第173話 狩猟④
「イヴ、後ろの奴らを始末してくるから、ここをお願いね」
リディーナはイヴにそう言うと、森へと駆けて行った。前方から感じた鋭い気配が急に消え、レイが戻ってきたんだと直感で分かったリディーナは、すぐに後方に回り込んでいた者達の始末に動いた。
森に入ったリディーナは、相手が三人であるということを瞬時に把握し、強化した視力で位置を特定。野盗達は、等間隔に距離を取り、気配を殺して近づいてるつもりだろうが、リディーナにはバレバレの拙い動きだった。
(そこらの野盗にしては、いい動きだけど……)
リディーナは、ふと思い出したように
放たれた矢は、地球の弓とは比較にならない速度で飛翔し、野盗の一人の頭を吹き飛ばす。リディーナは間髪入れずに続けて二射、三射と矢を射り、残りの野盗を同じように仕留めた。
「久しぶりだったけど、腕は鈍ってなかったわね……」
「リディーナ……」
森の奥からレイがゆっくり姿を現す。レイの気配に気づかず、一瞬驚いたリディーナだったが、すぐに駆け寄りレイに抱き着いた。
「全員殺っちまったか……」
「あっ」
「まあいい。それでも二人にはいい教材になる」
「?」
…
五つの死体を集めて、野営地に運んだレイは、松明を灯して遺体の検分をしていた。
「頭が無い……」
「うっ……」
「一人残ってる」
「「「……」」」
頭の無い死体を目にしたソフィの呟きに、レイが答える。黒髪の獣人の男だけは、頭が残っていた。目を見開き、驚愕の表情のまま絶命していた死体と、頭の無い四つの死体。シャルは目を背け、口を押えて吐き気を必死に堪えていた。
「コイツら荷物が少ないな。ここを襲う為に近くに荷物を置いてきたか、拠点が近くにあるのかもしれないな……」
「ごめんなさい、一人は生かしておくべきだったわ」
「まあそれに関しては俺も同じだ。余裕で追いつくと思ってたが、リディーナがあんなに弓が上手いなんて驚いたぞ?」
「あら、褒めて貰えて嬉しいわ♪」
リディーナが森に入ってから、三人の男を仕留めるのに五分も掛かっていない。魔法や剣で殺るより数段早い。レイは、リディーナの弓の腕前と威力に、自身の予測が外れて興味が湧いた。
(
「もう少し、弓のことを聞きたいところだが、すぐに野営場所を移動しよう。血の匂いに魔物が寄って来る。それに、他にも仲間がいるかもしれないからな。急いで準備しろ」
「他にもいると思う?」
「少なくとも俺が行動した範囲に反応は無かった。明日、日が出たら足跡を調べる。獣人のは見当たらなかったが、こっちの人間の方は、はっきり残ってた。追跡は可能だ。……シャル、ソフィ、明日は歩くからな。今夜はちゃんと寝ておけよ」
「え?」
シャルが不安そうに呟く。
「子供に何をさせる気だ?」
アンジェリカが、レイに怪訝な顔をして物申す。惨たらしい死体を子供に見せたと思ったら、明日は追跡させるというレイの発言に、口を挟まずにいられなかったようだ。
「今出来ることを体験させてやるだけだ。それに、足跡を追跡するのは狩りに必要な技術だ。相手が人間だろうとそれは変わらない」
「だからと言って、危険じゃないか! もし、他に仲間がいたらどうするんだ!」
「俺が一緒にいるから危険は無い。それとも、危険だからといって、二人が大人になるまで待ってろと?」
「あ、当たり前だ! まだ十歳の子供だぞっ!」
「子供だから何だ? 十歳の子供が奴隷として理不尽に捕まったぞ? 生きる為の知識や経験を学ぶのに年齢は関係ない。それともお前は二人が大人になってから、経験させろと言うのか? 大人になるまでに、コイツらみたいな、ならず者や魔物が襲ってこないと何故言える?」
「くっ……」
「シャル、ソフィ。お前達も嫌なら嫌でいい。やりたくなければそれでもいい。だが、意思表示はしっかり言葉に出すんだ。良いことも悪いことも、好きな事、嫌いな事、やりたい事、やりたくない事、自分が思ってることは、言葉に出して、相手に伝えなければ伝わらない。それと、この死体を良く見ておけ。これから俺やリディーナがお前達に教えることは、こういう事が出来てしまう技術でもある。相手が獣であろうが人間であろうが、「狩り」とは命を奪う行為だ。その覚悟がなければやるべきじゃない。今夜一晩ゆっくり考えて、やるかやらないかをしっかり決めろ」
「「……はい」」
シャルとソフィは、獣人達の死体を見つめながら、レイに返事をする。
リディーナとイヴが、手早く野営道具を片付けている間に、レイは、死体を街道脇に寄せて、高温の炎で焼いた。骨も残らず灰になるまで死体を焼くと、軽く土を被せて、レイ達は数キロ後方に街道を戻った。
…
……
………
深夜。
焚き火の前で、野営の見張りをしているレイ。いつもなら、探知魔法の範囲内で野営地を離れて魔法の自主練をしているレイだったが、今夜は珍しく、座して炎を見つめていた。
「どうしたの~?」
リディーナがテントからそっと出てきて、レイに声を掛ける。
「……」
「ひょっとして、さっきのこと気にしてるの?」
「いや、……ちょっとガキの頃を思い出してただけだ」
「レイの子供の頃?」
「初めて死体を…… 人を殺したのはいくつの時だったかなと思ってな」
「いくつの時なの?」
「……十二だ。だが、もっと早く殺す力があれば、いや、世の中をもっと知っていれば…… 悪い、忘れてくれ。今更考えても仕方のないことだ」
レイの言葉に、詳しく聞きたい衝動に駆られたリディーナだったが、それを態度には出さず、そっとレイの隣りに座り、身を寄せた。
「私は二十の時だったわ。今日みたいに襲ってきた男を三人。無我夢中だった。故郷じゃ死体なんて見たことなかったし、殺した後、すごく気分が悪くなったのを覚えてる。あの子達も、きっと死体を見るのは初めてだったと思うわ」
「酷いことをしてると思うか?」
「そうねー、エルフの国では滅多に人が死なないから、あの子達には刺激が強過ぎたかもしれないわね。でもね、レイ、あの子達がレイから魔法や狩りを教わるって、あの子達には凄く幸運なことだと私は思うわ。私やイヴがそうだったみたいに、レイから教わることは、生きていくのに物凄く為になるのよ。あの子達が、今後どうなるか分からない。故郷へ戻ったら何百年も人の死を見ることは無いかもしれない。でもそれとは違う道に進んだ時、今日の体験はすごく意味があることになるわ。さっきレイが言ってたみたいに、現にあの二人は故郷で人間に攫われた。今後も同じことが起こらないなんて誰にも言えないわよ。……私は、レイのやり方は間違ってないと思うわ」
「そうか……。どうも子供は苦手だな。別に嫌いじゃないんだが、自分がまともな子供時代を送ってない所為か、ちゃんと接してやれてるか不安になる」
「フフッ そんなの私だって同じよ。でもいいんじゃない? あの子達が色んな大人と接して学ぶように、
「そうだな。…………っ?」
レイがリディーナの言葉の違和感に気付き、慌ててリディーナを見ると、焚き火に照らされてても分かるぐらい、顔が真っ赤だった。
「私、レイの子供、…………欲しい、な」
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