第87話 神速のフェンサー

 「レイっ! 」


 「あら? 余所見? 」


 吉岡莉奈の、炎を纏ったフルーレ剣がリディーナを襲う。目にも止まらぬ速さの刺突に、動体視力を強化したリディーナでも、躱しきれない刺突がいくつもリディーナを突き、その皮膚を焦がす。


 「くっ! 」


 「フフッ、彼氏が気になるかしら? 」


 「ふざけてるの? 」


 「あら、違うの? あんなにイイ男なのに……。勿体ないけど、諦めなさい。あのイケメンが腕を斬り飛ばしたのは『勇者』なのよ? まあ私もなんだけど。死んで償わなきゃ収まりつかないのよね。それよりアナタ……経験は?」


 「は?」


 「男と経験があるのか、処女なのかって聞いてるんだけど? 」


 「……何を言ってるの? 」


 「あら? あのイケメンに抱かれてないの? ハーレム野郎と思ってたけど、意外ね~ 」


 「『雷撃ライトニング』! 」


 リディーナが至近距離から雷撃を放つ。しかしそれも虚しく空を切った。


 「ッ! 」


 「残念♪ せっかちねぇ……。その様子じゃあ、抱かれたいけど、抱いてもらってないってとこかしら? あのイケメン、ブス専? それともゲイなのかしら? 」


 目の前にいた吉岡莉奈は、いつの間にかリディーナの背後に回り、フルーレ剣の突きをリディーナの肩に放つ。


 「うぐっ」


 リディーナは屈むようにして、刺さった剣を引き抜き、振り返り様に細剣を振るうが、吉岡莉奈の姿は無かった。


 「あまり傷物にはしたくないんだけど、大人しく諦めてくれないかなー。心配しなくてもアナタの命を奪うつもりは無いのよ? ……死体じゃ売れないでしょ?」


 吉岡莉奈は、リディーナの前から消えては現れ、剣で斬りつける。手加減しているのか、器用に服だけを切り裂き、徐々にリディーナの肌が露わになる。


 上空にあった太陽のような巨大な火球が消え、急激に下がった外気温により、リディーナの吐く息は白く、体に霜が降りる。激しく動いてるにも関わらず、その身体からは体温が急激に奪われていった。


 暖かいレイの火球が消え、その庇護が消えたような感覚に陥ったリディーナは焦り、身体強化を限界まで上げ、さらに風の精霊魔法を行使する。


 「『風よっ! 風加速アクセラレーション! 』」


 全身に風を纏ったリディーナが加速する。吉岡莉奈を追尾して細剣を振るうが、それでも届かない。身体強化を上げ過ぎた影響で、リディーナの体が悲鳴を上げる。


 「速い速い♪ 」


 吉岡莉奈は、余裕の笑みを浮かべてリディーナを翻弄する。


 ―『神速』の能力―


 召喚された『勇者』達の中でもトップレベルのスピードを誇り、その能力は音速を超える。しかも、物理法則を無視して、発動した自身の肉体には何の影響もない。人間の体は、どんなに鍛えていても過度のスピードには耐えられない。例え、脳のリミッターを解除し、限界を超えた速度が出せても、筋肉は勿論、腱や骨、内臓などがすぐに壊れ、立っていることもできなくなる。吉岡莉奈はその制限を受けず、音速を超える速度をだしつつも、発生するはずの熱や衝撃波が伴わない。それゆえ、対峙した相手からは、実際の速度よりも早く感じる錯覚に陥り、熟練者ほどその感覚に囚われやすい。


 「 inutile無駄よ

 

 弄ぶように尚も執拗にリディーナの衣服を切り裂く吉岡莉奈。ニヤリとした顔で舌なめずりしながら剣を振るう様は、十代の高校生とは思えないほど嗜虐的だ。


 (ああっ、イイ! もっと虐めたい……っと、いけないいけない、売り物だったわね。エルフと聞いて思い出したけど、離脱した達がエルフを売って物凄い金額を稼いだって聞いたわ。『探索組』から離脱しても構わないくらいだから余程高く売れたのね。拓真にはお金には興味ないって言ったけど、折角付き合ってあげたんだし、隠し財産ぐらいは持って日本に帰らなきゃね)



 リディーナは一向に捉えられない吉岡莉奈の動きに対して、自身のスピードを上げようと足掻いていた。風の精霊に語りかけ、自身に纏う風に更なる力を要求する。


 (風よ! もっと速くっ! 加速、加速、加速っ! )


 不意に、リディーナが剣に纏わせた紫電が腕に登り、リディーナ自身が予期せぬ速さで、吉岡莉奈のフルーレ剣を弾いた。


 「なっ! 」


 吉岡莉奈も、予期せぬリディーナの剣閃に驚く。まさに、ような動きに、得体の知れない不気味さを感じる。



 (雷の精霊アナタも協力してくれる? )


 リディーナの全身に紫電が走り、風が竜巻のようにリディーナを包む。リディーナの目から光が消え、一種の覚醒トランス状態になったリディーナは、無意識に自身の体の制御を精霊達に委ねた。


 「『風雷加速アクセラレーション』! 」


 (あれはヤバそうね…… )


 嫌な予感がした吉岡莉奈は、『神速』の能力を発動した最速の速さでリディーナの背後に回る。金は惜しいが、命には変えられない。約半年の冒険者生活で、欲を出して死んだ冒険者を山の様に見てきたし、それらを吉岡莉奈は数多く葬ってきた。この女はここで殺さないと拙い、そう直感で判断した。


 リディーナの背後から心臓への突きを放ち、殺ったと思った瞬間、その剣は空を切る。


 「残像っ!? 」


 突き刺したと思ったリディーナの姿は、霧散し掻き消えた。脳が残像と認識する程の超スピード。


 次の瞬間、吉岡莉奈の右腕は、フルーレ剣を握ったまま斬り飛ばされた。


 「C'est un そんな  tel  imbécileバカな…… 」


 肘下から斬り飛ばされた腕を見ながら、吉岡莉奈は暫し呆然とする。自分の腕がなくなり、傷口から血が噴き出して漸く現実に引き戻され、慌ててリディーナを探す。



 紫電と暴風を纏い、悠然と佇む美しいエルフの女。光を失った目と耳、口元からは血が流れている。



 (あまりの速度に肉体が追い付いていない? そんなに長く持つ訳ないわ。しばらくすれば、勝手に自滅す…… )


 ズキズキと感じてきた腕の痛みに、このまま戦うという選択をすぐに放棄した吉岡莉奈。意識を切り替え、斬り飛ばされた右腕をフルーレ剣と一緒に素早く回収する。


 (『探索組』の誰にも知られてないを使えば殺すことは可能……。でもあの尋常じゃない様子じゃあ最悪相打ちってこともあり得るわね…… )


 「こんなところで命を賭ける? 冗談じゃないわ」


 吉岡莉奈は、このままリディーナと戦うことをあっさり諦め、加藤拓真や山本ジェシカにも話していない奥の手を行使する。


 ―『空間転移テレポーテーション』―


 リディーナの目の前から、吉岡莉奈の姿が音もなく消失した。

 

 「消え……た? 」

 

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