第150話 アンジェリカ・ローズ
「服を脱げ」
「なっ!」
マネーベルの高級宿の一室で、ベッドに横になっているアンジェリカに、レイが言い放つ。
「ちょ、ちょっと言い方っ!」
リディーナが慌ててレイを制する。
「ん? なんだ? 治療だぞ?」
「そ、それは分かってるけど、女の子なのよ? ……それに、裸じゃないと治療できないの?」
「患部を直接見た方が、無駄な魔力を使わないで済む。……第一、好きでもない女の裸ぐらい、見たってなんとも思わん。気にするな」
「こっちが気にするのっ!」
「こっちが気にするのだっ!」
「まったく、何を今更……。時間の無駄だ。さっさと脱げ」
「「……」」
…
私、アンジェリカ・ローズは、頭の整理が追い付いていない。
つい先日まで、私はこのレイという男を、『聖騎士レイ』の偽者、詐欺師と信じて捕縛と尋問を行おうとしていた。
しかしながら、以前調査した情報は、偽りでは無く真実だったと、聖女クレア様の治療を見て確信してしまった。
この男が、あの化け物の元から聖女クレア様を連れ帰った時、クレア様はかなりの重傷だった。とても助かるとは思えなかった。だが、あの男は再生魔法という聞いたことも無い常軌を逸した魔法で、クレア様を死の淵から救った。中でも驚異的だったのが、潰れた眼球を元に戻したことだ。今思い返しても信じられん。例え、聖女様や教皇様であっても、あのようなことはできないだろう。
そしてもう一つ、この男の信じられないところが、その圧倒的な戦闘力だ。神殿騎士達が、まるで相手にならないどころか、剣と魔法であの人数を一掃し、最後には眩い光の魔法を以て、あの化け物を倒した。
同僚である神殿騎士達を殺したことに、わだかまりが無いとは言わないが、あのような辱めを行った騎士達を、同情する気持ちは湧いてこなかった。
そして、今、私はベッドに横になり、この男に裸を見られ、触れられている。
「んっ…… あっ…… あっ…… はぁあ……」
(暖かい…… そ、それに……)
何度も蹴られ、動く度に激痛が走っていた背中に、あの男の暖かい魔力の波動を感じる。痛みが引いていき、心地よい何かに包まれるような感覚……。
「変な声を出すな。……次は表だ。仰向けになれ」
「えっ! はっ! ……あ、仰向け?」
「早くしろ」
「……」
恥ずかしくて顔から火が出るようだ。鏡で見なくとも分かる。顔が熱い……。こんな風にじっくり裸を見られるのは初めてだ……。父上にだってここまで見られたことはない(あの場にいた騎士達は全員死んだと思うので数には入れない)。
仰向けになった私のお腹に、またもあの暖かい波動が流れる。
「んんっ! ……んっ!」
必死に声を抑えようと我慢するが、お腹から胸に至る気持ちの良い感触に抗えない……。
「せ、責任っ……」
「ほら、終わったぞ」
「え?」
「リディーナ、俺はちょっと寝る。後は頼んだ」
「……わ、わかったわ」
あの男はそう言って部屋から出て行ってしまった。
部屋に残された、リディーナと呼ばれた女性と目が合う。無表情だが、女の私から見て嫉妬する程、美しい女性だ。このエルフの女性もあの場で凄まじい魔法を化け物に放っていた。私の知らない魔法。噂に聞くエルフの精霊魔法だろうか?
それより……。
……
「だ、ダメだからっ! レイは私のだからっ!」
そう言って彼女も部屋を出て行ってしまった。
(……私の?)
…
「アンジェリカ様、お身体は如何ですか?」
あのエルフの女と入れ替わりで、元異端審問官だったという青髪の女が入ってきた。たしか、イヴと言ったか。『鑑定の魔眼』、暗部に珍しい者がいると噂で聞いてはいたが、こんなにも若いとは思ってもみなかった。魔眼などという異能を持ちながら、よく処分されなかったものだ。
「ああ、問題ない。それよりクレア様は? 」
「容体は落ち着いております。お食事もなんとか……。ですが、やはり感情や意思をお示しにはなりません」
「……そうか」
クレア様は、一命は取り留めたものの、感情を失ってしまった。言葉も発せず、ご自分の意志で動くことも出来ない状態だ。そのことについて、彼は洗脳の影響か、洗脳中に受けた心の傷が原因ではないかと言った。もし、あの
「イヴ……だったな、聖女様のお世話、感謝する」
「い、いえ……当然のことですから」
私が動けない間、彼の従者だというこの娘に、クレア様のお世話をしてもらっていた。おいそれと他の誰かに頼むわけにもいかず、非常に助かっている。クレア様のことが外部に漏れれば、大変なことになる。少なくとも、以前は教会関係者だったこの娘なら、そんなことは承知のはずなので、外部に吹聴して回ることは無いだろう。
私は、暫し寝ると言った彼が起きるまで、今後のことについて考えをまとめることにした。
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