第142話 屑

 

 「ぐうぅぅぅ くそぉがぁぁぁぁぁ」


 「煩い」


 「ぐはっ」


 レイは、黒刀の峰で伊集院の脇腹を打ち付ける。その一撃で聖鎧が割れ、肋骨を砕いて、刀が肉に食い込む。


 口から血を吐き、悶絶する伊集院。


 その間に、イヴが吊るされたアンジェリカの縄を解き、猿轡を外す。傍から見ると、まるで自然に縄が解けていく様な光景に、目を見開いて驚く神殿騎士達。


 「(レイ様っ)」


 イヴが抱えたアンジェリカを見たレイは、魔法が効かない空間の外へ運ぶよう視線で促す。


 レイは、伊集院の残った腕に刺さった短剣を引き抜き、その手に手錠を掛け、近くにへたり込んでいた聖女の手錠とつなぐ。


 (これで魔法も使えず、逃げることもできないだろう)



 伊集院と聖女を拘束したレイは、フロア中央に寝かされたアンジェリカに近づき、軽く外傷をチェックし、治療に入った。


 周囲の神殿騎士達は動かない。


 (や、やだ…… 治療の為って分かってるけど…… でも、レイが他の女の裸を見てるなんてちょっと…… あっ 今、触った……)


 透明化してるので傍からは見えないが、レイの様子に人知れず気を揉むリディーナ。




 レイは自分の外套を脱ぎ、アンジェリカに被せると、再び伊集院と聖女の元へ向かった。


 (女の応急措置はあんなもんでいいだろう……。さてどうするか、どこかに連れ出す予定だったが、周りの騎士達は動く様子が無いな。伊集院だけでも話を聞きだして始末しとくか)


 レイは黒刀を伊集院に向ける。


 「『レイ』という名前をどこで知った?」


 「無礼者っ! 離れなさいっ!」


 「聖女は黙ってろ」


 「うっ」


 レイの威圧に聖女が黙る。


 伊集院は、苦悶の表情をしながらも、視線をキョロキョロ動かし、何やら思考を巡らしている。


 「別に答えたくないなら別にいい。他の転移者に聞くだけだ」


 レイは刀の刃を伊集院の首筋に当て、力を込める。


 「ま、待てっ! 言う! 言うから待てっ!」


 「いや、いい。どうせ今、必死こいて考えてる嘘か誤魔化ししか出てこんだろう」


 そう言うと、レイは力を更に込めて伊集院の首に刃を入れる。黒刀はまるで豆腐でも切るように伊集院の首に入っていく。


 「か、神だぁ! 神に聞いたぁ! 死にかけた時に神が現れて、「レイ」ってヤツを殺せと言われたんだっ!」


 「神ねぇ……」


 尚も刃は止めず、首に押し込むレイ。


 「やめろっ! う、嘘じゃねぇっ! 傷は完全には治しちゃくれなかったが、命は救われた。そ、それに、あの『宝玉』を使えばお前を無力化できると言われたんだ……。それをあの野郎……騙しやがってぇ……」


 (野郎?)


 「それで俺の名を使って『聖女』に近づいたのか? 神か何か知らんが、見知らぬ相手の頼みに、随分積極的じゃないか? ……何が報酬だ?」


 「――ッ!」


 「洗脳の力でも貰ったか?」


 「なっ!」


 「図星か……。大方、その不気味な眼でも貰ったんだろう。どう見ても日本人の眼じゃないしな。全くどうしようもねぇクズだ……」


 (恐らく、洗脳の効果は限定的。何か条件でもあるのか、見た者をすぐに洗脳できるものでもないようだな。俺には効かない可能性が高いが、リディーナとイヴを透明化しといて良かったかもしれないな……)


 

 「な、なん…… だ…… と」


 いつの間にか赤毛の女、アンジェリカが身体を起こし、レイ達を見ていた。


 「おい、女、無理するな、寝てろ。内臓の止血しか治療してないんだ。動くな」


 「き、貴様は…… 一体……」


 

 「イヴ、聖女と伊集院コイツを『鑑定』しろ」


 「は、はい」


 レイは、アンジェリカを無視して、イヴに二人を鑑定させる。レイが何を言ってるのか理解できない聖女と伊集院は、二人して困惑の表情を浮かべる。


 「レイ様、聖女様も『色欲』一色です。そ、それとこの男ですが……『鑑定』できません」


 「何? どういうことだ? 」


 「レイ様とは見え方が違うのですが…… その……」


 イヴが言い淀む。


 (まさか、『勇者』は『鑑定』できないのか? いや、以前にイヴは、オブライオンで『勇者』を視てる。ということは、伊集院コイツが特殊なのか? ……もう少しつついてみるか)


 「ち、治療してくれよぉ。このままじゃ死んじまう……。 お、俺の腰に魔導具が…… それがこの結界を作ってる…… だから」


 切断された足から、流れ出る血を見て伊集院が呻く。聖女が慌てて伊集院の荷物を漁り、魔導具を取り出す。だが、魔封の手錠により、魔導具を使用することはできず、それでも何とかしようと必死に伊集院を助けようとしている。


 「……」


 「さっさと死ねばいいのよ」


 リディーナが吐き捨てるように伊集院に向かって言い放つ。いつの間にか光学迷彩の効果が切れ、その姿が現れていた。


 「「「「「「エ、エルフ……」」」」」」


 アンジェリカをはじめ、騎士達が呟く。


 「あの男は、まだ幼い少女を犯して連れ回すような男よ。何が聖騎士よ、さっさと死になさい」


 「な、なん……だ、と?」


 アンジェリカが嫌悪した表情で伊集院を見るが、レイはまだ証拠も何もないので、肯定も否定もしなかった。ただ、今までの言動で、犯人でもおかしくはないとも思っていた。


 (まあ、どちらにせよ殺すけどな)


 「お、俺が死ねば、聖女も道連れだぞ!」


 「「「「「「ッ?」」」」」」


 「俺が死んだら、洗脳が解けて、クレアも死ぬぜ?」


 「どういう意味だ?」


 「へへっ 『聖女』って奴はよ、処女じゃなきゃ「力」を失うんだろ? 前の聖女ババアは犯してやったら発狂して自殺しやがったぜ? クレアもたっぷり犯してやった。洗脳が解ければ死にたくなるくらいたっぷりとなぁ。流石は『聖女』ってとこか? 中々洗脳できなかったが、無理矢理犯してやったら一発だったぜ? おら、分かったらとっとと俺を助けろ。クレアが死んでもいいのか?」


 「「「「「「――ッ!」」」」」」


 「き、貴っ様ぁぁぁあああああ」


 アンジェリカが身を起こし、激高して叫んだ。光学迷彩の効果が切れ、姿が見えるようになったイヴも憎悪の目を伊集院に向けて叫ぶ。


 「お前がぁぁぁあああ!」


 イヴは短剣を抜き、伊集院の腹に突き立てると、何度も繰り返し滅多刺しにする。


 「かはっ や、やめっ おぶっ うっ おえっ おっ 」


 イヴの行為を誰も止めようとはしなかった。この男は万死に値する、この場にいる誰もがそう思った。




 「はぁ はぁ はぁ」


 「イヴ、もういい。これ以上コイツの汚ぇ血で自分を汚すな」


 レイはそっとイブの肩に手を置くと、フロア中央まで連れ出して、「浄化」の魔法を掛け、イヴに付いた返り血を綺麗にしてやる。


 

 「あ、あ、あっ…… あう お おえぇぇぇぇ」


 聖女が、突然、嘔吐しだし、その身を震わせる。顔からは血の気が引き、真っ青になった聖女クレアは、自分の身体を掻き毟りはじめた。


 「いぃぃぃやぁぁぁあああああああ」


 尋常じゃない叫び声を上げた聖女クレアは、そのまま白目を剥き、気を失って倒れた。


 礼拝堂が静寂に包まれ、誰もが声を出せず、動き出す者もいなかった。



 「わ、私は、何てことを……」


 自分の手を見て震えながら膝を付く。


 「イヴ、気にしちゃダメよ? どの道あいつは死んで当然だったし、生かしておいて聖女を洗脳したままにしても誰も救われない。あなたは何も間違ったことはしてないわ」


 「リ、リディーナ様……」


 「そうだ。お前は何も悪くない。よくやった」


 「レイ様……」




 ―『よくやった? 彼にはまだまだ働いてもらわなきゃ困るんだよ』―


 何処からともなく男の声が礼拝堂に響いた。

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