第182話 水浴

 「レイ、水浴びがしたいわっ!」


 野営中の夕食後に、リディーナがレイに意を決したように提案してきた。マネーベルの街を出て二週間。その間、村などに立ち寄ることも無く、ずっと野営を続けていた。皆、寝る前に水で濡らした布で身体を拭くだけだったが、やはり限界だったようだ。


 リディーナ以外の女性陣も、その提案に首を縦にして賛同する。


 「じゃあ、明日はどこか水場を探すか……」


 水場は、リディーナが精霊に聞いて分かると言うことで、明日は水場で水浴びをすることにした。俺としても体を清潔に保つのは大賛成だ。俺達三人の服は、ユマ婆に作って貰ったものだが、抗菌仕様? とでもいうのか、臭いもつかないし、汚れない。だが、双子や聖女達は違う。着替えは用意してあるとは言え、流石に二週間近く洗濯もせずに着回していたのは拙かった。


 「流石に明日は石鹸も使うわね。できれば洗濯もしたいけど……」


 「ああ、構わない。俺も使いたいしな。それに洗濯は俺がやろう」


 「え? レイが?」


 「浄化魔法で一気にやるだけだ。何か問題あるのか?」


 「……し、下着は自分達でやるから…… だ、大丈夫よ!」


 「そ、そうか、……そうだな」


 石鹸はこの世界では高級品だ。ロメルにいた時と違い、金銭的に余裕がある今は購入するのに躊躇いは無かったし、マネーベルでもいくつか購入している。だが、勿体ないから使わないのではなく、森という自然の中で、石鹸の香りは非常に目立つ。香水などもそうだが、人間は日常的に同じ香りに慣れると自分の匂いが分からなくなる。この世界の石鹸に「無香料」なんてものは無い。全ての石鹸に花やら果物の香りがついている。フローラルやらフルーティーな香りを撒き散らしながら森を歩く訳にはいかない。なので、移動中は石鹸の使用は控えていた。だが、今回は途中で宿に泊まることも無かったので、特別だ。


 …


 翌日。


 街道の脇に馬と馬車を止め、リディーナを先頭に森に入る。聖女クレアは歩けはしたが、森の中を一緒に歩くのは無理だったので、俺が背負うことにした。


 数時間ほど森を歩くと、綺麗な池が見てきた。どうやら湧き水が湧いている泉のようで、透き通った水が二十メートル四方に渡って溜まり、溢れた水が小川になって森の奥へと流れている。


 (これなら石鹸を使っても下流へ流れるか。まあ、石鹸自体は天然素材だから問題ないけどな)


 「よし、じゃあ、俺はその辺で見張りをしてるから終わったら適当に声を掛けてくれ」


 「「「は~い♪」」」


 「お前はこっちだ、シャル」


 「わ、わかってるよっ!」


 俺は、顔を赤くしたシャルを連れて泉から見えない場所まで移動した。勿論、探知魔法は展開してるので、リディーナ達は心配ない。


 …


 「ウフフ、結構冷たいけど、久しぶりに気持ちいいわね~」


 「はい♪」


 リディーナが、聖女の身体を洗っているイヴに石鹸を渡しながら話し掛ける。アンジェリカとソフィは自分の身体を洗いつつ、リディーナの裸に釘付けだ。


 (くっ! ま、負けた……)


 (お姉ちゃん、やっぱりキレイ~)


 シミ一つ無いリディーナの裸体に、女性陣は皆見惚れる。アンジェリカも、レイの回復魔法の治療を受けた際、ついでだとばかりに、過去に負った古傷痕などは綺麗に消えている。それでも、リディーナの肌やスタイルに、女として敗北感を感じずにはいられなかった。だが、それよりもアンジェリカが気になったのは、イヴの背中だ。普段は分からなかったが、鞭で打たれた傷が新旧合わせて無数に背中にあり、中には焼きごてをあてられたような傷まである。


 「イヴ、お前のその傷…… レイ殿に治しては貰わんのか?」


 「……こ、これは…… まだレイ様には……」


 俯くイヴに、アンジェリカはそれ以上何も言えなかった。


 僅かに尖った耳に、『魔眼』という異能。異端審問官という暗部とは言え、亜人の血の入ったイヴが、教会内で迫害を受けなかったはずはない。アリア教は、亜人を明確に差別してはいないが、今まで『聖女』が人間以外の種族から選出されたことは無い。その所為で教会内部では亜人を人ではない、女神の庇護から外れた種族と蔑む者が少なくなかった。イヴもそのような者達から迫害を受けていたのかもしれない。異端審問官への道は凄まじい試練が必要だと聞いているが、あの傷はどう見ても拷問でできた傷だ。


 (イヴは普段の態度からは、そう見えないが、かなり若い。一体どんな生き方をしてきたのか……)


 …

 ……

 ………


 「兄ちゃん」


 「ん? なんだ? シャル」


 レイは、魔導書を読みながらシャルに返事をする。探知魔法に反応は無い。


 「兄ちゃんは、お姉ちゃんと結婚すんのか?」


 ブッ


 「ど、どうした、い、いきなりそんなこと聞いて……」


 咽そうになるのを我慢しながら、なんとかシャルに返事するレイ。


 「兄ちゃんなら、オレ、お姉ちゃんのこと我慢するよ」


 「……が、我慢?」


 「兄ちゃん、人間だろ? あと百年ぐらいで死んじゃうんだから、オレ、それまで待つよ」


 「なっ!」


 (こ、このガキ、なんつーことを……。確かに人間とエルフの寿命差を考えれば(俺がまともに歳を取れたとして)、俺がジジイになってもリディーナは今のまま。そしてこのガキ、シャルは青年に成長してそのままか。確かに釣り合うかもな)


 「おい、シャル」


 「?」


 「今から百年後ならリディーナはもっと強くなってるだろーな。自分より弱い男にリディーナが惚れるかな?」


 「えっ?」


 「それに、俺より強いことを、俺が生きてる間に証明しなきゃ、リディーナには見向きもされないぞ?」


 「……」


 「百年後どころか、俺がジジイになる前に俺に勝てるようにならなきゃ、何百年経っても(多分)ノーチャンスだ」


 「そ、そんなぁ~」


 「フッ」


 (……ちょっと、大人気なかったかな?)

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