第125話 ジェニーの出張①

 ジルトロ共和国の冒険者ギルド、マネーベル支部のギルドマスターであるマリガンから仕事の依頼を受けたジェニーは、ドワーフ国「メルギド」行きの魔導列車に乗っていた。

 

 ジェニーは、冒険者ギルドのマネーベル支部の職員だ。ギルドマスターの秘書兼、受付嬢統括という役職はあるものの、当の本人は単なる小間使いとしか思っていない。だが、そのことに特に不満を抱いている訳でもなく、比較的平和なマネーベルで働けることは、元C等級冒険者として、魔物の討伐や盗賊に襲われる危険のある護衛依頼をこなす日々より、何倍もマシに思っていた。


 冒険者ギルドの職員への道は、狭き門だ。荒くれ者や癖のある冒険者を相手にする以上、対峙する胆力とそれなりの実力が必要で、文字の読み書きや計算は勿論、魔物の知識や多岐に渡る業務を把握する頭も必須だ。その上、依頼を持ってくる商人や貴族の使いとやり取りする以上、それなりの教養も必要とされる。それに、女の場合は容姿も重視される。美人にいい所をアピールしたくて、仕事を頑張るのはどの世界も同じだ。


 ジェニーも容姿においては、ギルドに採用される程に美人といっていい外見だ。ショートカットの赤毛に薄い緑色の瞳、目鼻立ちもはっきりとした快活な印象の美人だが、十代後半から冒険者として過ごし、ギルドの受付嬢に採用になったのは二十代中盤。受付嬢の相談役のような立場になり、マリガンの秘書に抜擢された頃には、気づけば三十路手前になっていた。


 十代後半で結婚する者が多いこの世界では、ジェニーは、完全に行き遅れである。

 


 魔導列車の一等室。十二両編成の魔導列車の一両丸々を使用したこの超豪華な一室は、どんな街の高級宿にも劣らない内装の豪華さと、最新の魔導具による快適性を誇る。だが、この車両の最大の売りは、緊急時における強固なシェルターとしての機能であり、『竜』の息吹ブレスを受けても耐えられると謳っている。この車両の利用者は、王族や大貴族、大商人の一部に限られる。



 「二等室でも金貨十枚……。一体いくらするんだろう、この部屋……。はぁ……落ち着かないなぁ」


 豪華過ぎる車内に、平民出のジェニーは、何か汚したり壊したりしたら大変だと、気が休まらない思いでいた。ギルマスのマリガンは、休暇と観光を兼ねてと言っていたが、仕事の重圧もあってそんな気分には到底なれないでいた。


 「うう……。美味しいはずなんだけど、全く味がしない……」


 洗練された動作で、料理と飲み物を次々と運んでくる給仕達。それに対して、冒険者ギルドの制服のまま、それを受けるジェニー。


 「(場違い感、半端ねーっす……)」


 味のしない豪華な食事を口に運びながら、ジェニーは「メルギド」へ行ってからの行動予定を、マリガンの手紙を読みながら確認していた。


 …

 ……

 ………


 「ようやく着きましたかー……って、ん?」


 三日間の列車の旅を終えたジェニーは、ドワーフ国「メルギド」に到着した。速度が落ちてきた列車の窓から見える景色には、山の斜面に広がる街と、森を隔てるように建てられた城壁が見えてくる。


 しかし、その城壁の一部は大きく損壊しており、ドワーフ達が補修用の足場を組んで、復旧作業を行っていた。


 「何かあったんでしょうか?」


 尋常じゃない破壊痕を見て、ジェニーは嫌な予感に襲われる。


 ―『キミは街が破壊されても心が痛まないのかね?』―


 マリガンの言葉が頭をよぎる。


 「まさか、あの二人が何かしたんじゃ……」


 …


 ドワーフ国「メルギド」には冒険者ギルドの支部は無い。ドワーフ達自身が、街の防衛や魔物の討伐を積極的に行っており、冒険者を必要としていなかったためだ。


 冒険者ギルドの職員は、人間の国ではどこでもそれなりの身分を保証されるが、ギルドの無い国では、ただの外国人の一人でしかない。ギルド職員を襲うようなバカな冒険者は普通はいないが、ギルド支部の無い国ではその限りではない。いくら元C等級冒険者とはいえ、ここではジェニーはただの一人の女だ。


 マリガンからの指示が書かれた手紙には、二人が宿泊している可能性のある宿として、人間用、且つ、高級宿のリストがあったのだが、その数は十数軒。一軒一軒、聞き込みをして二人を探すしかないのだが、同時に自衛のためにも、目立つようなことは避けねばならなかった。


 ドワーフの国で、人間は目立つ。その上、女一人で街をうろついていれば、嫌でも目立ってしまう。武具を求めに訪れる冒険者は少なくなく、武具を注文してそれが出来上がるまで、暇を持て余した冒険者達が騒ぎを起こすのは珍しくないと、ジェニーも長年ギルドで働いていて分かっていた。


 ジェニーは、久しぶりに携帯した、現役時代に愛用していた片手剣を確かめ、フード付き外套を羽織ってフードを深く被る。


 駅に降り立ち、リストにあった宿で、駅に近いところからレイとリディーナの捜索をはじめるジェニー。


 幸い、レイとリディーナの外見は分かっているので、その情報を元に、二人を探そうと思っていたジェニーは、最初の一軒の宿で頓挫することになる。


 …

 ……

 ………


 「ちょっとぉ~、出して下さいよぉ~」


 メルギドに降り立って半日も経たずに、ジェニーは衛士隊の牢屋に入れられていた。

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