第184話 お願いお願いお願い

 傷ついた一頭の一角獣ユニコーンが水を飲んでいる姿に、レイとシャルは暫し動けずにいた。想像していたより、ずっと大きな体躯は、普通の馬より一回りは大きく、サラブレッドの様に美しかった。特徴的な額の角は、淡い紫色の螺旋模様をしており、長さは五、六十センチ程。透き通るような青い目をした瞳は、水を飲みながらもレイ達から目を離していなかった。


 (どうする?)


 体中にある切り傷からは今も血が流れている。このまま放っておけば、いずれ死ぬかもしれない。食用で食えるのなら、この場で止めを刺すという考えが一瞬よぎったレイだったが、隣で目を輝かせて一角獣を見ているシャルを見て、その考えをすぐに捨てる。それに、そんなことをする気が失せるほど、目の前の獣は幻想的で美しかった。



 レイは、一角獣が水をある程度飲むのを待ってから、両手に回復魔法を発生させて、静かに一角獣に近づいた。


 「大丈夫だ。傷つけはしない。治療するだけだ」


 通じるか分からなかったが、そう声に出して、レイはゆっくりと距離を詰める。


 

 ヒヒィーーーン


 

 一角獣は、甲高い声でいななくと、頭を振ってレイに突撃してきた。


 レイの心臓目掛けて角を前に突き出してきた一角獣を、レイは身体強化のギアを瞬時に上げて避け、一角獣の頭を両腕で押さえつける。


 「ッ!」


 体力がもう余り残っていないのか、予想していたより力が弱いと感じたレイは、身体強化のギアをもう一段階上げ、片手で一角獣の頭を押さえたまま、残った手で回復魔法を首筋の傷にあてる。


 「……」


 その様子を息を呑んで見守るシャル。


 レイを振り払おうと、身体に力を入れて暴れていた一角獣だったが、レイの手が届く範囲の傷が治っていくと同時に、力が抜けて行った。


 「他の傷も見てやるから、……動くなよ?」


 レイは一角獣にそっと呟き、他の傷も治していく。深い傷はそれほど多くなく、難度としては大したことのない怪我だったので、一時間程で、その傷が綺麗に治った。


 「ふぅ……。まあ、傷は全部治療したが、無くなった血は戻ってないからな。あまり激しく動くなよ? ……って通じるわけないか」


 


 「シャル、待たせたな。そろそろ戻ろう」


 流石に一時間以上、水浴びから戻らなければ、何かあったと心配されるだろうと、レイは一角獣に魅入っていたシャルに声を掛け、急いで服を着て、泉を後にする。


 …

 ……

 ………


 「「……」」



 「(兄ちゃん……)」


 「(分かってる。だが無視だ。振り向くなシャル)」


 一角獣がレイとシャルの後に付いてきていた。レイは小声でシャルに無視するよう注意する。


 レイは、魔法の鞄マジックバッグの中から、以前、大猪グレートボアに罠として使った林檎に似た果物を脇の林に投げ入れる。


 「「……」」


 (ちっ、食いつかんか……。拙い。このままついて来られても困るぞ)



 「(兄ちゃん、可哀そうだよ)」


 「(何がだ? 怪我は治してやったんだぞ? どこへでも自由に行けばいいんだ。……くそっ、何でついて来るんだ?)」


 「(連れてってあげようよ)」


 「(は? シャル、お前何言ってんだ? 連れてく? 見ろ、あのデカさを! 犬猫じゃないんだぞ? 世話なんかできないだろ? 餌どうすんだ? 何食べるのか知ってんのか? 第一、人には懐かない魔獣なんだろ? さっきも危うく突き刺されるとこだったんだぞ? 危ないから、わがまま言うんじゃない!)」


 「(えーーー、ちゃんとお世話するから、お願いお願いお願いぃ~)」


 (くっ、めんどくせーーー)



 レイは、歩いていた足を止め、シャルに言う。


 「なら、一角獣アレが言うこと聞くか試してこい」


 「えっ、……う、うん。わかったよ!」


 シャルは一瞬戸惑うものの、振り返って一角獣の元へ足早に走って行った。


 「ちょ、おいっ! シャル、待てっ!」



 シャルがビビッて躊躇するかと思っていたレイは、慌ててシャルを追いかける。もし、一角獣がシャルを襲えば、あの突きの速さでは助ける前にシャルが貫かれてしまう。



 「……一緒に来たいの?」



 シャルは一角獣の目を見ながら、近づいて話しかける。一角獣は動かない。ジッとシャルの目を見つめていたかと思えば、次の瞬間、シャルの肩を咥え、そのまま背中に放り投げた。


 「うわあっ」


 「なっ!」


 一瞬の予想外の出来事で、レイもシャルも驚き固まる。一角獣はシャルをその背に乗せ、続いてレイを見つめていた。


 「おいおい、マジかよ……」


 レイは、手に集めていた魔力を霧散させ、警戒を解く。


 (何が人に懐かないだ、全然違うじゃねーか! それより、ホントに連れてくのか? ダメだダメだ、目立たないどころじゃないぞ!)



 「兄ちゃん、連れてこうよ……」


 「ダメだ」


 「えーーー お願いお願いお願いぃ~!」


 「……」


 一角獣は、シャルを背に乗せたまま動かない。ただ、ジッとレイを見ているだけだ。


 ここで悩んでても埒が明かなかったので、あれこれ考えながら、リディーナ達の元へ歩き出すレイ。シャルを乗せた一角獣は、ちゃんとレイに合わせてついて来ている。シャルを乗せて逃げ出したなら、恨まれるのを覚悟で、風の魔法で始末しようと考えていたレイだったが、そのまま野営地まで大人しくついて来てしまった。


 …

 ……

 ………


 カランッ


 「「「「……ナ、ナニソレ?」」」」


 食事の準備中だったリディーナ達が、シャルを乗せた一角獣を見て、唖然として手に持つ食器を地面に落とす。


 「シャル、ずるーーーい! ずるいずるいずるいっ!」


 ソフィだけは、羨ましそうにしてシャルに嫉妬し、無防備にシャルを乗せた一角獣に走り出す。


 ヒヒヒィーーーン


 「「「「嘘でしょ?」」」」

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