 シャルとソフィがよそ見をしながらも、二人を乗せたブランは、二人が落ちないよう安定した歩きでリディーナについて行く。


 「ちょっと、二人共、いくらブランが賢くても、ちゃんと前見てなさい」


 「「は~い」」


 「それに、その短剣はあんまり見せびらかしちゃダメよ?」


 「「なんでー?」」


 「エタリシオンじゃ、あまり無い素材の短剣だし、とっても高価なのよ? 大人も羨ましがるから嫉妬されて意地悪されても知らないわよ~」


 「「うん、わかったー」」


 (この子達、本当に分かってるのかしら? まったくレイったら、モノの価値がまだ分かってないんだから! 子供に魔金製の短剣なんて奮発し過ぎよ! 高等級の冒険者が頑張って買えるかどうかの代物なのに……。んもう、やっぱり、お財布は私が管理しなきゃダメね!)



 嬉しそうに短剣を見つめるシャルとソフィに、小言と注意は後にしようと思ったリディーナ。


 「はぁ……まあ、しょうがないわね~」



 (それより、国のこちら側は、全然土地勘無いけど集落とかあったかしら? まあ、王都方面に行けば、最悪王都でこの子達を預けられるけど、できれば王都は行きたくないのよね……)


 リディーナは、成人した時に自分が王族だと知らされ、無理矢理結婚させられそうになった過去を思い出す。



 「あれから、結構な時間が経ってるから流石にもう大丈夫よね?」

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