第116話 魔導砲

 『魔操兵ゴーレム』二機をマルクに頼んだレイ達は、『魔操兵隊』の施設を出て、次は同じ城壁の地下にある、兵器の実験場に向かった。


 自分だけ『魔操兵』を動かせず、財布の中身をごっそり持ってかれたリディーナはご機嫌斜めだ。なんとか宥めて連れて来たものの、後のフォローが大変そうだ。イヴが申し訳なさそうにしているが、別に誰の所為でもないので、こればかりはどうしようもない。少し俺もはしゃぎ過ぎたかもしれないと反省はしている。


 話題を変える為にも、次は『魔導砲』を見せて欲しいとマルクに伝えたところ、『魔導砲』の開発責任者もマルクだということで、すぐに見せてくれることになった。


 ドワーフの国「メルギド」の街は、実は地下の方が広く、重要施設も多い。元々が鉱山から始まった街で、旧市街と住民から呼ばれる地下の構造は、拡張を重ねて複雑になっており、全容を把握している人間はいないと言われているそうだ。他国の人間は、一部の施設を除いて立ち入りが禁じられている上、その存在も殆ど知られていない。


 ドワーフ達が開発した武具や兵器に関しては、ドワーフ自身が他国より先んじている自覚があり、他国に知られれば、いらぬ争いが起こることを懸念して、その多くが地下で試された後に秘匿される。古来からの脅威である『炎古龍バルガン』の存在故の兵器開発だが、他国からすればその兵器がいつ自分たちに向けられるかと考えるからだ。


 しかしながら、ドワーフ国「メルギド」は、ここで生み出される武具によって多くの英雄を生み、それに憧れる冒険者や騎士、兵士などがこぞって「メルギド」の武具を求めるようになった。そのことが逆に他国の侵略を受け難いバランスを生み出している。


 この世界には『魔物』の存在がある。万一、「メルギド」が他国の侵略を受ければ、武具や鉱材が手に入らなくなってしまう。そうなれば、魔物に対抗する手段、冒険者や騎士などの戦力を低下させることになってしまうのだ。「メルギド」を侵略しようとする国は、魔物の脅威のある国すべてを敵に回すことになる。


 …


 実験場は、標的のある射撃場のような空間と、巻き藁などが設置された、武具の試技場のような空間とで分かれた、広大な空間だった。入ってすぐの壁には棚が設置され、様々な武具や兵器が並んでおり、射撃場の側には大砲や弩などの大型の兵器も置かれている。


 レイ達は各々気になった武具や兵器をそれぞれ興味深そうに見ていた。奇抜なデザインの物や、一見何の変哲もない物、高価そうな宝石が埋め込まれた物など、様々な武器が陳列されている。射撃場の近くの棚には『魔導砲』を含めた、筒状の銃に似た物が多くあった。この場にはマルクとレイ達三人、『魔操兵隊』の隊長バルメと『衛士隊』隊長のゼンが、先程と同じように同行し、案内してくれている。地下の施設の中でもこの実験場は極秘の施設らしく、立ち入ることのできる人間は軍関係者でも極一部らしい。


 「これって試射できるか?」


 レイは、『魔導砲』を手に取り、マルクに尋ねる。


 「……レイ殿なら大丈夫だと思うのじゃが、お勧めせんぞ? ゼン、レイ殿に説明を」


 ゼンが『魔導砲』の説明をレイに行う。


 ゼンによると、『魔導砲』は、火属性と土属性の複合魔力弾を発射するらしいが、砲弾に二つの属性を付与することができず、射手の魔力を直結することでしか実現できなかった物らしい。それに、射手の魔力を強制的に吸われる欠陥を改善できていないので、魔力の少ない者が使用すると危険だというのだ。


 急激な魔力欠乏は命の危険がある。体内の魔力がゼロになると、生命活動に支障をきたす。原理は不明だが、地球においても『気功』などと似たようなものかもしれない。「気」が尽きると、大量の発汗と共に、貧血にも似た症状になって行動できなくなる。強制的に「気」を抜かれる人間は見たことが無いが、強制的にゼロになった場合どうなるか、想像は難しくない。


 説明を受けた俺は、躊躇せずに『魔導砲』のチューブを胸に刺した。チューブの先端は長さ三センチほどの細い針。回復魔法もあるし、この程度気にしない。逆に針が短くて外れないか心配だったが、貼り付くように固定されたのでその心配はなさそうだ。砲弾をゼンに装填して貰って、実験場の的に向かって構える。片手で、反動が心配なので、身体強化を施してグリップをしっかり握る。


 「ちょ、ちょっとレイっ!」


 「大丈夫だ」


 キュィィィン


 『魔導砲』にはめ込まれた石が赤く光り、起動音のような音が鳴る。レイが的に向かって引き金を引くと、閃光と共に砲弾が発射され、紫電を帯びながら的を破壊、奥の壁をも貫通した。火薬を使用した銃と異なり、爆発音のような大きな音は無いが、発生する光が凄まじい。


 「凄い威力だな……」


 「レイ殿、お身体は?」


 ゼンが心配そうに見て来るが、問題は全くない。


 「確かに強制的に魔力を吸われる感覚は変な感じだが、自分の魔力量を把握できてれば問題ないな。それより砲から発生する光の方が問題だ。目立ち過ぎて狙撃には適して無い。それに起動音も気になる。威力は申し分ないが……。うーん、惜しいな~」


 「一丁の『魔導砲』で発射できるのは三発が限界です。それ以上は砲が持ちません。それに、砲弾がとても高価です。一発の製造に、火竜サラマンダーの魔石が一つ必要です」


 「た、高いのか、コレ?」


 「火竜の魔石っていったら金貨五百枚ぐらいするわよ? 勿論、ギルドの買い取りの値段で。買おうと思ったらもっとすると思うわ」


 「火竜は「B等級」の冒険者パーティーが複数であたるのがギルドの討伐基準ですね。高価なのは勿論ですが、火竜自体がとても希少です」


 「マジか……(これ一発五千万円以上? まるでミサイルだな)」



 「ここで開発、実験される武器は、まだ表には出せん。欠陥がある物は勿論じゃが、強力過ぎる力は自らを焼くからの……」


 実験場内の棚にある実験兵器や武具を見ながら、マルクは呟く。さっきまでの守銭奴の顔から一変、真面目な顔だ。


 「最強の兵器は、それを自分に向けられることも考えなきゃならないものな」


 「その通りじゃ」


 『魔導砲』を棚に戻しながら、レイが答える。


 「『魔操兵ゴーレム』はいいのか?」


 「あれは、現物があってもおいそれと作れる代物じゃないからの」


 (確かにそうかもな。江戸時代にジェット戦闘機をドンと持ってきても真似できっこない。それぐらい『魔操兵』はオーバーテクノロジーな代物だ)


 「強力な武器があるなら使わないと損じゃないか……」


 「バルメ……。何度も言っておろう。最強の剣は、それを防ぐ盾がなければ世に出してはならんのじゃ」


 「でも、それで死んだんじゃ浮かばれないよ……」


 「それでも、じゃ。でなければそれ以上の者の命が奪われる」


 「……」


 (中々まともな技術者ジジイだな。強力な武器は、あれば使いたくなるのが人情だが、それが自分に使われることまで考えられる者は少ない。この『魔導砲』も自分たちの街に向けられれば、石の城壁じゃ防げない。量産されて戦争に使われれば、自分たちも滅ぶ可能性があるんだ)


 「この『魔導砲』も欠陥があるとはいえ、人間の手に渡れば欠陥は気にせず使うだろうしな」


 「い、いや、しかしそれは……。下手をすれば命の危険があるんですよ?」


 実際に使用したゼンが疑問を呈する。


 「使うさ。人間ってやつは命が平等じゃないんだ。末端の兵士がいくら死のうが、戦争に勝てるなら喜んで使うのが人間だ。上に立つ人間にとって、人の命なんて数字でしかない。一人死んで百人殺せれば平気でやるよ。千人殺せれば寧ろ推奨するだろう。使い捨ての命なんていくらでもいるんだ……。戦闘と戦争は別物だよ、戦争は人を狂気に染める」


 「「「「……」」」」


 冷たく遠い目をして放つレイの言葉に、部屋にいる全員の視線が集まる。


 「まるで戦争を経験した者の言葉じゃな。近頃の若いモンはその辺がわかっとらんのじゃ……。この大陸で戦争が無くなって随分経つ。まあ小さな小競り合いはあるがの、本当の戦争を知ってる人間は少なくなった。その悲惨さを伝える者もな……。魔物に蹂躙されることのほうがマシに思えるのが戦争じゃ。お主、本当に何者なんじゃ? 」


 「さあな。だが、その悲惨さは知ってるつもりだ」


 戦争なんて悲惨どころじゃない。島国の日本じゃ実感できないが、国境を他国と接し、紛争が絶えない地域なんて、まさに「地獄」だ。戦ってる兵士はまだマシだ。楽に死ねるからな。戦争に巻き込まれた人間は、はっきり言って家畜以下の存在だ。人間の尊厳なんて欠片も無い。貧困による餓死、放置され蔓延する疫病、遊び半分で拷問され処刑される弱者、薬物を打たれ、特攻させられる少年、死ぬまで犯され続ける少女。


 ……それを安全な場所で何もできずに見続ける地獄。


 悲鳴や怨嗟の声が耳にこびり付いて離れない。


 いくら洗っても死臭が取れない。


 多くの仲間が殺された。


 俺も多くの人間を殺した。


 止まることができたかもしれない。


 でも止まれない。


 止まれば心が死ぬのがわかっていたから。


 戦争を経験した者は戦い続けるか、逃げ続けるしかない。


 安息を得ても、今度はそれを失う恐怖が心を蝕む。


 人を殺すのと戦争は全くの別物だ……。




 「レイ……」


 ハッとしてリディーナを見る。


 心配そうに見つめるリディーナ。その頭をそっと撫でる。


 「大丈夫だ。……俺は大丈夫。少し昔を思い出しただけだ……」



 忘れようとして忘れられない記憶が蘇る。

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