第172話 狩猟③

 「おい、見ろよ?」

 「偵察なんて貧乏くじ引いたと思ったが、こりゃとんだ役得になったなw」


 「全員女だぜ? しかも上玉ばかりだ! あのエルフなんて堪んねーなw」

 「うひょー 修道女が二人もいる! 絶対処女だぜ?」


 「てか、あれ、前に売り払ったガキ共じゃねーか? ほら双子の……」


 「そういや、前に拾ったな。じゃあ、あのガキ共、逃げ出したってことか? それともあそこにいる誰かに買われたか?」

 「どうでもいいだろ? もう一度俺らの儲けになってくれんのは変わらねんだからよw」


 「ヘヘッ 頭もいねーし、俺らでヤッちまおうw 処女なんて久しぶりだしな!」



 街道沿いをジルトロ方面に偵察に出てきた野盗団の一味が、森の中から野営しているリディーナ達を見ていた。



 それを精霊の囁きにより真っ先に気付いたリディーナは、すぐにイヴに合図を送る。


 「(イヴ……)」

 

 「(はい、リディーナ様)」


 すぐに状況を理解したイヴは、コクリと頷く。


 (うーん、人数は分からないわね。あまり多くは無いみたいだけど……。今までレイが正確に教えてくれてたから最近甘えてたわ……)


 「シャル、ソフィ、テントに入ってなさい」


 「アンジェリカ様、クレア様とテントへ。クレア様をお願いします」


 リディーナとイヴは、双子と聖女達にテントへ入るよう指示を出す。テントには何の防御力も無いが、襲われた場合に無闇に動き回られたら守れないからだ。


 リディーナは視線を感じる方へ目を向け、細剣レイピアを構え、いつでも魔法を放てるように魔力を練る。イヴもそれに倣って短剣を抜き、身体強化を施す。



 

 「やる気みたいだぜ? あの上玉エルフw」


 舌なめずりしながら、赤毛の獣人が腰の片手剣に手を掛ける。


 「バカヤロウ、もう気づかれたぞ? 中々鋭いじゃねーか、あのエルフ。おい、お前らは回り込んで後ろから仕掛けろ。……殺すんじゃねーぞ?」


 「「「へいっ」」」


 リディーナ達の様子に、黒髪の獣人が赤毛の獣人を窘め、自らも短剣を両手に構えて、人間の男達に指示を出す。


 獣人二人に人間三人の野盗団の斥候は、一行のリーダーらしき黒髪の獣人のおかげか、野盗にしては統率された行動をとっていた。



 (二手に分かれた?)


 リディーナは、固まっていた悪意ある気配が分散したのを察知し、イヴに知らせる。互いに背中合わせになった二人は、飛び道具や魔法に警戒する。


 本来なら、二人とも待ち構えるような受け身なタイプではない。さっさと森に入り、一人一人素早く仕留めたいところだったが、今は護衛対象が四人もいる。敵が二手に分かれた以上、ここから離れて森に入る訳にはいかなかった。


 護衛の経験はそれなりにあるリディーナだったが、こうも守り難いと思った状況は殆ど無かった。今までの護衛依頼は、複数パーティーによる合同依頼で、助っ人としてしか受けたことは無い。自分が単独で動いても、他のパーティーが役割分担で護衛対象をガードしてくれた。護衛する側の人数が、護衛対象よりも上回るのが当たり前だった状況しかリディーナには経験が無かった。


 通常であれば、このような歪な構成で旅をすることなどあり得ない。だが、レイという規格外の存在が、それを可能としてしまった。しかし、今はレイがいない。すぐに戻ってくると思ってはいるが、その存在がいないだけで、精神的な余裕が持てなくなっていた。自分だけなら余裕と思っているだけに、歯痒い思いが更なる焦りとなってリディーナを襲う。


 リディーナは、森の中から自分達の背後に回り込むような気配を察知する。だが、それが囮であることも分かっていた。自分達の正面から感じる鋭い視線が、この場を離れて囮を先に始末するという行動を阻害する。背中を見せれば、恐らくテントの四人に危険が迫るだろう。相手の正確な人数が分からない以上、イヴを残して一人で行動することはできない。



 イヴは、こんなことなら短剣の一本でもアンジェリカに渡しておけば良かったと、今更ながらに後悔した。プライドの高い神殿騎士、それも聖女護衛の筆頭騎士であり、大貴族のローズ家の令嬢だ。剣を持たせれば、身の程を弁えない行動に出られると思っていた。現に、テントに入るよう指示をしたものの、アンジェリカは納得した表情をしていなかった。


 (レイ様がいないというだけで、こうも身動きが取れなくなるなんて……)


 イヴにしても誰かを護衛するという経験は殆ど無く、その難しさを痛感していた。


 …


 スンスンッ


 黒髪の獣人は、その優れた嗅覚によってリディーナ達の人数をに把握していた。


 「(女四人にガキが二人。護衛はエルフの女と青髪の女だけか、楽勝だな……)」


 獣人は人間に比べて高い身体能力をもつ。魔法を扱えるものは殆どいないが、身体強化まで扱えるようになれれば敵はいない、そう殆どの獣人の戦士は思っている。


 「(おい、そろそろ俺達も行く……)」


 黒髪の獣人は、隣にいる赤髪の獣人を見て言葉を無くす。


 「(は?)」


 赤毛の獣人には、あるはずの首が無く、噴水のように血が噴き出していた。


 「ッ!」


 ピタ


 黒髪の獣人の首に、背後から金色の刃があてられた。


 「何してる?」


 ゾワリと男の全身の毛が逆立つ。


 (バカな、バカな、バカなっ! この俺が気配はおろか、匂いすら感じなかっただと?)


 「ングッ」


 黒髪の獣人は、意識の外にあった脇腹から短剣を刺し入れられ、刃が心臓に達したところで命を落とした。



 獣人の背後からレイの姿が現れる。光学迷彩を解除したレイは、獣人から短剣を抜いて静かに死体を下ろすと、リディーナ達に視線を向ける。


 レイは以前、魔導列車の護衛だった『黒狼』のリーダーに、匂いで存在を察知された反省から、光学迷彩の魔法には改良を施していた。元々、光を回折させる膜を纏うようにイメージさせていたものに、匂いを遮断する機能を盛り込んだだけのものだったが、普段、索敵を嗅覚に頼っている者ほど、匂いのしないものには無頓着であり、効果は抜群だった。


 

 「まったく、守ることに囚われ過ぎだぞ、二人共……」


 精彩を欠くリディーナ達にそう呟くレイだったが、リディーナもイヴも、これまで単独で活動していたんだったと思い直し、すぐに考えを改めた。それに、護衛人数が自分達より多いのだ。自分がいれば適切な指示は出せただろうが、不在時の判断を任せきりにしていた自分の責任でもある。


 「とりあえず、残り三人の内の一人は生け捕りにしないとな」


 レイはそう呟いて、森の中に消えて行った。

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