第181話 初狩猟

 森の中で、一頭の大猪グレートボアが林檎に似た果物に齧りついている。木々の茂みが薄く、見通しの良い場所で不自然に置かれた果物に、大猪は何の疑問も抱かずに齧りついていた。


 その様子を風下の木の上から見ていたレイは、同じく近くの木の上にいたシャルとソフィにハンドサインで合図を送る。



 ―『『風刃』』―



 二つの真空の刃が大猪の首を同時に捕らえ、その太い首が切断された。


 「やったぁー!」


 ドサリと倒れた巨体を見てシャルが叫ぶ。


 「ちょっと、シャル、静かに! お兄ちゃんに教わったでしょ!」


 そう言うソフィも声が大きい。


 「二人共、気持ちは分からんでもないが、仕留めた後も油断するな。森と同化し、自分を木や石と同じだと思い、森では常に気配は殺しておけ」


 「「……ごめんなさい」」


 「まあ、小言はそれくらいにして、……良くやった。短縮した詠唱で、威力も申し分ない。それに二人同時のタイミングも双子だからか素晴らしかったぞ」


 「「……」」


 レイに褒められ、頬の口角が上がるシュルとソフィ。二人はリディーナから魔法の指導を受け、驚くべき短期間で魔法を放てるようになっていた。これには当のリディーナも驚いており、二人には才能があるかもしれないと言っていた。そもそもエルフ族は、成人後の寿命が長い為、幼少期は殆ど両親に可愛がられて、人間に比べて何も教わらないに等しい環境で育つ。人間とは根本的に異なる種族故、幼少期における教育は重要視されておらず、シャルとソフィが特別というには比較対象がいない為、判断できない。


 (この二人が特別なのか、それとも、エルフの子供は全員これくらいポテンシャルが高いのか、俺には判断できないが、人間の価値観しかない俺には、この才能が羨ましくもあるな……)


 アメリカにもこの二人くらいの歳で銃を教わり、狩りをするのは州によっては珍しくない。日本のように通報から五分以内に警官が駆け付ける環境と違い、広大な大陸では警察に通報しても、警官が来るのは数時間後というのが当たり前の地域もある。自分達の身は自分達で守るのが当然の環境では、銃の訓練を物心つくころから始めるのは、子供に防犯ブザーを持たせるのと同じだ。暴漢や肉食獣に襲われた場合、自分の身を守る術がなければ死ぬのはこの世界と同じで、銃規制が進まない理由でもある。


 

 「よし、じゃあ、仕留めた獲物の処理をすぐにはじめろ」


 レイがそう二人に言うと、短剣を手にしたシャルとソフィが大猪の血抜きと解体をはじめる。


 大猪の足にロープを結び、近くの木の枝を利用して二人が力を合わせて獲物を吊るす。切断された首から血が流れてる間に、器用に大猪の皮を剥いでいく。

 

 (大分手慣れてきたな)


 レイが食事の度に、獣の解体をさせていたおかげで、手際よく皮を剥ぎ、内臓を抜いて肉を解体していくシャルとソフィ。レイは、黙って二人の作業を見守り、手は出さない。



 (……ちっ、早いな。それに数が多い。もう嗅ぎつけたか?)


 レイの探知魔法に動体反応が浮かぶ。だが、敢えて二人にはそれを伝えない。獲物を仕留め、解体中にも周囲に気を配るよう、散々教えてきたからだ。人は注意を受けても、実際に体験しなければ真に理解できないものだ。



 「兄ちゃん、何か来る……」


 最初に気付いたのはシャルだった。レイは何も言わない。だが、次に気づいたソフィが周囲に目を向ける頃には、大狼ダイアウルフに囲まれた後だった。


 三人を囲んだ大狼は十二頭。四、五頭から十数頭の群れで行動する大狼は、森の浅い層には必ずいる森の掃除屋だ。大きさは地球の虎よりも一回り大きく、一対一でも冒険者ならD等級以上の実力が討伐には必要だ。もっとも、単独で森に入る冒険者は殆どいないので、四、五名のパーティーならD等級以下でも一応の対処はできる。


 大狼も含めて、群れで行動する獣の対処や習性は既に二人に教えてある。二人が本当に危険になるまで手を出さないと、狩りをはじめる前に二人に伝えてあるレイは、ただ黙って成り行きを見守る。


 (ちょっと数が多過ぎる……。二人には無理だな)


 「シャル……」

 「ソフィ、早くリーダーを探すんだ。リーダーさえやれれば……」


 シャルは囲んでいる大狼の中から、身体が大きいリーダーを探すようソフィに言う。二人は、解体用の短剣を構えながら、必死にリーダーの狼を探す。


 「いたっ! あれよ、シャル!」

 

 シャルはソフィが指差した方を見ると、魔法を発動しようと魔力を練る。


 その瞬間、大狼は一斉に三人に襲い掛かってきた。


 「「うわああああああ」」



 「いや、よく頑張った」


 レイはそう呟くと、風の魔法を発動させ、一斉に襲ってきた全ての大狼を真空の刃で両断する。


 「「はぁ はぁ はぁ」」

 

 二人は襲われた緊張や焦り、混乱した思考で、身体を動かしていないにも関わらず、息を切らせていた。


 「帰ったら反省会だ。ほら、さっさと解体の続きをやって帰るぞ」


 シャルとソフィは、初めて狩りを成功させた喜びが消え失せたまま、大猪を解体し、手に持てる量を持って、レイと共に野営地まで帰った。


 …


 ―街道沿い 野営地―


 獣の皮に包んだ肉を持ちながら、しょんぼりしたシャルとソフィを見てリディーナが首を傾げる。


 「あら、どうしたの? 二人共。ちゃんと獲物は狩れたんでしょ?」


 「「……」」


 「二人共、ちゃんと魔法で大猪を仕留めたぞ。ただ、今日は大狼が来るのが早かった。それに数も多かったんだ」


 「フフフ、レイがいて良かったわね。……でも、レイが一緒にいたんじゃ、逃げる選択なんて出来なかったでしょ。二人共、レイや私がいなくて、敵わないと思ったら獲物を置いてちゃんと逃げるのよ?」


 (確かにそうだな。俺が近くにいては、逃げる選択が頭をよぎっても実行できないか……。次回は考えなきゃな……)


 

 「……兄ちゃん、さっきの魔法教えてくれよ」


 シャルが悔しそうにレイに言う。

 

 二人に教えた『風刃』の魔法は、一直線に真空の刃を相手にぶつける単体魔法だ。見えない刃で相手を切り裂く魔法は強力だが、複数の対象には適していない。先程のように、囲まれた状況には適していない魔法と言えた。


 「じゃあ、今夜は範囲魔法の講義をするか。だが、いいか? 広範囲に効果が及ぶ魔法は、自分の仲間にも被害が出る恐れもある。制御を誤れば、妹も巻き込むからな。今まで以上に真剣に取り組めよ?」


 「わ、わかった!」



 「……妹じゃないもん! 私がお姉ちゃんだもん!」


 「ちげーよ、俺が兄ちゃんだろ!」



 「「……」」


 双子に対して、どちらが兄で姉なのか、他から見ればどうでもいいことだったが、本人達には大事なことだったようだ。その後もあーだ、こーだと言い争う兄弟を尻目に、レイは双子に対して、「兄」や「姉」、「弟」、「妹」の単語は二度と使わないようにしようと心に決めた。

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