第171話 狩猟②

 「ハムッ モグモグモグ……」

 「うう……」


 夕食に出された鶏肉を平気でパクつくソフィに対して、シャルは肉を口に入れることに躊躇する。先程の解体した光景を思い出しているのだろう。


 「シャル、無理して食べないでもいいのよ?」


 「だ、大丈夫、食べるよっ!」


 リディーナに言われて、意地を張ってるのかシャルがソフィに負けずと食べ始める。肉を口に運ぶ際に目を瞑ってるのがなんとも子供らしい。


 「でも魔法が使えるようになるまで狩りはできないわね~」


 「そうだな、弓でもあればとも思うが、あっても俺には教えられないからな」


 「あら、そうなの?」


 「レイ様にも使えない武器があるんですか?」


 「イヴ、俺は何でもできる訳じゃないんだぞ?」


 新宮流にも弓術はあるが、俺は修めていない。当然だが、現代の戦場で使う場面は無いからだ。狩猟用のクロスボウなどは使ったことがあるが、弓とは似て非なる物だ。弓に比べて曲射もできず、飛距離の短いボウガンは、銃に比べて音がしないという利点しかなく、消音器サプレッサーが発達している現代戦ではその利点も無い。それに、弓術の熟練者なら、単発式の銃と遜色ないスピードで矢を連射できるが、そのレベルになるまでには、刀と同じように何年もの鍛錬が必要だ。傭兵として、弓の鍛錬に時間を使うくらいなら、銃の習熟に努めるのは当たり前だった。



 「弓ならあるわよ?」


 リディーナが自分の魔法の鞄マジックバッグから銀色の弓を取り出す。


 「風の精霊と契約してからは殆ど使ってないけど、弓なら私が教えられるわ。でもこれは子供の二人にはまだ無理ね~」


 リディーナから弓を借りてみると、確かに子供の力では弦が引けないほど硬い。身体強化が前提の弓のようで、地球のものよりも硬い。それに、子供の力で引ける程度の弓では、魔物を殺傷などできないだろう。やはり優先すべきは魔法の取得だ。


 「教えられないって言ってる割には、様になってるんですけどぉ~?」


 「バカ言え、こんなの見様見真似だ。俺の師匠は武芸百般で、なんでも使えたからな。弓に関しては知識として軽く知ってる程度だ」


 「でもレイなら練習すれば全然使えるようになりそうだけど……」


 「あんまり必要性は感じないな。弓を練習するなら魔法を練習した方がいい。まあ、坊主共はこの旅で身体強化まで出来るようになれたら、リディーナに教わるといい。人間、何に才能があるかわからんからな。若いうちは色々体験して自分の得意不得意は早めに知った方がいいからな」


 「お姉ちゃんが、教えてくれんのか?」


 シャルがリディーナに尋ねる。


 「身体強化が使えるようになったらいいわよ?」


 「やったっ! 俺、頑張るよっ!」

 「じゃあ、私はお兄ちゃんに剣を教わる~」


 「「はいはい」」


 レイとリディーナは適当に二人をあしらうと、食事の片づけをはじめる。夜、寝る前の日課でリディーナとイブはレイとの稽古がある。シャルとソフィへの指導は今日は終わりだ。



 「お前らは早く寝るんだぞ? ちゃんと睡眠を取らないと体が成長しないからな」


 「「はーい」」


 …


 レイにそう言われながらもシャルとソフィは、テントからこっそり三人の稽古を見ていた。因みにアンジェリカも見ている。三人にとっては、見たことのないハイレベルの訓練を見るのが日課になっていた。

 

 覗き見されているのはレイも承知だったが、三人に剣や体術を教える気は無かった。エルフの国は平和な国だと聞いているし、アンジェリカに至っては、レイの剣術が騎士のそれとはまるで違うからだ。今後、聖女を守ってもらうと考えれば、鍛えてやるのも悪くない考えだが、中途半端に教えることはかえって危険だ。それに、発展途上にある若いイヴと、天才的なセンスのあるリディーナと同時に教えることはできない。


 (アンジェリカに関しては、他にも理由はあるけどな……)


 …

 ……

 ………


 数日後、シャルとソフィは何とか自分の魔力を感じることが出来るようになっていた。体内の魔力を意識して動かし、循環させることができれば、身体強化は難しくない。だが、強化のイメージを明確にすることで、強化の段階をコントロールすることは意外に難しい。


 この世界の人間が、身体強化をコントロールしきれていないのは、リディーナやイヴを教えていてレイには分かっていた。車の運転で例えるなら、オートマの車でアクセルをベタ踏みしているようなものだ。オンかオフしか意識できていない。だから、強化の持続力が無く、短時間しか行えない。マニュアル車のように、一速から順に上げられるようにコントロールできるようになれば、無駄に魔力を消費することなく、発動時間を長くでき、身体の一部位だけを強化するなどの細かな強化も可能になる。


 「それじゃあ、この石を割ってみろ」


 二人にその辺の石ころを拾って渡す。身体強化ができる大人でも石を握って割ることは難しい。だが、石を握る手、指一本一本に強化を集中できれば、子供でも簡単に割ることができる。


 「う~~~~ん」

 「うぎぎぎぎぎ」


 「手に力を入れつつ、魔力を集中させて強化を意識しろ。リディーナ、二人をちょっと見ててくれ。俺は夕食の獲物を狩って来る」


 「食材ならあるじゃない?」


 「今日はいつもの鳥じゃなくて、大型の獣を解体させようと思ってな。処理してないのは鞄に入ってないだろ?」


 「そうね、確かに無いわね。ちょっと鶏肉にも飽きてきちゃったし、丁度いいわね」


 「じゃあ、ちょっと行って来る。二人共、俺が帰って来るまでに石を割っておけよ?」


 「「……」」


 …


 レイは、探知魔法を展開しつつ、大猪グレートボアを探す。この獣は、森のどこにでもいるので、どの街でもポピュラーな食材だ。生息する地域で、大きさや味が違うらしいが、日本の猪も同じようなものだ。品種改良の末に家畜化された獣と違い、野生の獣は普段何を食しているかでも味は変わるし、環境によって大きさや肉付きも違う。


 いくつかある生き物の反応の中で、大猪らしきものの中からなるべく小型のものを選ぶ。鳥よりも内臓が大きい四足獣を子供が解体するので、一応の配慮だ。


 「あれでいいか」


 見つけた獲物の風下から接近したレイは、身体強化を施して、素早く短剣を心臓目掛けて投げる。特注の魔金オリハルコン製の短剣は、金色の軌跡を描いて大猪の心臓を貫通し、背後の木に刺さった。


 即死した小型の大猪を担ぎ、短剣を回収したレイは、野営地へと戻って行った。

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