第161話 裏商売

 ジルトロ共和国は、商業によって発展した国である。ドワーフ国『メルギド』からの良質な武具や鉱材を他国に流通させることにより、商人が力を持ち、君主制から共和制へ、貴族制から議員制へと移行した経緯がある。その発展の最大の要因は、メルギドからもたらされた『魔導列車』により、飛躍的にその流通網を拡大、構築したことにある。


 流通させる「商品」の中には、「人」も含まれていた。


 「奴隷」である。


 古くから人間の国の多くでは奴隷制を採用していた。しかし、二百年前の『勇者』達により、大陸共通の貨幣や法が整備され、様々な制約や禁止事項が作られた。主に奴隷に対する生命や健康に関する法律や、亜人に対する扱いなどが制定され、多くの国がそれを批准している。記録には、奴隷制全般の廃止を訴えた勇者が多かったようだが、奴隷によって人々の生活が支えられていた事実もあり、それの実現は叶わなかった。


 しかしながら、法で禁じられたモノ程、人の欲望を掻き立てるものはない。金と権力を有する者は、自らの欲望を満たすために、金と手段を選ばないのはどの世界でも同じだった。


 

 レイがピアーズ家の執事、レスリーを尋問して得た情報は、レイが怒りを覚えるには十分な内容だった。ピアーズ家は、表向きの商いとは別に、元貴族のコネクションを生かし、違法な奴隷の売買で財を成した家だった。その扱う奴隷の中には亜人、『エルフ』も含まれており、リディーナはその美しい容姿と出自により、裏では長年狙われていた存在だった。貴族の持つ情報網により、リディーナがこの街に訪れてから、レイ達はマークされていたのだ。


 レスリーに案内させたピアーズ家の地下には、違法に捕らえられた亜人を含む奴隷達と、その奴隷を使った娼館があった。性的サービスを行うことは勿論、嗜虐的な趣向を持つ顧客の為の施設もあった。人を痛めつけて快楽を得る人間はどこの世界にもいるようで、長年に渡って心を壊された者や、肉体の欠損が激しい者、幼い少年少女までもが、劣悪な環境に閉じ込められていた。


 リディーナが捕まり、このような場所で扱われていたかもしれないと思うだけで、レイの血は沸騰しそうだった。


 …


 「ぼ、僕にこんなんことして、た、只で済むと思ってるのかっ! レスリーっ! どこにいるっ! 早くコイツを殺せっ!」


 「……まだ立場が分かっていないようだな」


 椅子に縛り付けられたアラン・ピアーズを見て、レイは冷たく言い放つ。光学迷彩を展開し、寝室でワインを飲んでいたアランを昏倒させ、椅子に縛り付けるのは造作も無いことだった。


 レイは、部屋の外から縛ってきたレスリーを引き摺り出し、アランの前に放り出した。


 「ヒッ! ……レ、レスリー? そんな、レスリーが負けた……だと? おいっ! 早く起きろっ! 早くコイツを殺せっ! お前には大金を払ってるんだぞっ!」


 縛られ、意識を失っているレスリーは、四肢の関節が砕かれ、歯が何本も無かった。


 「今からお前にもコイツと同じ目にあってもらう。嫌なら質問に答えろ。同業者と顧客リストはどこにある?」


 「ば、馬鹿か? そんなの言う訳……ぎゃあああ」


 レイは、アランの小指を圧し折った。続いて隣の薬指も続けて圧し折る。

 

 「うぎゃあああああああ」


 「早く答えないと、苦痛が続くぞ?」


 「しょ、書斎の裏の隠し部屋だっ! そこに、ぎゃああああ」


 手を止めずに続けて中指を折り、レイは次の質問をする。


 「リディーナの出自は誰に聞いた? 他に誰が知っている?」


 質問と同時に人差し指を折るレイ。


 「ぎゃああああああ ……リ、リディーナを調べる過程で知ったぁぁぁ! リストの人間、取引相手は皆知ってるっ! う、裏では懸賞金も……懸かってるんだ…… も、もうやめて……」


 「次の質問だ……」


 レイはアランの親指を握って更に質問を続けた。


 …


 アランの両手の指全てがあらぬ方向へ向き、聞くべきことを全て聞いたレイは、アランの隠し部屋で顧客リストを入手して屋敷を後にした。非戦闘員である屋敷の使用人などは昏倒させて縛り上げ、放置してあるが、警備にあたっていた兵士は、全員始末して魔法の鞄マジックバッグに入れてある。光学迷彩と魔法の鞄の併用で、銃火器を装備していない兵士など、レイにとっては簡単な作業だった。


 地下の違法奴隷たちはそのままだ。直ぐにでも開放してやりたかったが、証拠保全の為、もう一日我慢してもらうことにした。無論、すぐにでも治療が必要な者は、最低限の処置はしてある。


 アランとレスリーは魔封の手錠で魔力と身動きを封じて、一緒に連行している。すぐにでも二人を殺したかったレイだったが、奴隷の数が二十人近くと多いこと、同業者や取引先のリストはあったが、リストにある名前がどこの誰だかはレイには分からず、その確認ができるまで、始末する訳にはいかなかった。


 レイ自身は、奴隷制には胸糞悪い思いもあったが、全てが悪という訳ではないとも思っていた。親に捨てられたり、借金苦で食うにも困った者が、衣食住を得られる手段として自らを売り込む者もいるからだ。恵まれた環境にいる者には想像できないが、真に困窮している者にとっては救いの部分もあるのだ。それに全ての奴隷がこのように悲惨な状況にある訳でもない。社会制度が洗練され、全ての人が平等の権利を得られる体制が整わない限り、弱者は死ぬしかない。そう言った意味では奴隷制全てを否定することは、現段階では難しい。


 だが、不当に心身を拘束され、命を弄ばれるのであれば、話が違う。自分の愛しい者がその対象とされ、狙われているなら尚更だ。


 

 「万一、この国の中枢も関わってるなら、勇者共の前に全員始末しなきゃな」

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