第160話 三者三様

 ―マネーベル議事堂会議室―


 マネーベル議事堂会議室には、議長のドルトをはじめ、三十名以上の議員が集まっていた。現在のジルトロ共和国は、先日の不死者アンデッド襲撃と同様の、国家の危機を迎えており、今日の会議では、ある議員からもたらされた情報により、急遽、関係者が集められた。


 突然の大聖堂の倒壊。聖女クレアを含む多くの神殿騎士が行方不明。死傷者の数も数百人に上り、瓦礫の撤去作業に伴い、その数は今尚増えている。万一、聖女が遺体で発見されれば、ジルトロ共和国は、大陸中のアリア教徒から敵視されることは間違いなく、神聖国からもどのような要求があるか議員達は戦々恐々としていた。


 議員達からすれば、通達も無くこの国に訪れ、勝手に死んだと遺憾な思いの者も多かったが、そんな理屈は通用しないことも分かっていた。ジルトロ共和国の首都で聖女が死んだ、この事実だけでアリア教徒からの信用は消し飛ぶのだ。共和国の根幹である商売への影響は計り知れない。


 そもそも、神殿騎士団の一個大隊がいて何をしていたのか、神殿騎士団が防げなかったことを、我々が防げるわけがない、ジルトロ共和国としては、この一点で何とかこの危機を乗り切ろうとしていた。


 だが、アラン・ピアーズ議員のもたらした情報により、議員達は困惑した。


 ―『S等級冒険者のレイがこの事件に関係している』―


 ある者はこの事件の責任を押し付けられるのではないか、またある者は、仮に事実に反する情報であった場合「S等級」冒険者を敵に回すのではないか、他に有力な情報が無いこともあり、レイを招聘して一先ず事情を聞くことになったのだ。


 しかし、当の情報をもたらしたアラン・ピアーズ議員はこの場に姿を見せていない。議長のドルトは、そのことに不安と焦りを感じていた。



 この場には、冒険者ギルドのマリガンと、神殿騎士団の第十四大隊副隊長であり、現在の騎士団の指揮官であるフランク・モルダーと側近の騎士二人も同席していた。


 神殿騎士のフランク・モルダーは、連日の瓦礫撤去作業の中で、聖女クレアの生存は絶望的と見ていた。聖女死去と数百人に及ぶ神殿騎士の犠牲。その原因が何であれ、生き残った者のなかで、一番高い地位にいる自分が責任を負うことになるのは間違いなかった。せめて護衛騎士筆頭のアンジェリカ・ローズが生き残っていれば、その責任を負わせられるが、今も本人はおろか、遺体も見つかっていない。


 生き残った多くの神殿騎士は、召集に遅れた者達だ。街の外縁にいて遅れた者が大半だったが、持ち場を勝手に離れていたことで難を逃れた者、酒場にいた者や、娼館に行っていた者などは、そのことが明るみになれば、自分たちの首が飛ぶことも分かっていた。聖女を守れなかった神殿騎士に未来など無い。


 フランク・モルダーを含め、多くの神殿騎士達は、聖女を守れなかった自責の念よりも、自分達の保身のことしか考えていなかった。この失態の責任をなんとかジルトロ共和国へ押し付け、乗り切ることしか頭になかった。そんな折に、この国の議会から事件の情報が入ったと連絡を受けて、フランクはこの場にいる。真相がどうあれ、この責任を回避できる情報があれば何でも良かった。


 

 冒険者ギルドのギルドマスターであるマリガンは、この場で唯一、事件の真相を知る者だった。聖女クレアとアンジェリカ・ローズが生きていると公表すれば、この場にいる人間の立場は守られるかもしれない。だが、マリガンにその選択はできない。レイから『勇者』や『悪魔』の存在、洗脳に関する情報の裏付けができるまでは、聖女の生存は公表できない。生きていると公表すれば、聖女の命が危険に晒されるかもしれないからだ。それに、全てが真実だった場合、聖女を守れるのは『女神の使徒』であるレイだけだ。この国の議員や神殿騎士を気に掛けている場合ではない。このことは、一国家で済む話では無かったのだ。


 マリガンは悩んだ末、レイの話をギルド本部のグランドマスターに報告していた。だが、まだ今後の指示は受けていない。レイから渡された、冒険者登録をした『勇者』の確認作業を行っているのだろう。大陸中の冒険者リストとの照合は、一支部では不可能だ。その上、調べる者も信頼できる者に限られ、慎重に期す必要もあった。


 レイが宿で殺した神殿騎士の遺体は、バッツら信頼できる冒険者により、大聖堂から搬出された遺体に紛れ込ませて密かに処分された。不死者襲撃時に城壁におり、宿での惨状を目にした冒険者達が、このことを国に報告することは無い。B等級冒険者のバッツをはじめ、腕に覚えのある者程、レイの恐ろしさを実感しているからだ。


 国の衛兵と神殿騎士団全てより、レイ達『レイブンクロー』の武力が上だと、冒険者の誰もが思っていた。


 問題は、宿泊客の証言だったが、レイが直接、騎士達を殺したことを見た者はいないのは確認が取れていた。あくまでも騎士達の死体が散乱しているといった通報だけで、通報を受けた衛兵がきたのは、死体の処理が終わった後であり、証拠は残っていなかった。マリガンは、追及を受けても、シラを切って乗り切るつもりだ。



 三者三様の思惑がある中、議事堂の扉が開きレイが入室してきた。

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