第184話 お願いお願いお願い
傷ついた一頭の
(どうする?)
体中にある切り傷からは今も血が流れている。このまま放っておけば、いずれ死ぬかもしれない。食用で食えるのなら、この場で止めを刺すという考えが一瞬よぎったレイだったが、隣で目を輝かせて一角獣を見ているシャルを見て、その考えをすぐに捨てる。それに、そんなことをする気が失せるほど、目の前の獣は幻想的で美しかった。
レイは、一角獣が水をある程度飲むのを待ってから、両手に回復魔法を発生させて、静かに一角獣に近づいた。
「大丈夫だ。傷つけはしない。治療するだけだ」
通じるか分からなかったが、そう声に出して、レイはゆっくりと距離を詰める。
ヒヒィーーーン
一角獣は、甲高い声でいななくと、頭を振ってレイに突撃してきた。
レイの心臓目掛けて角を前に突き出してきた一角獣を、レイは身体強化のギアを瞬時に上げて避け、一角獣の頭を両腕で押さえつける。
「ッ!」
体力がもう余り残っていないのか、予想していたより力が弱いと感じたレイは、身体強化のギアをもう一段階上げ、片手で一角獣の頭を押さえたまま、残った手で回復魔法を首筋の傷にあてる。
「……」
その様子を息を呑んで見守るシャル。
レイを振り払おうと、身体に力を入れて暴れていた一角獣だったが、レイの手が届く範囲の傷が治っていくと同時に、力が抜けて行った。
「他の傷も見てやるから、……動くなよ?」
レイは一角獣にそっと呟き、他の傷も治していく。深い傷はそれほど多くなく、難度としては大したことのない怪我だったので、一時間程で、その傷が綺麗に治った。
「ふぅ……。まあ、傷は全部治療したが、無くなった血は戻ってないからな。あまり激しく動くなよ? ……って通じるわけないか」
「シャル、待たせたな。そろそろ戻ろう」
流石に一時間以上、水浴びから戻らなければ、何かあったと心配されるだろうと、レイは一角獣に魅入っていたシャルに声を掛け、急いで服を着て、泉を後にする。
…
……
………
「「……」」
「(兄ちゃん……)」
「(分かってる。だが無視だ。振り向くなシャル)」
一角獣がレイとシャルの後に付いてきていた。レイは小声でシャルに無視するよう注意する。
レイは、
「「……」」
(ちっ、食いつかんか……。拙い。このままついて来られても困るぞ)
「(兄ちゃん、可哀そうだよ)」
「(何がだ? 怪我は治してやったんだぞ? どこへでも自由に行けばいいんだ。……くそっ、何でついて来るんだ?)」
「(連れてってあげようよ)」
「(は? シャル、お前何言ってんだ? 連れてく? 見ろ、あのデカさを! 犬猫じゃないんだぞ? 世話なんかできないだろ? 餌どうすんだ? 何食べるのか知ってんのか? 第一、人には懐かない魔獣なんだろ? さっきも危うく突き刺されるとこだったんだぞ? 危ないから、わがまま言うんじゃない!)」
「(えーーー、ちゃんとお世話するから、お願いお願いお願いぃ~)」
(くっ、めんどくせーーー)
レイは、歩いていた足を止め、シャルに言う。
「なら、
「えっ、……う、うん。わかったよ!」
シャルは一瞬戸惑うものの、振り返って一角獣の元へ足早に走って行った。
「ちょ、おいっ! シャル、待てっ!」
シャルがビビッて躊躇するかと思っていたレイは、慌ててシャルを追いかける。もし、一角獣がシャルを襲えば、あの突きの速さでは助ける前にシャルが貫かれてしまう。
「……一緒に来たいの?」
シャルは一角獣の目を見ながら、近づいて話しかける。一角獣は動かない。ジッとシャルの目を見つめていたかと思えば、次の瞬間、シャルの肩を咥え、そのまま背中に放り投げた。
「うわあっ」
「なっ!」
一瞬の予想外の出来事で、レイもシャルも驚き固まる。一角獣はシャルをその背に乗せ、続いてレイを見つめていた。
「おいおい、マジかよ……」
レイは、手に集めていた魔力を霧散させ、警戒を解く。
(何が人に懐かないだ、全然違うじゃねーか! それより、ホントに連れてくのか? ダメだダメだ、目立たないどころじゃないぞ!)
「兄ちゃん、連れてこうよ……」
「ダメだ」
「えーーー お願いお願いお願いぃ~!」
「……」
一角獣は、シャルを背に乗せたまま動かない。ただ、ジッとレイを見ているだけだ。
ここで悩んでても埒が明かなかったので、あれこれ考えながら、リディーナ達の元へ歩き出すレイ。シャルを乗せた一角獣は、ちゃんとレイに合わせてついて来ている。シャルを乗せて逃げ出したなら、恨まれるのを覚悟で、風の魔法で始末しようと考えていたレイだったが、そのまま野営地まで大人しくついて来てしまった。
…
……
………
カランッ
「「「「……ナ、ナニソレ?」」」」
食事の準備中だったリディーナ達が、シャルを乗せた一角獣を見て、唖然として手に持つ食器を地面に落とす。
「シャル、ずるーーーい! ずるいずるいずるいっ!」
ソフィだけは、羨ましそうにしてシャルに嫉妬し、無防備にシャルを乗せた一角獣に走り出す。
ヒヒヒィーーーン
「「「「嘘でしょ?」」」」
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