第179話 ラーク王国②
――『ラーク王国』――
地理的には、『メルギド』、『ジルトロ』、『セントアリア』の三国に囲まれた地方国家。国王を君主とした君主制の国ではあるが、数十年前に大規模な金鉱山が発見されて以降、一部の大貴族が富と実権を握る事態になっており、実質的には共和制になりつつある。
発見された金鉱山により、国は急速に発展したが、一方で貧富の差が大きくなり、犯罪件数も増加。不正や汚職が蔓延る事態が常態化している。また、山脈沿いに金の鉱脈は複数発見され、中には違法な手段で不法採掘を行っている者も多い。それを取り締まるべき騎士団や衛兵も、賄賂や癒着で腐敗しており、国の全容把握は誰も出来ていない状況にある。
領内における食糧生産も、金鉱の採掘に人手を送ることがどの領地でも政策として推進され、自給率も急速に下がっていた。働き手を取られた集落が、徐々に衰退し、放棄される村も郊外では珍しい光景では無くなった。
冒険者ギルドの支部があるが、依頼の多くが、鉱山に関連した内容で、鉱山や輸送の護衛、周辺魔物の討伐など、他国の支部に比べて依頼件数が多く、他国からの冒険者の流入も増加傾向にある。
…
「父上、お呼びでしょうか?」
エルヴィンが父であるハルフォード家当主の執務室に入る。部屋の執務机には、難しい顔をした初老の男が座っていた。ハルフォード侯爵家、現当主のデイヴィット・ハルフォードである。
「うむ。まずは座れ」
デイヴィットは、次男であるエルヴィンをソファに座らせる。
「スヴェンのことは聞いておるな?」
「はい。先程……」
「アレはもうダメだ。あのような状態では、家督を継がせる訳にはいかん。まったく、冒険者などと遊ばせていたのが間違いだった。まあ今言っても仕方のないことだが……。それより、次期当主の件だ」
エルヴィンは待ってましたとばかりに、頬が緩む。
「次期当主は、三男のアルヴィンに継がせる。お前はその補佐をするように」
「はい。……は? い、いやちょっと待って下さい! あいつはまだ十五ですよ? それに騎士団に入ったばかりだ。まだ早……」
「私はそんなに早く退くつもりも無ければ、公務が出来なくなる予定も無い。アルヴィンが騎士としての任期を全うした後に教育する時間はまだまだある。お前は、アルヴィンが帰って来る前に、補佐として、相応しい知識と教養を身に着けておけ」
「な、何故ですか父上! 家督を継ぐのは次男である私の方が相応しいはず!」
「相応しい? お前は自分のことを見てそれを私に言うのか? 勉学はおろか、騎士の任命も拒否し、日々、酒と女に溺れておるではないか! ブクブク肥え太り、娼婦共の安い匂いを撒き散らしておいて、我がハルフォード家を継ぐに相応しいとでも? 今日お前を呼んだのは、最後の通告をするためだ。アルヴィンが騎士の任期を終える三年の間に、屋敷の書庫にある書物を全てを覚えろ。それが出来なければ、お前を勘当する」
「そ、そんな……。そんなの出来る訳……」
「だからお前には継がせられんのだ。出来る訳ないだと? 私を含めて歴代当主は全て頭に入っておるわ!」
「なっ」
無理難題だと思っていたことが、当主として必要な課題と知り、何も言えなくなるエルヴィン。
…
「くっそがぁぁぁ!」
自室に戻ったエルヴィンは、手元の花瓶を床に投げつける。次期当主は当然自分だと思っていただけに、父の言葉に納得のできない思いだった。自堕落な生活を送っていたのは事実であっても自覚は無く、父の正論に素直に反省することはなかった。何も知らない三男のアルヴィンと父デイヴィットに憎悪の感情が芽生える。
「あと三年だと……?」
弟のアルヴィンが騎士の任期を終えるまで三年。その間に屋敷の蔵書全てに目を通し、覚えることなど不可能だと思っているエルヴィンは、酒を飲みに行くついでに、最近懇意にしているある冒険者に相談することにした。
…
……
………
「そんなの簡単じゃん!」
「え?」
「親父を殺しちゃえばいいじゃん!」
王都にある最高級宿の一室で、エルヴィンはある冒険者と会っていた。娼館や奴隷商で度々顔を合わせ、次第に意気投合した男。若くして兄と同じA等級冒険者で、頭が良かったその男に、今後自分はどうしたらいいかの相談をしたくて会いに来たのだ。
その冒険者は、大きなベッドに半裸で寝そべり、三人の裸の女と戯れながら、エルヴィンの話に軽い感じで返事をする。
「ち、父上を?」
まさか、当主の暗殺を提案されるとは思わなかったエルヴィンは、激しく動揺する。先程まで飲んでいたワインの酔いが冷め、慌てて周囲を見渡し、誰かに聞かれたら大変だと焦る。
「大丈夫だって~ この部屋は防音もばっちりだし? コイツらも絶対大丈夫だよ? そんな焦るなよ~」
裸の女達は全員首輪をしている。奴隷だ。どんな制約を課してるかは分からないが、この男が大丈夫と言うなら信じるしかない。
「い、いくら父上を、こ、殺しても、弟が、アルヴィンがいる! だから……」
父親を殺しても無駄、そう言おうとしてエルヴィンは言葉を遮られる。
「なら弟も殺せばいい」
「ッ!」
「エルヴィンちゃんよ~ 兄貴が失脚したから次の当主は自分だってこの間喜んでたじゃねーか。それに、知ってるぜ~ 正規の娼館だけじゃなく、
「な、なぜ、それを!」
「ハハハッ! そんなの調べなくても皆知ってるよ! あんな馬鹿高いトコで、連日とっかえひっかえ遊んでりゃな~ いくら大貴族、侯爵家の次男だって、融通付かない額だって噂だぜ~?」
「そ、それは、わ、私が家督を継げば問題なかったんだっ! あの程度の額、ハルフォード家の資産なら……」
「でも、家督は末弟が継ぐことになったじゃん?」
「うっ」
「ヤバイじゃん? 親父も裏の娼館の遊びと借金は知らないんだろ? 仮に白状したら、親父は借金を払ってくれんの?」
「む、無理だと思う。父上は私を見限っている。三年後には勘当するとまで言われたんだ! 娼館の借金なんて払うわけない!」
「じゃあ、エルヴィンちゃん、殺されちゃうじゃん」
「えっ?」
「あ、ひょっとして自分は貴族だから大丈夫って思ってる? あの娼館、裏の運営はハルフォード家と同じ侯爵家だぜ? クライス家。まさか、知らずに今まで遊んでたのか? 貴族の子弟だからって、爵位の無い人間なんてこれだよこれ」
そう言って、男は自分の首に手刀を振って、首切りのジェスチャーをする。
「エルヴィンちゃんが、家督を継げないって知られる前に手を打たないと、ヤバイと思うけどなぁ~」
「ど、どうすれば……」
顔を青褪め、膝を着いて項垂れるエルヴィン。
「だから、俺に依頼しなよ。父親と弟の暗殺をさ」
エルヴィンは顔を上げ、男を見ながらゴクリと唾を飲み込む。覚悟を決めたのか、無言で頷き、男の提案を飲むことに同意した。
「じゃあ、報酬とか詳しい内容を決めようか~」
ベッドから起き上がり、紙と羽ペンを用意する男。あまりこの国では見ない、彫の浅い顔に黒目。髪は染めているのか、金髪だが根元からは黒髪が生えてきている。
男の名は「
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