第141話 洗脳
リディーナとイヴは、レイに近づく神殿騎士達の首を刎ねながら、自分達が透明になったことによる優位性を実感していた。
(透明になるってヤバイわね。それに、全員レイに注目してるし……)
レイの後方から攻めようとする神殿騎士は、その間合いに入ることなく、二人の不可視の斬撃を食らい命を落としていく。リディーナとイヴが手にしているのは、炎古龍の角から削り出された剣で、その刃は限りなく透明だ。光学迷彩の効果は身体を覆う範囲にしか効果が無く、本来であれば、手に持つ剣はその範囲から外れて見えてしまう。だが、透明の刃による斬撃は、周囲の騎士達には認識できないでいた。
「くっ、なんだ? 魔法か?」
騎士達はその不可解な現象に戸惑い、攻める勢いが弱まる。
「武器を捨てろっ! 剣を持ってれば殺すっ! 詠唱しようとしても殺すっ! 俺の目的は『聖女』と話をするだけだっ!」
レイは、礼拝堂全体に響く声で叫ぶ。
「舐めやがってぇ……、おい、お前は外の連中を呼んでこい。それとそこのお前」
白金の騎士は、近くの騎士を呼び寄せ、耳打ちする。
「えっ? いや、それは……」
「いいからやれっ! オメーが殺ればこの女はオメーのモンだぞ?」
呼ばれた騎士は、チラリと全裸のアンジェリカを見て、目の色を変える。
「承知しました」
騎士は今尚交戦中のレイに掌を向け、魔法の詠唱をはじめる。
「『紅蓮の炎よ 燃え盛る炎の槍となりて 敵を穿て 『
魔法の詠唱をしていた騎士の口内に、
(仲間ごとね……。悪くない考えだが、ただの高校教師が出す指示とは思えないな……。桐生隼人といい、こいつら倫理観が壊れてやがるな)
レイの修めた新宮流には、戦場での乱戦を想定した多対一の訓練も勿論ある。黒い布で目を隠し、門下生十人と同時に立ち会う狂った荒行だ。レイはその常軌を逸した修練を積んでいる上に、探知魔法を展開し、三次元的に戦場を捉えている。過去の修行と魔法により、今のレイに死角は無い。
レイは、前方の神殿騎士を斬り殺しながら前に進んでいく、どの騎士もレイに一刀でその命を刈られ、血飛沫を上げながら倒れていくが、それにも構わずレイに襲い掛かって来る。それに対して、レイの後方にいる騎士達は、近づくのを躊躇し、中には剣を下げる者も出始めた。
(なんかオカシイな……)
レイから見れば、前方の騎士達は闇雲に突っ込んできてるようにしか見えない。少なくとも騎士と名乗る以上、集団での戦闘訓練は行ってるはずだ。隊列も何もなく襲って来る様は、とても訓練された者とは思えない。宿で襲ってきた騎士達と比べて、状況判断も碌に出来ていない、お粗末な有様だ。
「ひょっとして洗脳でもされてんのか?」
独り言のように呟いたレイの言葉に、イヴが反応する。近くの騎士の目を見つめ『鑑定』を行ったイヴがレイに近づく。
「(レイ様、その通り見たいです。騎士の一人を『鑑定』しましたが、『色欲』としか見えませんでした)」
「『色欲』? なんだそれ?」
「(私にも分かりません……)」
「なら、別にいいか……」
「「?」」
―『水流』―
―『氷結』―
レイが連続で二つの魔法を広範囲に放ち、下半身が氷に埋もれるように、前方の騎士達を凍らせた。何十人か斬り殺せば、退避行動にでるかと期待していたレイだったが、洗脳されてるなら一人一人殺していく意味はない。白金の騎士や聖女が魔導具かなにかで魔法が届かないなら好都合だ。
レイの前方にいた百人ほどの騎士達は、完全に沈黙し、後方にいた者達は、その光景に息を呑む。
(後ろの奴らは前の奴らと洗脳の具合が違うのか? どうも差があるな……)
後ろをチラリと見ながら、すぐに視線を前に戻す。
「ようやく話が出来そうだ」
礼拝堂奥の内陣にいる、白金の騎士と聖女に向かっていくレイ。
「来るんじゃねー! この女を殺すぞっ!」
白金の騎士が、吊るされたアンジェリカに剣を向ける。
「バカかお前?」
レイは素早く短剣を投げ、騎士の隙間、肘の関節に短剣が突き刺さる。
「ぎゃああああああ」
「知らない女が人質になる訳ねーだろ」
剣を落とし、蹲る白金の騎士。
「お前、伊集院力也だな?」
「ッ!」
「お前には色々聞きたいことがある」
「テ、テメー なんでそれを……。クレアッ! 治療だっ! こっちへ来いっ!」
伊集院は、レイに構わず、聖女を呼ぶ。
「やっぱバカだろお前。……本当に教師か?」
聖女クレアは伊集院に近づくも、オロオロするばかりで魔法を行使する様子はない。
「何してやがるっ! 早くしろっ!」
「お前が何かしてるか知らんが、この辺り、魔法使えないんだろ? 自分達だけ使えるなんて都合いいモノじゃないだろうに」
「あっ」
伊集院の目の前まで迫ったレイが、刀の峰でその兜を弾き飛ばす。
「ウゴッ」
現れた顔は、醜く歪んで生々しい傷痕がいくつも残った顔だった。レイの脳内にある伊集院の顔とは黒髪ということぐらいしか共通項が無い。特に違和感を感じるのはその眼だ。まっ黄色の目に縦に割れた瞳孔、おおよそ人の眼ではない。
「「「「「「ッ!」」」」」」
後方の騎士達が、その顔を見て息を呑む。リディーナとイヴも、その顔を見て顔を顰める。醜く歪んだ顔には勿論だが、正視するのも躊躇う禍々しいその「眼」に、生理的な嫌悪感を感じていた。
レイは返す刀で伊集院の膝から下の両足を切断し、その自由を奪う。
「うぎゃあああああああ」
それを見た聖女が、慌てて伊集院に駆け寄り、その身を挺して伊集院を守ろうとする。
「聖女、お前にもあとで聞きたいことがある。下がってろ」
「無礼者ぉ! 離れなさいっ! この方に手出しすることは許しませんっ!」
レイは、伊集院を庇うように広げられた聖女の両手を掴み、魔封じの手錠をかけて放り出した。
「き、貴様ぁー! 聖女様に何をするかぁ!」
後方から騎士の一人が叫び、走って来る。が、次の瞬間、リディーナの風魔法でその首が切断され、その騎士に追従しようとした者の動きが止まる。
「「「「「「……」」」」」」
「まずはこの魔法が使えない状況をなんとかするか……。おい伊集院、早く解除しろ」
「ぐうぅぅぅ くそぉがぁぁぁぁぁ 」
芋虫の様に這いずる伊集院の叫びが、礼拝堂に響いた。
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