第149話 森林遺跡ナタリス③

 白石響は、咄嗟に白刀を抜刀し、正面に斬撃を放つ。


 薄暗い通路の奥から放たれた風の属性魔法『風刃』が、響の斬撃により搔き消された。


 斬撃を放つと同時に通路に向かって走り出す響。その真紅の眼が妖しく光る。



 「イリーネ、あなたも食事してきていいわよ?」


 「ありがとうございます」


 イリーネは、東条奈津美の言葉を受け、響の後を追って通路に消えていった。


 「あっ、聞きたいことがあるから一人は生かして欲しかったけど…… まあいいわ」


 …


 「ギャッ」


 「ブッ」


 「アガッ」


 暗い通路で次々と短い悲鳴が上がる。


 ほのかに光る白刀の軌跡が、エルフの兵士達の命を次々に奪っていく。


 エルフの兵士たちは、鋼の長剣ロングソードに部分的な革鎧レザーアーマーという、簡素な装備だ。森の多いエルフの国に適した軽量な装備だが、響の『白刀』には何の役にも立っていない。



 「「「『風の精霊よ 我が声に従い 我に力を 風加速アクセラレーション』」」」


 

 次々に命を刈り取られる同胞を見て、風の精霊魔法による強化を行う者達。


 三十人の追跡隊の中でも、風の精霊と契約できている者は僅か三名。


 「どけっ!」


 強化を終えた三名が長剣を手に前に出る。


 今までの兵士達とは、一線を画すスピードで響を囲み、長剣を振るう三人だったが、響は最少の動きでその攻撃を躱していく。


 「「「何っ!」」」


 「確かに速いけど、それだけじゃね……」


 「「「――ッ!」」」


 剣撃を避けながら響が呟き、後ろを振り返ることなく、白刀を反して背後の男の喉を貫く。


 「ガッ」


 そのまま刀を下から振り上げるように、目の前の男をその構えた長剣ごと縦に両断する。


 「アバッ」


 あっという間に、精霊魔法で強化した兵士二人を斬り殺した響。残った男は焦りながらも連続で剣を振る。その剣速は他の兵士を遥かに凌駕していたが、響はそれを容易く回避する。


 「ば、馬鹿な…… 何故当たらんっ!」


 男の高速の連撃にも表情を変えずにその剣を掻い潜り、男の両腕を斬り飛ばす響。


 「うぐぁあああ…………馬鹿な……。人間如きに……」


 膝を付き、苦悶の表情で響を睨むエルフの男。


 「未熟」


 「なん…… カハッ」


 響は男に一言呟き、その首を刎ねると、他の兵士達を始末していたイリーネに目を向ける。


 「後はあなたにあげるわ」


 イリーネは、エルフの兵士達を素手で屠りながら、その血をペロリと舐めていた。


 音も出さず、消えるように移動しながら、エルフの兵士達をその鋭い爪で切り裂くイリーネ。背後から首を掻き切り、胸を貫いてその心臓を握り潰す。


 「う、嘘だろ…… たった二人の女に……」


 そう呟いた最後の男は、同胞の死体を前に剣を落とす。その首筋にはイリーネが牙を突き立てていた。


 「先に行ってるわね」


 響はそう言って東条奈津美の元へ戻って行った。


 …

 ……

 ………


 「くっ……」


 東条奈津美の元に戻った響は、両目を押さえてその場に膝を着く。


 「あまり長時間の発動はオススメしないって言わなかったかしら?」


 「まだ使いこなせてないだけ……」


 「……魔力切れよ。これを飲んで置きなさい」


 「これは?」


 「よ」


 東条奈津美は、魔法の鞄マジックバッグから取り出した液体の入った瓶を響に渡すと、自分の描いた魔法陣へと向かった。


 

 「お待たせしました」


 イリーネが口元の血を拭いながら戻ってきた。


 「戻ったわね、イリーネ。は置いてきたかしら?」


 「はい。三体ほどですが」


 「そう。ならいいわ。じゃあ、帰りましょうか。響、こっちへ」


 イリーネと響を側に呼んだ奈津美は、設置した魔法陣に魔力を流す。すると、魔法陣が光り出し、その場から三人の姿が消えた。


 …


 三十名の兵士達の亡骸が横たわる通路で、一人、また一人と、三人の兵士がゆっくりと立ち上がった。どの兵士も首筋に噛み痕があり、尖った犬歯が口元から見える。


 吸血鬼化したエルフの三人の兵士達は、音も無く遺跡の出口に向かい走り出した。

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