第86話 氷の魔術師

 深い森の中、リディーナを先頭にイヴ、レイが続いて疾走する。森での行動が一番優れているリディーナがルートを選定し、イヴがそれをトレースしてついて行く。レイは殿を務め、周囲の探知と後方の勇者達の警戒にあたっていた。


 レイは探知の魔法で、後方から追跡してくる勇者達三人を捉えていた。つかず離れず、時には距離を詰めさせ、そしてまた距離を離す。追跡してくる勇者達の体力と集中力を削ぐ為に、緩急をつけながらも、一定の距離は保っていた。見知らぬ土地でも森を自由に駆けることができるリディーナが先導しているからできることだった。


 レイと出会った当初、リディーナは勇者に追跡され捕らえられたが、飛竜ワイバーンで空から追跡されてることにも気づかなかった程、精神的に余裕が無かった。それが今は、レイから魔力の制御や魔法の考え方を学び、体術や剣術を通じて、身体操作が格段に上達し、精神的にも余裕をもてるようになった。


 (今のリディーナに本気で逃げられたら、俺も追跡は難しいな…… )


 …

 

 疾走しているレイ達三人の後方から、冷たい空気が急遽襲ってきた。


 「「「ッ! 」」」


 「リディーナっ! イヴっ! 来いっ! 」


 レイは慌ててリディーナとイヴを傍に引き寄せ、火口で展開したものと同様の結界を構築する。辺りでは、空気中の水分が凍り、キラキラと光っていた。地面に生える草が凍り、樹木が樹氷と化してやがて氷柱となった。幻想的な光景だが、氷柱と化した樹木が粉々に朽ちてきたことから、尋常じゃない冷気が周囲に展開されていることが分かる。


 「くっ、魔法攻撃かっ! 勇者達アイツラとの距離は余裕があったはずだぞっ」


 「レイッ! 」


 「離れるなっ! 」


 (結界の外は超低温どころじゃない、樹木が一瞬で凍り、砕けやがった……。あの離れた距離からこの威力の魔法を放つだと? )


 

 「へぇ、結界? 剣士じゃなくてやっぱり魔術師かしら? 」


 「「「――ッ! 」」」


 (吉岡莉奈かっ! 探知ではまだ距離があったはずだ、早過ぎる。いや、なぜこの状況で動ける? アニメじゃないんだ、発動した術者だって自分で放った魔法の影響を受ける。炎を生み出して自分だけ熱を感じないなんてことはないんだ。この女が術者だったとしてもあり得ない……。くそっ、能力スキルかっ! )


 「すぐに追いつくと思ったけど……、あまり面倒をかけて欲しくないんだけど?」


 手にしたフルーレ剣を弄りながら、レイ達三人を見下すように立つ吉岡莉奈。三対一でも余裕とばかりにレイ達を一人一人睥睨する。


 「黒髪のイケメンは後で拓真が相手をするから……、私はエルフのアナタの相手をするわね。しかし、ホント綺麗ねー。……高く売れそうだわ」


 レイ達の目の前にいた吉岡莉奈がフッと消える。


 ガキンッ


 「その細剣、あなたがゲンマ爺を殺ったの? 」


 目にも止まらぬ速さで接近してきた吉岡莉奈に、リディーナが反応し剣を合わせる。


 「へー、反応できるんだー。あの小汚いドワーフは、あっさり串刺しになったんだけど……。お爺ちゃんは、結構頑張ったけどね」


 リディーナの細剣レイピアに紫電が走る。


 「レイ、この女は、私が殺すわ」


 吉岡莉奈は舌なめずりしながらフルーレ剣に魔力を込め、炎を宿す。


 レイが何かを言う前に、リディーナと吉岡莉奈の剣がぶつかり、紫電と炎が激しい火花を散らす。レイの結界から飛び出たリディーナの外套に瞬く間に霜が付き、凍りはじめる。


 「ちっ! 」


 レイは結界を解除し、上空に火球を生み出した。周囲の温度が中和するまで魔力を流して、火球の温度を上げる。片手を上げ、流す魔力に指向性を持たせなければ維持できないほど、その火球は巨大になり、まるで小さな太陽のようだ。


 (こりゃ、早く術者を始末しないと魔力が持たないな…… )


 「(レイ様、術者は私が)」


 「ダメだイヴ、俺から離れるな。他の魔法を展開する余裕がない、フォローできん」


 「しかしっ! 」



 「ったく、やっと追いついたよー、莉奈っち、相変わらず早すぎ―w 」


 (山本ジェシカ……。こいつももう来やがったのか? なら、俺が火球を生み出す前には冷気の範囲内にいたはずだ。一体どうなってやがる…… )


 両手にある黄金の籠手ガントレットは、虹色の光沢を放ち、魔金オリハルコン製と分かる武具を装備した山本ジェシカ。両の拳を打ち鳴らし、ニヤニヤしながらレイとイヴに近づいてくる。


 「青髪の子はアタシが相手するよー、カモ~ン♪ 」


 「レイ様、ここは私が! 」


 そう言ってイヴが真紅の短剣を抜き、飛び出していった。


 「待てっ! イヴっ! 」


 リディーナとイヴが、それぞれ吉岡莉奈、山本ジェシカと対峙し戦闘を開始した。レイは頭上の巨大な火球を維持しながら、腰の黒刀を抜く。二人へ加勢に向かおうとしたその時、


 「ハッハー! やっと会えたなっ! イケメン野郎! ちょこまか逃げやがってっ! 」


 (くっ、加藤拓真か…… )


 「てっきり凍ってガクブルだと思ってたが、粘ってるじゃねーかっ! ……へぇ~、火球で気温の低下を防いでんのか? クックックッ、頑張るねぇ。だが、いつまで保つかな? 」

 

 漆黒のローブを纏い、魔術師然とした加藤拓真。手には紺碧の宝玉が先端に付いた杖を持ち、その宝玉が煌々と輝いていた。

 

 「この腕の落とし前をつけさせてもらうぜ? 『凍れ! 『氷の柱アイスピラー』』」


 短縮した詠唱により、加藤拓真の魔法がレイを襲う。


 魔法の発動を察知したレイは、身体強化のギアを上げ、その場から瞬時に距離を取る。レイにとって魔法の詠唱は、これから魔法を発動しますと言ってる様なものなので、躱すことは容易い。


 「ちょこまかと……。次はコイツだっ『いでよ氷の狼! 『氷狼の牙アイスウルフファング』」


 レイの前に氷の狼が五匹形成され、自律した行動で次々にレイを襲う。


 レイは襲い掛かる氷の狼を、黒刀で一匹づつ仕留める。狼は一撃で迎撃、粉々にできるものの、片手で火球を維持しながらの行動は、著しくレイの動きを制限していた。


 (この超低温の環境を維持しながら、魔法を連射してくるとは……。能力チートか…… )


 「気に入らねぇツラしやがって……。俺達『勇者』相手に余裕かよ? ……まあいい、その顔を絶望に変えるのが楽しみだぜ『いでよ氷の巨人『氷の巨人兵アイスジャイアント』』」


 レイの目の前に五メートルほどの氷の巨人が現れる。両手には氷の戦斧が握られ、力任せに振り回してくる。その大きさと迫力は圧巻だが、動きはお世辞にも素早いとは言えず、攻撃は単調。レイの相手にはならない。


 「……こんなもんか? 」


 「? 」


 レイは、片手で握った黒刀で、氷の巨人を両断し、加藤拓真に問いかける。


 「氷のおもちゃを作って遊ばせるのがお前の能力か? 超低温の空間を生み出すのは見事だが、それだけじゃな…… 」


 「けっ、何ドヤってんだ? ここからだぜ? 『凍れっ!細氷空間ダイヤモンドダスト』」


 レイが砕いた氷の狼や巨人の残骸が霧散する。周囲には、煙のように靄が立ち込め、霧散した氷の粒がキラキラと太陽光を反射する。頭上の火球の熱が届いてるにも関わらず、レイの外套に霜が降りる。


 「か~ ら~ の〜♪ 」


 『万物よ、凍れ! 我の声に従い、すべての動は静に、世界よ、停止せよ! 『絶対零度アブソリュート』』


 火球維持の為に掲げていたレイの左手が凍り、小指から順に指先から粉々に砕けていく。魔力が途切れ、頭上の火球が消える。黒刀を握った右手も凍り、やがて全身が動かなくなっていった。


 「ヒャー ハッハッー! 「絶対零度」って知ってるか、田舎モン? いくら火属性が得意でも、炎だって凍る温度だっ! 凍って砕け死ね! 」


 「レイっ! 」


 「レイ様っ! 」


 氷の最上級魔法『絶対零度』。その発動には通常の魔法に比べ、格段に多くの時間が必要だ。戦闘中に行使するには現実的ではない発動時間を、加藤拓真は様々な氷系魔法で布石を打ち、その発動の短縮に成功していた。しかしながら、膨大な魔力を消費することに変わりはなく、召喚された『勇者』とはいえ、加藤拓真の魔力は総量の三分の一以下まで消費していた。


 「これを食らって原型が残ってるのも珍しいが、ジェシカじゃなくても、ちょんと触れるだけで粉々だなw そうだ、あのエルフを連れてきて、目の前で粉々にしてやろうw クハハッ」


 加藤拓真は上機嫌で、手に持つ魔杖『氷獄の杖コキュートス』への魔力供給を停止する。それに伴い、周囲の冷気が止み、日の光で徐々に気温が元に戻ってきた。

 

 「強力な魔導具だが、燃費が悪くて困るぜ」

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