第85話 追跡
「そんな……」
リディーナが口元を押さえながら焦げた遺体を見つめる。背丈からしてドワーフなのは間違いない。側には焦げた戦斧が三つ落ちており、遺体のものと思われた。
(遺体の一つは額に小さい穴が頭の後ろまで貫通してる。これが致命傷だな。それに頭部の延焼が他より酷い。刺した後に燃やしたのか? もう一つは同じような穴や切り傷が全身にある。……嬲りやがったな)
レイは二つの遺体の検分を素早く行う。専門の教育を受けた訳では無いが、多くの死体を見てきたレイは、ある程度は死因を特定できる。相手の使用武器や殺害方法を知ることは、生き残るのに必要なスキルであり、証拠を残さず殺す為には「殺し屋」にとって必要な知識でもある。
「二人は焼死じゃない。
「レイ様……、そ、その遺体は……ゲンマ爺です」
イヴが全身を切り刻まれた遺体を差して、悲痛な面持ちで呟く。鑑定したのだろう。
「許せない…… 」
知人が惨たらしく殺されたと知り、憤慨するリディーナ。その気持ちはレイやイヴも同じだ。
(この遺体がゲンマだとすると、こっちは弟子か。確か弟子はもう一人いたはずだ。この場にはいなかったのか? いや、戦斧は三つ。……三つ? )
レイは煤だらけの室内を見渡し、ハッとする。
「まさか…… 」
無数に散らばった、焦げた石ころのようなものを凝視するレイ。
「「…… 」」
リディーナとイヴが息を飲む。イヴは意を決したように、バラバラに散らばった物体の一つを鑑定する。
「お弟子さん……です」
…
群がる野次馬の外から吉岡莉奈、山本ジェシカ、加藤拓真は遠目から焼けた工房を見ていた。
「見たか? 」
「見た見た♪ 」
「まさか、あのイケメン達が現れるとは思わなかったわね。で、どうする? 」
野次馬をかき分けて、街の衛兵達が建物に入っていく光景を見ながら、吉岡は加藤に尋ねる。
「殺るに決まってんだろっ! 」
「ちょっと拓真っち、バッカじゃないの? 」
「うるせぇ! 」
「人が多すぎるわ。衛兵も集まってきたし、後をつけて、どこかで襲撃した方が良さそうね。人目について、手配されたら列車に乗れなくなるわよ? 」
「そうそうw 歩いて街を出たいならお一人でどーぞーw 」
「ちっ! わーったよ! 」
…
レイ達は、駆け付けた衛兵達に事情を聞かれ、また連行されかけたが、火を消したことと、ゲンマ爺さんの知り合いだと説明し、周囲の住人達も証言してくれたおかげで拘束されずに済んだ。それに、先程まで『工房ユマ』にいて、それはユマ婆が証言できると言うと、衛兵達はすぐに引き下がった。
三人は一旦、ユマ婆の所へ戻ろうと、工房ゲンマを後にし、通りを歩いていた。
「(レイ…… )」
「(レイ様…… )」
リディーナとイヴが、視線を動かさずに小声で呟く。
「(ああ、見られてるな)」
リディーナとイヴも気づいてるみたいだ。視線は工房に着いた時から感じていたが、人混みが少なくなっても変わらない視線が向けられていたことをレイも気づいていた。戦闘に身を置くものは、自分に対する視線に敏感になる。殺気を帯びた視線なら尚更だ。
「(それに、つけられてる。このままユマ婆の所へ行くのはやめた方がいいな)」
(しかし、尾行も素人だな。気配が近いし、視線を感じるということは、俺達を見ながら尾行してるってことだ。熟練者ならもっと距離を空けるし、標的を凝視しながら尾行するなんてアホ過ぎる。十中八九、
尾行する場合、標的は視界に入れつつも、直接見ることは厳禁だ。視線というのは不思議なもので、感情がこもった視線は、一般人ですら気づく。尾行している人間が、訓練を受けていない素人ということは明らかで、心当たりは勇者達しかいない。
「(街の外に出る? )」
「(そうだな、森へ行こう)」
「(了解です)」
三人は小声で示し合わせて、街の城門へ向かう。衛兵に冒険者証を見せて外に出て、街から離れる様に森の奥へと入っていく。
「よし、少し距離を離そう。走るぞ」
「「了解」」
…
「ちっ、森に逃げたか……。莉奈、わかるか? 」
吉岡莉奈は、腰の鞄から手のひらサイズの水晶を取り出して、レイ達の位置を探る。
「……あっちね。凄いスピードで遠ざかる物体が三つ。私達も走るわよ」
「野郎は俺が殺る。残り二人は任せるけど、なるべく殺すなよ? 」
「あーヤダヤダ。生かしておいてどうすんだかー 」
「まあ青い髪の子はともかく、エルフは高く売れるって聞いたわ。付き合ってあげるんだからエルフは奴隷商に売るわよ? 」
「へっ、まあその前にヤッてやるけどな」
「駄目よ。処女かどうか確認してからね。処女じゃなかったら好きにしなさい」
「くぅー、莉奈っち、ゲスいw 処女の方が高いって訳ね♪ 」
「そういうこと♪ 」
「なんでだよっ! ヤらせろよっ! 」
「一人でやるんなら好きにすればいいわ」
「……ちっ」
「それより拓真っち、舐めてるとまた腕を斬られちゃうよ~w 」
「わーってるよ。もう切り替えた。
「あのイケメン、火を消すのに水魔法を使ってたわ。それもかなりの水量を放出してたから、剣士だと思って甘く見てたら、殺られるわよ? 」
「だから分かってるっつーの、本気でやってやるよ。お前ら
「「はいはい」」
「ちっ、行くぞ! 」
…
「なんだと? 」
探知魔法を展開していたレイが、真っ直ぐこちらに向かってきている三つの反応に驚く。
「どうしたの? 」
「追跡者、恐らく
「まさか……、痕跡は残してないわよ? 」
「私の所為でしょうか……? 」
一人だけ、森の行動に不慣れを感じているイヴが自分を責める。
「いや、
リディーナとイヴはコクリと頷く。
(こちらの位置が知られてるなら、奇襲は無理だな。罠を仕掛けるには距離も時間も足りない。火薬か土魔法が使えればな…… )
「こっちは、この辺りの地理も詳しくない。周囲を観察しながら迎撃する場所も探す。魔物の存在は俺が探知で把握するから気にしなくていい。セオリーに反するが固まって移動する。相手の能力が分からないからな。二人共離れるなよ? 」
「わかったわ」
「了解です」
(相手の能力がわからないこそ、普通は散開して全滅を防ぐものだが、いざという時にとっさに守れないからな…… )
現代戦ではこういった場合、固まって行動するのは厳禁だ。罠や爆撃で部隊が全滅するのを防ぐため、距離を空けて移動するのがセオリーだ。無線が発達した現代では互いに視認できない距離まで離れて行動することも珍しくない。
「さて、鬼ごっこをはじめるか…… 」
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