第121話 黒源龍クヅリ③

 「とりあえず、コイツは保留だな……」


 『え? あっ!』


 レイは素早く『魔刃メルギド』を自分の魔法の鞄マジックバッグに放り込んだ。


 「処分しなくていいの?」


 「まあちょっと悩んだけどな。コイツ以上の刀があるか分からないし、今度またあの巨大な魔獣が相手になった場合、これ無しで対処できるか分からんからな。あのローブと杖に関しても同じだ」


 「絶対使わせないわよ?」


 「リディーナ、俺だって痛い思いなんかしたくないんだぞ? 死ぬよりマシだと思ったから使ったんだ。今日のバルメって隊長の言い分じゃないが、使わずに死ぬぐらいなら、使って殺してから死ぬ方がマシなんだ」


 「それが嫌なのよっ! 私には生き残れば次があるって前に言ったじゃない!」


 「リディーナ


 「ど、どういうことよ、それ……」


 「可能性として考えてはいたが、さっきのコイツの話で少し懸念が強まった」


 「どういうことでしょうか?」


 「確定の話じゃないぞ? 確証も何も無い。ただ、俺が『勇者』殺しを依頼した側で、肉体を用意したなら、必ず仕込みはするだろうなとは思ってたんだよ」


 「「仕込み?」」


 「俺だったら『勇者』を殺し終えたら、死ぬぐらいの仕掛けぐらい、保険として掛ける。何かしらの「封印」をしてたってことは、他に何かされててもおかしく無い。第一、身体の成長を止められてる時点で、依頼後の人生なんて考えられてない。何年生きれるかも分からなくなってきた」


 「「そんな……」」


 レイはベッドに腰かけると、深いため息をついて額を抑える。


 「転生した時は、仕事の後に死ぬことになっても別に良かった。一度死んだばかりだったし、前世に未練もなかったしな。違う世界を見ることと魔法を使ってみたいって気持ちはあったがそれだけだ。勇者殺しの依頼も一人でやるつもりだったし、こうして誰かと旅しながらなんて想像もしてなかった……」


 「レイ……」


 「レイ様……」


 「リディーナ、前に言ったこと覚えてるか? 俺はまだまだリディーナと旅をしたい。街をぶらついて、こうして一緒に夜景を見て、列車に乗って、色んなとこへ行ってみたい、その気持ちはまだ変わってない。こっちに来て、リディーナと出会って、大分気持ちが変ったんだ。……死んでたまるかよ」


 リディーナが、レイの隣りに座り、寄り添うように体を預ける。


 「まあ、そんなに心配するな。コイツからいい知らせもあったろ?」


 「いい知らせ?」


 「『黒のシリーズ』。全部集めれば俺の残りの「封印」をコイツが解けるんだろ? 残りの二つの武具を探してみるさ」


 「……アレ、大丈夫なの?」


 「正直、もう乗っ取られる心配はないと思う。追い出した時の感触だと、コイツが乗っ取ろうとしただけでも、もう察知できる、大丈夫だ。ただ、しゃべる刀なんて普段から帯刀できないからな、代わりの刀が欲しいところだな」


 「これからどうするの?」


 「ここで武具を揃えたら、まずは『聖女』に会う。それと同時に『黒のシリーズ』、……『魔黒の甲冑』と『墨焔の弓』だっけか、それらの捜索もする」


 「『勇者』達は?」


 「勿論、始末するのは変わらない。ヤツラを放って逃げてもいいが、放置したままだと、この世界が生き難くなりそうだからな。南星也みたいに不死者アンデッドの軍団で街を襲うようなヤツラは、依頼じゃなくても始末するさ。……それと、イヴ」


 「はい。何でしょうか……?」


 「お前はギルドへ戻れ」


 「え?」


 「ちょっと、レイ、何言ってんのよ!」


 「わ、私が何か、ふ、不手際でも……」


 動揺し、狼狽えるイヴ。縋るような目でレイを見る。


 「いいか、イヴ。俺がこの身体の「封印」を解こうとする行動は、言わば『女神アリア』への背信行為だ。まあ俺は女神を信仰してる訳じゃないからどうでもいいが、イヴ、お前は違う。俺に付き合う必要はないんだ」


 「そ、そんな……。い、嫌です……。レイ様と、リディーナ様と一緒にいたいです……」


 「この街にいる間、良く考えておけ。『聖女』の対応によっては『教会』も敵になるかもしれないんだ」


 「え?」


 「女神から神託を受けた『聖女』が、俺のことを大々的に支援するならさっきまでの懸念は無くなる。逆に、俺の存在を秘匿して暗殺者のように扱うなら、依頼が済めば処分されるだろう。まあ後者の可能性が高いがな」


 「そんな……。女神様が……」


 「考え過ぎかもしれないが、俺ならそうする。『勇者殺し』を女神が指示したなんて、教会が公にできる訳が無い。女神自身がそう思ってなくても、教会の人間は俺を処分しようとするはずだ。イヴも身に覚えがあるだろ? このまま俺と一緒にいるのはイヴにとって良くない。ギルドに戻るのが嫌なら、この街に残るのもいい。爺さん達ならちゃんと面倒見てくれるだろう。……ゆっくり考えて決めろ。俺は少し出てくる、リディーナも先に寝ててくれ」


 そう言ってレイは、バルコニーに出て『飛翔』で飛んで行ってしまった。


 「ちょっと、レイッ!」


 「……」


 …


 街から離れた森に降り立ったレイは、魔法の鞄から『魔刃メルギド』を取り出す。


 「おい」


 『……』


 「ひょっとして拗ねてんのか? 答えろ」


 『……なんでありんしょう かぇ?』


 「俺はどのぐらい生きられそうだ?」


 『わっち の思考を読んだんでありんすか ?』


 「少し見えただけだ。この身体は長くない、そう思ってたな?」


 『……わっちの思いんすに 一年程でありんしょう 」


 「そうか……。お前が「封印」を全て解除できたらどうなる?」


 『わかりんせん ですが 恐らく 死ね無くなるかもしれんせん 人の心では耐えらりんせん でありんしょう』


 (女神は、自分の側付き用に作ったと言ってたしな。寿命が延びるどころか、無くなる可能性があるのか……。不老不死なんて冗談じゃない。リディーナはエルフだ。数百年は一緒にいれるが、その後は? 新しく知り合う人間がいても、皆年老いて死んでいく。それを永遠に見続けることになる。まともな精神状態を保てる訳が無い。人は真の孤独には耐えられない)


 「後一年の命なんてリディーナには言えないな……。色々思うところはあるが、やはり武具を集めてコイツに封印を解除してもらうしかないか……」


 『クヅリと呼んでくんなまし』


 「……」

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