第122話 憂さ晴らし

 『クヅリと呼んでくんなまし』


 「……」


 レイは黙って黒刀『魔刃メルギド』を手に取る。鞘から刀を抜き、構える。「枷」をいくらか外したという身体の調子を確かめる様に刀を振る。


 「また乗っ取ろうとしたら、叩き折って亜空間に捨てるからな」


 『もう、いたしんせんっ!』


 素振りを何度か繰り返し、演武の様に、「新宮流」の型を行うレイ。雑念を振り払うように刀を振る。


 不意にフラッシュバックした仲間を失った記憶。意識を乗っ取られるという不可思議ファンタジーな体験、しゃべる刀……。


 無心になろうと、身体を動かしたレイだったが、信じられないような体験がそれを阻む。


 「まさか、また余命宣告されるとはな……。ん?」


 探知魔法の範囲ギリギリで、動体反応を感知する。人よりも大分大きな生き物が十体、森の中を移動していた。


 「豚鬼オークか? ……少し、憂さ晴らしをさせてもらうか」



 レイは刀を鞘に納め、反応のあった場所へ向かった。


 …

 ……

 ………

 

 「イヴ、レイはああ言ったけど、決してイヴが嫌いで言った訳じゃないのよ?」


 「は、はい……。ですが……、うっうっ……」


 リディーナは、気落ちし泣いているイヴを部屋のソファで慰めていた。頭を撫でながら、イヴに落ち着くように優しく諭す。普段は年齢にそぐわぬ落ち着いた大人の態度を崩さないイヴだが、時折、子供の様な姿を見せることがある。


 「イヴも教会にいたから分かってるでしょ? 教会を敵に回せば生き難いどころじゃ済まないわ。『異端』認定でもされれば、一生、命を狙われる。レイはイヴのことを思って言ったんだと思うわ……」


 「リ、リディーナ様は……」


 「私は、一生レイについてくわよ? 例え『異端』認定されても関係ないわ。それに人間とは寿命も違うし、いざとなったらエルフの国に帰れば、人間は追ってこれないしね。けど、そんなことが無くてもレイについていくわ。私はレイが好きだもの」


 リディーナから視線を逸らし、俯くイヴ。


 「イヴのことも好きよ? それなりに長く生きてるけど、他人に干渉しようって思ったの、レイとイヴが初めてよ。だから、あなたも、もし『異端』認定されたらエルフの国に来ればいいわ」


 「え? そ、それじゃ……」


 「私は、このままイヴがレイと一緒にいることに賛成なんだけど? 女神の思惑は分からないし、イヴも葛藤があると思うけど、私はイヴの味方よ。自分の心に従いなさい」


 「リディーナ様……」


 …

 ……

 ………


 「蜥蜴人リザードマン? ……しかし、ギルドの資料と色が違うな」


 『岩蜥蜴人ロックリザードマンでありんす。山が好きな蜥蜴人でありんすね 』


 探知魔法で反応のあった場所に来ると、蜥蜴の頭に、全身が岩の鱗で覆われた人型の魔物が群れで移動していた。その数は十体。一体一体が約三メートル程で、鋭い牙と爪、長い尻尾が生えている。


 「お仲間か?」


 『人間も猿と同じ扱いされたら嫌じゃありんせん でありんすか?』


 「……猿を知ってるのか? (この世界じゃいないと思ってたんだが……)」


 『大昔にはいんした』


 「そのあたりの話をゆっくり聞いてみたいが、今はコイツらを始末するか……」


 レイは、腰の『魔刃メルギド』を抜くと、静かに群れの前に出る。気配を絶つことも、光学迷彩で姿を消すこともしない。


 岩蜥蜴人の目が一斉にレイに向いた瞬間、レイの黒刀が先頭の一体を頭から真っ二つに両断した。


 ―新宮流『瞬歩』―


 古武術における「縮地法」は、戦闘における歩行技術の一種だが、新宮流においても「瞬歩」という名前で存在する。歩行に使用する関節のみを稼働させ、歩行速度を錯覚させることを極意とする。走る速度から歩く速度を同モーションで行うことで、対峙する相手に速度や距離感を掴ませない効果がある。新宮流真伝『幻影』は、この『瞬歩』を全身に応用した超高等技術だ。


 レイは、身体強化の魔法を切り、己の肉体のみで岩蜥蜴人を次々と斬り伏せていく。


 (中々いいな、この身体。だが、まだ数瞬ズレる感覚はそのままか……)


 五体の岩蜥蜴人を斬ったところで、レイは黒刀を地面に刺し、体術に切り替える。


 『あっ 酷いでありんすぇ』


 「……」


 流れるような動きで、岩蜥蜴人の攻撃を躱し、躱し際に関節を極め、てこの原理で関節を圧し折る。新宮流の関節技は、関節の隙間に指を突き立て、それを起点にして関節を壊す。戦場で編み出された関節技は、鎧の有無を問わず、瞬時に相手を破壊し、一人に対して時間を掛けることはしない。


 動きの止まった岩蜥蜴人を、その喉を掴むように握り、気道を潰す。


 (魔物とは言え、人型なら急所は殆ど一緒だな)


 岩蜥蜴人二体を体術で壊したレイは、身体強化とは異なる魔力制御を体内に施す。


 「残りは実験に付き合ってもらおう。前世じゃできなかったが、魔力こっちで応用はできるはずだ……」


 …

 ……

 ………


 レイの周囲には、斬り殺された岩蜥蜴人の死体が五体。喉を潰され、窒息死した死体が二体。そして、肉体内部から爆ぜるように爆散した死体が三体、散らばっていた。

 

 「三体じゃ加減の調整ができなかったな……」


 レイは、岩蜥蜴人の死体から魔石を抜き出し、死体と一緒に魔法の鞄マジックバッグに放り込む。


 「……帰るか」


 




 『置いて行かないでくんなましっ!』

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