第185話 ブラン

 「「「「嘘でしょ?」」」」


 リディーナは唖然としながら、レイに視線を向ける。


 レイは、泉で起こった事を皆に話した。


 …


 「じゃあ、この一角獣ユニコーンの怪我を治してあげたらついてきちゃったの?」


 「そういうことになるな……」


 「ちょっと、信じられないんだけど……」


 どうやら、リディーナ以外、生きている一角獣を見るのは全員初めてだったようで、皆一様に驚き、興味津々に一角獣を見ている。


 「ギルドの資料でも、獰猛な性質で、人には懐かない魔獣のはずですが……」


 「イヴ、俺だって資料は見た。リディーナもそう言ってたしな。しかし、アレを見たらな……」


 三人の視線の先には、ソフィまでその背に乗せた一角獣の姿があった。


 「ねえ、この子、名前はなんていうの?」

 「知らないよ。名前とかあるのかな?」


 「男の子?女の子?」

 「男だよ。チ〇チンついてるし」


 「じゃあ、名前は『ブラン』ね!」

 「えー、なんでソフィが決めるんだよー」


 「いいじゃない! 女の直感よ!」

 「なんだよそれー」



 「「「「「……」」」」」



 「(ちょっと、レイ! どうすんの、アレ?)」

 

 「(どうするもこうするも、どうすりゃいいのか俺にも分からん。置いてこうにもついてくるしな……。ソフィめ、もう名前まで付けちゃってるし……)」


 「(馬より足が早い魔獣ですからね。馬と馬車じゃ走っても振り切れませんし……)」


 「「「はぁ……」」」


 …

 ……

 ………


 ブルルルルッ


 「ちょっ、ちょっと何でよ! んもうっ!」


 リディーナが触ろうとして、それを鼻を鳴らして拒否するブラン。


 「むぅ……」


 『ブラン』とソフィに名前を付けられた一角獣は、リディーナに触れられることを頑なに拒む。自ら動くことは無い聖女クレアとリディーナ以外、全員がブランに触れることができたが、背に乗れるのはシャルとソフィだけだった。因みにレイは、あの時の治療以外で、ブランには近づいていない。


 (一角獣は、処女しか興味ないとかなんとか、地球の神話であったような気がするが、この世界ではそういった話は無いのか?)


 

 旅の道中では、シャルとソフィがブランの背に乗り移動するようになっていた。鞍や手綱は無かったが、ブランは調教された馬よりはるかに賢く、言葉が分かるかのように、シャルとソフィの言うことをよく聞いていた。だが逆に、そのことがレイ達の頭を悩ますこととなった。


 「ここまで懐いてちゃあ、『ラーク王国』へは行けないな……」


 「そうねぇ……」


 「流石に、無理ですね」


 冒険者ギルドの討伐対象である魔獣。それも高価な素材で有名な一角獣だ。目立つなんてもんじゃない。とても人のいる街になど連れてはいけない。それに、人が魔獣を使役する例はあるが、人には絶対懐かないと言われている一角獣が、子供とは言え、背に人を乗せて言うことを聞いている事実。興味本位に調べたがる者や、金目当てに襲ってくる者まで、狙う者が大勢でるだろう。


 聖女を隠して連れているのに、注目されては意味が無い。だが、シャルとソフィからブランを離し、遠ざけるのは無理そうだった。始末するのが一番確実な方法だが、そんなことが出来る雰囲気ではない。


 

 「リディーナ、エルフの国ではどうなると思う?」


 「どうって?」


 「ブランだよ。あのままシャルとソフィが連れて行ったとしてどうなるのか」


 「うーん……。正直分からないわ。エタリシオンでも一角獣は珍しいし、獰猛で人に懐かないって認識はあっちでも同じよ。ただ、金目当てで襲われたりはしないと思うわ。まあ、シャル達が完全にブランを制御できてるって証明できないと、捕縛されるかもしれないけど……」


 「だが、このままラーク王国へ行くよりはマシか……。仕方ない、予定を変更して『エタリシオン』へ先に行く。シャルとソフィをリディーナが送ってる間は、付近で野営して聖女達と待機することにする」


 「ごめんなさい」


 「なんでリディーナが謝るんだよ? どちらかと言えば、俺の所為だぞ?」


 「馬肉にしちゃわずに、怪我を治してあげたから? でもそれだったらレイに懐いてもいいんじゃないかしら?」


 「ば、馬肉? そ、そんなことする訳ないだろ! 子供の前だぞ? それに、俺に懐いてないのは知らん(童貞じゃないからかもなんて言えん……)」


 「つい最近まで狩りを教えてたじゃない?」


 「俺はサイコパスじゃない」


 「さいこぱす?」


 「何でもない。流石に食用でもなく、害意のない獣を無差別に殺したりはしないよ」


 牙を剝き出しにして襲って来る野犬なら問答無用で殺すが、尻尾を振って近づいてくる犬を愛でる感性はちゃんと持ってる。俺より、馬肉とかとっさに出てくるリディーナの方がちょっとヤバイ気がする……。


 「一角獣……。食用の記録は見たことはありませんが、味はどうなんでしょうか?」


 「イヴ、お前もちょっとヤバイぞ?」


 「?」


 「とにかく、『エタリシオン』へ先に向かうから、道案内はリディーナに頼むことになるけど大丈夫か?」


 「それは任せてちょうだい。なんとなく分かるから」


 「「なんとなく?」」


 「ちょっと説明し難いのよね~ でもちゃんと行けるから安心して。それより、街道から外れるけど、馬車は無理よ? 途中からは馬車は放棄しなきゃなならないわ」


 「馬車は、魔法の鞄に仕舞えばいいだろう。誰か聖女と馬に乗らなきゃいけないが、イヴに任せる」


 「承知しました」


 

 そうして俺達は、街道を離れ『エタリシオン』に進路を変更して、森に分け入ることにした。


 (それにしても、ブランは何であんな大怪我を負っていたんだ? 前に出会った、村の中年が依頼した冒険者の仕業だろうか……?)

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