第148話 森林遺跡ナタリス②
――エルフ国『エタリシオン』王都エタリシオン――
「人間の侵入者……。それを我が同胞が手引きをしただと?」
「はっ。同胞の女と人間の女二人は、現在「ナタリス」に潜っていると思われます」
エタリシオンの守備隊隊長のキリルが、王宮の一室にて上長である王族の一人へ侵入者の報告を行っていた。
エタリシオン国、第三王子ロジェ・エル・エタリシオン。この国の国防責任者であるロジェは、キリルの報告に懐疑的な思いを拭えないでいた。この国への外部からの侵入は、二百年間一度も無い。それに、同胞が人間を手引きしたなど、俄かに信じられなかった。だが、実際に結界の一部が破られ、守備隊の兵士が殺された。
「で? その同胞である女はどこの者だ?」
「只今調査中で御座います」
「……では分かったらまた報告しろ。それと、侵入者は遺跡に潜ったと言ったな、追跡は?」
「はっ。そちらも現在、隊を編成している所です」
「ならいい。次は朗報を持ってこい」
ロジェは、面倒だと言わんばかりにぞんざいに手を振ってキリルに退室を促す。手元の果実酒を飲みながら、このことを父である国王にどう報告するかを考えていた。
長命なエルフは世代交代などは滅多にない。ロジェは王位継承権はあるものの、功績を上げて二人の兄を押しのけ、次期王に選ばれたとしても、王座に座れるのは数百年は先だ。功績を上げて評価を得るより、失態を犯して評価が下がることをエルフの王族は何より忌諱する。
「ちっ、キリルめ……面倒な話を持ってきおって……。それに十人以上が殺されただと? 人間相手に醜態を晒しおって……。このようなこと、素直に報告などできる訳がないであろうに」
ロジェは、この失態をどう取り繕うかしか考えておらず、情報を守備隊以外に上げようとはしなかった。
…
……
………
「この階層から灯りは要らなそうね~」
奈津美の言うように、階層を下った先では壁や天井が仄かに光る階層に出た。精密なタイルが一面に張り巡らされており、今までの景色に比べて現代風の洗練された風景だ。
もうどれぐらいの時間、この遺跡に潜ってるか分からない。適宜、休憩をとり、睡眠もとってはいるが、一体どれぐらいここにいるのだろうか……。口にする食事も簡素な保存食ばかりで、いい加減飽きていた。
この光る階層に入ってから、罠が無くなった。動く石像が襲って来るのは変わらなかったが、それだけだ。単調な襲撃、変わり映えしない通路が続き、感覚がおかしくなる。
「もっと冒険心を煽るような探検になるかと思って、ちょっとだけ楽しみにしてきたけど、現実は随分退屈よね……。歩くのも疲れたし……。ここはハズレってヤツかしら……」
「ハズレ?」
「どの部屋も何も無いってことは探索済みってことかもしれないのよね。そもそも目当てのモノが、必ず遺跡にあるって考えが間違ってるのかも……。ちょっと考えが浅はかだったわ。まあ、最深部まで行ってからじゃないと確信は持てないけど……。何も無かったら、この国を調べなきゃいけないじゃない……。まったく面倒だわ」
奈津美が何やら独り言のようにブツブツ言ってるが、私にはそもそも何を探しに来たのかもよく分からない。
それよりもさっきから人形しか斬ってない……。
生きた者……。
……人を斬りたい。
…
……
………
「真っ直ぐ、最下層に向かってるな……。よそ者じゃなかったのか?」
東条達、三人を追跡しているエルフの兵士の一人が、三人の足跡を辿りながら呟く。
「一人は同胞、いや、裏切者だ」
「だとしてもだ。ここに入って、案内できる女なんて記憶にないぞ」
「「「……」」」
追跡に編成されたのはエルフの兵士三十名。全員男の兵士だ。守備隊十二人が殺された状況から、その三倍の人員が投入されたが、通路が狭く、数の優位を生かせるかは誰もが疑問に思っていた。
「相手は人間とはいえ、同胞十二人を三人で殺してる。油断するなよ?」
「生死不問という命令だ。姿を見つけ次第、魔法で仕留める」
「しかし、何だってこんな遺跡を……。もう何も残ってないはずだが……」
「人間どもがそれを知るはずないだろう」
「盗賊共の目的などどうでもいい、我らの国に侵入し、同胞を殺してるんだ。見つけ次第殺せ!」
「「「おうっ!」」」
エルフの社会に上下関係は殆ど無い。成人すれば、数百年は姿が変わらないエルフ達は、人間社会とは異なる文化、風習がある。王族とそれに連なる者がトップにいるのは人間と同様だが、細かい役職による縦の構造はほぼ存在しない。ここにいる三十人の兵士達も、リーダーの様な者はおらず、個々人がそれぞれ命令を判断し、行動している。
エルフの兵士達は、遺跡の構造に慣れているのか、恐ろしいスピードで侵入者の追跡を開始した。
…
……
………
「……」
「……」
「……」
ひたすら同じような通路を進んで、すでに私達に会話は無くなっていた。もとから自ら話すことが無かったイリーネはともかく、奈津美も軽口を言わなくなった。
「……甘かったわね」
「何が?」
「『探索組』が遺跡に潜ってるって聞いて、余裕とまでは思ってなかったけど、ここまでキツイとは正直全然思わなかったわ。これは反省ね。一か月以上は問題ない量の水と食料はあるけど、
「……いいの? 何も収穫ないけど」
「一旦戻って、再チャレンジね。何も一回で成功させるなんて言ってないし?」
奈津美はそう言うと、開けた空間の真ん中の床に、何やら文字を書き始めた。何のインクだろうか? 赤黒く、ドロッとした液体で、アニメで見たような魔法陣のような模様を描いている。
「なにしてるの?」
「……」
奈津美は答えない。
「……お客さんみたいだから、そっちの相手をしてもらえるかしら?」
振り返ると、足音は聞こえないが、大勢の人の気配がする。動く石像や
「……」
私は、腰の白刀に触れ、相手の姿が現れるのを、目を見開いてジッと待つ。
『ヒュッ』
刹那、響は見えない刃で自分が斬られる画が
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