第113話 聖女クレア

 ―ジルトロ共和国 首都マネーベル―


 首都マネーベルの議事堂会議室に、この国の幹部議員が十数人と、末席には冒険者ギルドのギルドマスター、マリガンの姿があった。


 テーブルを挟んだ対面には、修道服を着た小柄な少女が中央に座り、背後には護衛の騎士が並ぶように立っている。そのさらに奥の壁際には、滝の様な汗を流し俯いている初老の聖職者の姿があった。この国の司教だ。


 少女の着る修道服は、最高級の生地が使われ、魔法の付与もされているのか、微かに魔力を帯びている。その首に掛けられた純魔銀ピュアミスリル製のロザリオには、輝く淡紅色金剛石ピンクダイヤモンドがはめ込まれおり、『聖女』のみが持つことを許された世界に三つしかない『聖女の証』と呼ばれる『古代魔導具アーティファクト』でる。


 ―『聖女』―


 女神アリアの加護を受け、神の神託を地上に伝える役目を持つ、アリア教の女性である。『聖女』は、神託を受けた『聖女』により選ばれ、家柄や容姿、人種は関係がないとされるが、現在までに確認されている『聖女』は、すべて人間の孤児から選ばれている。


 この場にいる少女、『聖女クレア』は、『神聖国セントアリア』の前聖女が死去する前に、神託により選ばれた『聖女』である。選ばれた当時は僅か十歳の子供であったが、『聖女』になって四年の間に教会により教育を受け、齢十四歳ながら『聖女』に相応しい品格を纏うまでに成長した。腰まで伸びた淡い栗色の髪に深い緑眼、可愛らしいという表現が似合う柔らかな笑みが特徴の美少女で、数年前までスラム街の孤児であったとは思えない雰囲気を纏っていた。



 「では、こちらには『聖人レイ』様は居られないということですか……」


 マリガンが手を挙げ、発言の許可を求める。


 「どうぞ」


 「レイ殿は、ドワーフ国「メルギド」へ武器を求めて行かれました。あの国で武器を注文しに行ったとなると、数週間から一か月以上は掛かると思われます。ここでレイ殿を待つより、「メルギド」へ直接行かれることをお勧めしますが?」


 「……いえ、この街の教会にて待つことに致します。『聖人レイ』様がお戻りになりましたら教会までご連絡をお願い致します」


 「「「―ッ!」」」


 「では私はこれで失礼致します。皆様に女神アリア様の御加護があらんことを」


 『聖女クレア』は、マリガンの提案をやんわり断り、ベールを被って会議室を退室していった。


 …


 少女が去った会議室では、議員達とマリガンが難しい顔で話し合っていた。


 議長のドルトは、頭を抱えていた。不死者アンデッドの襲撃から何とか街は平静を取り戻したものの、流通が滞った損失は大きかった。それに、未だ発生の原因は分からず、黒髪の女剣士も正体は分かっていない。不死者の中に竜人族が多くいたことから、竜王国へ調査隊を派遣したが未だ連絡はない。念の為、マリガンに冒険者の派遣を依頼をしたが、他国へ渡って調査できるほどの冒険者が不足しており、受注されていはいない。


 為政者として、原因の特定が成されなければ、再度同じ事態が起こる可能性を排除できず、対策の為に膨大な予算が必要になる。人員は勿論、対不死者用の装備だけでも頭が痛くなる思いだ。


 不死者の襲撃を退けた二人の冒険者は、「S」認定され、この街から出て行ってしまった。再度戻ってくると冒険者ギルドへ伝言を残していたそうだが、いつになるかは分からない。


 国として今後の方針を決めかねている時に現れたのが、『神聖国セントアリア』から来た『聖女』クレアだ。どこから聞きつけたのか、「S」認定された冒険者の一人、レイを探しに来たという。それはいい、勝手にやればいいのだが、問題は『聖女』がこの「マネーベル」に滞在するということだ。「ジルトロ共和国」は商業国家だ。魔導列車を運用し、各国への流通を半ば支配してると言っていい。宗教とは程よい距離を保ってはいたが、聖女が滞在するとなると話が違う。この国の聖職者を含め、信者の活動が活発になるのはまだいいが、周辺諸国からの信者や崇拝者が集まってくることは想像に難しくない。本来なら人が流入してくるのは経済活動においては悪くない。だが、それが宗教家となると厄介になる。


 マリガンも冒険者ギルドの長として、『聖女』にはさっさと出て行って欲しいのだろう。レイ達が向かった「メルギド」へ行くように促していたが、その目論見は叶わなかった。


 「厄介なことになりましたね……。偶にある巡礼とは違います。このままレイ殿が戻らず、『聖女』が長期滞在となった場合、様々なところで軋轢が生まれるでしょうね……」


 「マリガン君、他人事ではないぞっ! ただでさえ、『聖女』が引き連れてきた『神殿騎士団』が街のあちこちで商売の邪魔をしとるんだぞ!」


 「こちらも他人事ではありませんよ、議員殿。冒険者ギルドの方でも迷惑してるんですよ? 『神殿騎士団』の連中、まるでこの街の守護でも担ってるかのように我々の仕事を奪ってますからね」


 「騎士団だけじゃない、神聖国の聖職者共も大量にきて布教活動という名の寄付タカリに、苦情が山のようにきとるっ!」


 「「「……」」」



 人の流入は、本来なら歓迎すべきことだったが、宗教家の流入となると、損失の方が大きくなる。この世界では、宗教法人に税金は掛からない。その上、寄付やお布施という名で資産を毟り取っていくのだ。それを断れる人間など殆どいない。断れば、異端の烙印を押されて商売どころではなくなるからだ。


 大陸各国との取引で成り立つジルトロが、異端の国と認定されるということは、殆どの国がアリア教を信奉している大陸では、国の死を意味する。


 だが、彼らは商売で国を興した者達の末裔だ。損失をただ黙って見ている訳にはいかない。




 「マリガン君、「メルギド」へ行き、レイ殿を連れてきてくれんかね」


 「「「そうだ! それはいい考えですぞ! 議長殿!」」」


 「――ッ! 」


 そんなことさせられるヤツがいる訳ねーだろっ! ……そう言い放ちたいのをグッと堪えたマリガンは、暫し考えた後、渋々その依頼を承る。


 「承知しました。ただ、高いですよ? なんせ「S」認定者の捜索、および招聘依頼ですから……」


 「「「……」」」


 「か、かまわん。このまま『聖女』一行が滞在し続ける経済損失よりマシだ。皆も異論はあるまい? ……無いようだな。それでは「ジルトロ共和国」は、正式に冒険者ギルドに依頼する。必ず達成してくれたまえ」


 反対の意見が無いことを確認し、議長のドルトは、そう言って会議を締めくくる。


 「謹んで、お受けいたします」


 …


 「ジェニー君! ジェニー君はいるかー?」


 冒険者ギルド、マネーベル支部に戻ったマリガンは、秘書兼、受付嬢統括のジェニーを呼ぶ。


 「おかえりなさい、マリガンさん。どうしましたか?」


 マリガンは、一通の封筒をジェニーに差し出す。


 「なんですか、これ?」


 「ジェニー君、キミに特別業務を与える。明後日出発する「メルギド」行きの魔導列車に乗り、「メルギド」にいるであろうレイ殿を、ここ「マネーベル」まで連れてくるのだ」


 「は?」


 「幸い、キミは元C等級冒険者で、他国への渡航経験もある。それにレイ殿と面識もある(まあ向こうが覚えてるかは分からんが)。何も問題ない。勿論、ボーナスも出るぞ」


 「いやいやいや、無理です! てか、普通に冒険者に依頼しましょうよ! なんで職員の私が行くんですかっ!」


 「ジェニー君……。考えてみたまえ。キミがこの仕事を断り、そこらの冒険者ボンクラが行ったとしよう。リディーナ殿に色目を使うか、レイ殿に絡む未来しか見えん。その冒険者アホがぶっ殺されるの構わんが、街が破壊されたらキミは責任取れるのかね? ん? 「メルギド」の街が破壊され、原因がウチの冒険者バカだったとしたら外交問題だよ? あの国にギルドは無いんだ、冒険者とは言えただの外国人になるんだからな。キミは、何も知らない無垢なドワーフ達が、巻き添えで大勢死んでも心が痛まないのなら、この仕事を断ればいい」


 「ぐぬぬぬ……。ズルい、ズルいですよぉその言い方っ!」


 「まあ、言ってもそんなに気負うこともないぞ? 今回のこの依頼は「ジルトロ共和国」からの正式な依頼で、予算もたっぷりある。列車のチケットも一等室だぞ? 上流貴族か大商人ぐらいしか普通乗れんぞ? 観光と休暇を兼ねてゆっくりしてくるといい。これは言わば私からキミへの日頃の感謝の気持ちだ。ついでにちょっと二人を探して、ちょっと「マネーベルまで来てくれませんか?」 って言って来るだけだ。簡単だろ? 」


 「……」


 「それに、いついつまでといった期限も無い(と思う)。まあ限度はあるが、一、二週間ぐらいは余裕がある(と思う)。特に緊急性もないし、人命に関わることでもない。なーに、一日毎に金貨数百枚ほどの経済損失があるだけだ」


 「それ、全然重いんですけどっ! 」

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