第162話 追求

 議事堂会議室に現れたレイは、縛られたアラン・ピアーズと、その執事であるレスリーを引き摺って入ってきた。濃紺の外套で分かり難いが、帯刀し、プレートキャリアには短剣が収まっており、完全武装の出で立ちだ。本来、議事堂会議室では武器の携帯は許されていないが、先に入室した神殿騎士達が剣を預けることを拒否していた為、警備兵がレイを制止することは出来なかった。


 集まっていた議員達や神殿騎士、マリガンの面前に二人を放り投げたレイは、空いている席に座り、悠然と辺りを見渡す。


 「「「「「「なっ!」」」」」」


 会議室にいた面々は、レイと二人を前に驚愕の顔で固まっていた。


 「二日前、俺を殺しに来たヤツの雇い主だ。刺客を始末して辿って行ったらコイツらだった。まあ、目的は俺じゃなくてリディーナの方だったみたいだが、アラン・ピアーズはこの国の議員だろ? どういうことなのか説明してもらおう」


 「ちょ、ちょっと待って下され! 一体どういうことですか?」


 議長のドルトが焦ったようにレイに言う。大聖堂崩壊の事件にレイが関係しているとピアーズ議員からの情報でここに人が集まっていたのだ。その当人から予期せぬ発言が飛び出し、一部の人間以外は困惑していた。


 「このアラン・ピアーズは、違法な奴隷商売に手を出していた。エルフであるリディーナを狙って、邪魔な俺を始末しようとしたが、逆に返り討ちにあってご覧の通りだ。俺が言いたいのは、国ぐるみでの企みなのかどうかってことだ。冒険者ギルドに依頼して、俺をメルギドからわざわざ呼んだのはこのためか?」


 「レイ殿を暗殺……、それに違法な奴隷商売ですと? 国ぐるみなどとは有り得んですぞ!」


 「取引の関係者と顧客リストはここにある。誰が誰だか俺には分からんから今から読み上げるぞ」


 室内にいる人間が驚く中、何人かの人間の顔は青褪め、また、何人かは顔を顰めている。レイは、リストにあった名前を全員に聞こえるよう大きな声で読み上げる。


 「……、……、……、フランク・モルダー、……、……以上だ」


 「「「「「「――ッ!」」」」」」


 「今挙げた名前は、アラン・ピアーズの運営している違法な奴隷の取引相手と同業者、その娼館の利用者だ。証拠は屋敷に行けばわかる。亜人を含めた違法奴隷が大勢いたぞ? 話を聞けば無理矢理捕らえらたそうだ。それに、酷い暴行を受けた者が大勢いた。どれも違法だろ?」


 それまで、大聖堂崩壊の事件に頭を悩ませていた全ての人間は、その思考が吹き飛んだ。この場にいる人間の何人かの名前が呼ばれ、その人物達に視線が向けられる。ジルトロ共和国でも奴隷は合法だが、違法奴隷は重罪だ。それに亜人が不当に捕らえられたとなれば、外交問題にもなる。ドワーフとの取引が事業の根幹にあるジルトロ共和国が、亜人から信用を失うのはかなり拙い。


 視線を受けた議員の一人が突然立ち上がり、出口へと猛然と走り出した。


 ―『風刃』―


 「ぎゃあああ」


 レイの放った風の刃で、逃げようとした議員の足が切り裂かれた。


 「逃げようとしたってことは、どうやらリストは本物で、法を犯している自覚はあるらしいな」


 「「「「「「ッ!」」」」」」


 「ちょっと待てっ! そんなのは出鱈目だ! 大体貴様は誰だっ! 何処の馬の骨とも分からん平民が何故この場にいる? それに、我が国の議員にこんなことして許されると思っておるのかっ! 衛兵っ! とっととこの男を捕まえろっ!」


 「そ、そうだ! この男は『聖騎士レイ』の名を騙る詐欺師だ! 審問を受けるべきは貴様だっ!」


 名前を呼ばれたのであろう太った中年議員と神殿騎士のフランクがレイに叫ぶ。命令された衛兵達は、どう行動すればいいか困惑し、議長に視線を送る。レイが教会から手配されているのは議員達には寝耳に水だ。視線を送られた議長のドルトもどういうことかと困惑の様子だ。


 「今日ここへ来るように言われた「S等級冒険者」のレイだ。このアラン・ピアーズが俺を殺そうと画策していた証拠もあるぞ? 『聖騎士レイ』というのは良く分からんが、このことが出鱈目かどうかは、調べればわかることだ。後ろめたいことが無いなら騒ぐな。逃げようとすれば、さっきの奴みたいになるだけだ。それにそこの神殿騎士。焦ってるようだが、リストに名前があったのか? 仮にも聖職者が違法な奴隷と遊んでるとはな。そんな奴に詐欺師だなんだと言われる筋合いはない」


 「「な、なんだとぉぉぉ」」


 怒りに震え、顔を真っ赤にした太った中年とフランクを、レイは無視してマリガンに視線を向ける。


 「マリガン、今挙げた名前の中に、冒険者ギルドの関係者はいるのか?」


 「な、何人かは知らない名前ですが、少なくともこの街のギルド関係者の名前はありません」


 「なら、この件の調査を依頼してもいいか? 議員が関係してるなら、この国の衛兵に調査は任せられないからな」


 マリガンはチラリと議長のドルトに視線を向ける。冒険者ギルドとしては異例の依頼だ。挙がった名前の中にはこの国の議員や大商人が多く、本来なら国が主導して行うべき案件である。それに……。


 「取り消せっ! 我ら神殿騎士を侮辱するのかっ!」


 フランク・モルダーが声を荒げ立ち上がる。リストにあったのは、神殿騎士のこの男もである。教会関係者に関しては、その裁きは国では行えない。現行犯で捕縛はしても、その裁きは教会に委ねるのが通例だ。


 「大聖堂が倒壊したと聞いたが、違法奴隷と遊んでて、聖女を守れなかったのか? 女神アリアもさぞお怒りだろうな」


 「黙れぇぇぇっ!」


 フランク・モルダーが剣を抜き、レイに斬りかかってきた。レイは黒刀を座ったまま抜刀し、フランクの剣を根元から切断、返す刀で刃を首にピタリとあてる。


 「なっ!」


 「そこの神殿騎士の二人、教会の騎士は、違法な奴隷娼館で遊ぶのは罪では無いのか?」


 「「……」」


 二人の神殿騎士は、レイの剣技に圧倒されながらも、フランクを見て答える。


 「む、無論、重罪だ。仮にそのことが事実なら、だ。だが、この件とは別に、貴様には『聖騎士レイ』様の名を騙った詐欺師の疑いで手配されている。聖女様がその審問をなさりにいらしたが、大聖堂が倒壊し、現在行方不明だ。貴様が関係しているなら裁きを受けてもらう」


 「名前が同じってだけで詐欺師になるのか? それに大聖堂の件も聖女も知らん。何か証拠はあるのか?」


 「……な、無い。しかし、聖女様と聖騎士様が貴様を……」


 「連れてこいって言った当人が行方不明なんだろ? 誰が俺の審問をするんだ? 違法な奴隷業者が俺を陥れようとしているのに、そいつの発言を国も教会も重視するのか? それに、証拠も何も無いのにこんな違法騎士が俺を裁くのか?」


 「ぐっ くくく……」


 神殿騎士二人が、フランクを侮蔑の表情で睨む。騎士団の副団長の失態で、自分達の正当性を主張できなくなってしまった。議長のドルトは勿論、他の議員達も何も言えなかった。リディーナというエルフを違法に捕らえる為に、レイを大聖堂崩壊の容疑者にし、国と教会へ突き出そうとしたと思われても仕方のない状況だ。議員達もフランク以外の神殿騎士も、この場でレイを追求することができなくなった。



 (レイ殿……。本当に恐ろしい方だ)


 マリガンは全てを知っていた。バッツからの報告で、宿周辺の不審者のことも聞いていた。レイがその不審者を始末し、その大元がアラン・ピアーズだったという事実には驚いたが、屋敷の地下を見せられれば信じるも何もない。ピアーズ家の屋敷から入手したリストも、マリガンが知る限りの身元はレイに教えている。レイはリストの人間がどこの誰だか知った上で、議員達と神殿騎士を詰めていたのだ。


 レイからすれば、聖女クレアとその護衛騎士アンジェリカを押さえているので、大聖堂の破壊と神殿騎士達の殺人は大した問題では無かった。数百人の神殿騎士が悪魔に洗脳され、襲ってきた、聖女を守るために仕方なく斬ったと二人から証言させれば問題なかったからだ。だが、それには聖女の回復と、神聖国の確認が済むまではできない。証拠も何もない以上、しらばっくれてさっさと神聖国に行こうとしたレイ達だったが、ピアーズ家の裏家業を知り、放置できなかった。


 レイは、神聖国へ行く前に、リディーナを狙う者の排除は済ませておきたかった。国ぐるみの企みなら、この部屋の全員を始末するつもりだ。

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