第84話 工房、燃ゆ


 「なんだい、隠してたのかい? エルフ国『エタリシオン』第三王女、

リディーナ・エル・エタリシオン王女殿下? 」


 「「――ッ! 」」


 「王女……だったのか? 」


 「ち、ちがうのレイっ! 別に隠してたつもりじゃなくてっ! もうとっくの昔に継承権なんて放棄してるし、王家で育ったわけでもないの…… だから、その……」


 「フッ、ちょっと吃驚しただけだ。リディーナがお姫様だからって、俺の気持ちは変わらないぞ?」


 「……ごめんなさい」


 「謝るなよ、俺は気にしてないぞ? イヴもそうだろ? 」


 「はい勿論です。リディーナ様はリディーナ様ですっ! 」


 「ありがとう……二人共」


 (イヴ……ひょっとして『鑑定』で知っていたのか? )


 「じゃあ、殺された妹さんも王女だったってことか……  」


 「イリーネあの子は私の育ての親の子だから、妹と言っても血の繋がりはないの。育ての両親にはお世話になったし、外の世界で活動してるエルフはあまりいないから、私が捜索を買って出たのよ。成人して、いきなり王女だって言われて、無理矢理結婚させられそうになったから国を飛び出したの。だから王女って言われても実感ないわ。っていうか、なんでユマ婆が知ってるのよっ! 」


 「アタシゃ、一応この国の代表の一人さね、『エタリシオン』から手配がきてたからね。まあ何十年も前の話だし、あっちの王家とは取引もないからね。面倒だから放置してたさね~ 」


 (こんなババアが代表の一人ってこの国、大丈夫か? )


 「話しを戻すぞ、婆さん。『龍』は狩ってきたんだ。一客として服は作ってもらうぞ? 」


 「それは間違いなく。喜んで引き受けさせて頂きます」


 そう言って、頭を下げるユマ婆。


 (なんとも癖のあるババアだが、国の中枢にいるなら食えない態度も当然か……。しかしなんで仕立て屋なんかやってんだ? 趣味か? )


 

 「そう言えば、オブライオン王国だが、なぜ武具や魔導具などが各国から制限されてるんだ? 聞けば戦争は長らく起こっていないし、その兆候も無かったんだろ? まるで周辺国からハブられてるようだ。婆さんなら何か知ってるのか? 」


 「それは…… 」


 ―「火事だぁー! ゲンマ爺さんのとこが燃えてるぞー! 」―


 「「「「ッ! 」」」」


 外から不穏な叫び声が上がり、ユマ婆の言葉は遮られた。


 …

 ……

 ………


 時は少し遡り、レイ達三人がユマ婆の工房で『龍』の素材を出していた頃、『工房ゲンマ』のカウンターにはゲンマと二人の弟子、そして吉岡莉奈ヨシオカリナが客として訪れていた。


 「おう、お前ぇか。頼まれたモンは出来てるぞ? 」


 カウンター上に置かれた一本のフルーレ剣は、鏡の様な光沢のある刀身に、ガード部分は真紅の鉱石がまるで薔薇の花弁のように散りばめられていた。


 「概ねお前ぇの注文通りだ。銘は魔法剣『紅薔薇』、確認してみろ」


 吉岡莉奈がフルーレ剣を抜き、何度か振って具合を確かめる。


 「『炎』は? 」


 「魔力を流してみろ。流す時間と魔力量で「炎」の形態も調整できるはずだ」


 言われた通りに魔力を流して剣を振る吉岡莉奈。


 剣を振る度に炎が舞い、吉岡莉奈は自分の思い通りに炎を操ってみせる。


 「なかなか筋がいいじゃねぇか。ホントに魔法剣は初めてか? 」


 「ええ、初めてよ。まあアニメを参考にはしてるけどね」


 「あにめ? 」


 「それより、素晴らしい剣だわ。でも、ちょっと値段が高過ぎると思うのよねー」


 「……値引きはしてねぇぞ」


 ゲンマの弟子二人が、カウンターの下で戦斧を手に掛け身構える。商売上この手の難癖は良くあることだ。そんな客に対処するのも一人前の鍛治師として必要なスキルだ。ゲンマは武器の注文を受ける際、客のウデを見定めるが、その後に起こり得るトラブルなどは考えない。今回のように揉めても、自分の腕っぷしで黙らせてきたからだ。


 だが、ゲンマも弟子の二人も、吉岡莉奈の能力スキルと、その仲間の「力」を見抜くことができなかった。


 「ったく、そんな歳で代金を踏み倒すなんざ碌な大人にならねーぞ……。この街の鍛冶師を舐めてんのか? 今回は見逃してやる。払えねぇなら、そいつを置いて金ができたらまた取りに来い」


 「あら優しいのね? でも、たかが鍛冶師が舐めてるのはそっちじゃなくて? 」


 「なんだと? 」


 ゲンマ達の目の前にいた吉岡莉奈の姿が、フッと消える。


 ゲンマが気づいた時には弟子の一人の額には吉岡莉奈のフルーレ剣が突き刺さっており、魔力を込めた刀身から炎が吹き出す。


 一瞬で、弟子の一人の命が奪われ、その死体が炎上する。


 「いーわね、コレ! 気に入ったわ! 『勇者』が持つに相応しいわね」


 「お前ぇ! ま、まさかっ! 」



 「凍れ! 『氷の柱アイスピラー』」



 ゲンマが自身の戦斧を慌てて手にする間に、もう一人の弟子は氷の柱と化していた。


 「おい、とっとと行こーぜ? 目当てのモノは手に入ったんだろ? 」


 いつの間にか、加藤拓真が工房の入り口に立っており、吉岡莉奈を急かす。


 「莉奈っち、おそーい! 」


 加藤に続いて、山本ジェシカが入ってくる。


 「こいつ? ボッタクリのジジイってw セイッ! 」


 氷の柱となった弟子の一人を、山本ジェシカが蹴りで砕く。


「ちょっと、二人共! 私の試し斬りの邪魔しないで頂戴」


 「はーい」


 「ちっ」


 「という訳で、お爺ちゃんごめんなさいね。次は斬れ味を試させてもらうわね。Prets?準備はいい? 」



 「手前ぇらぁぁぁぁ! 」



 …

 ……

 ………


 『工房ユマ』を出たレイ達三人は、煙の上がる建物に向かって走っていた。


 「ゲンマ爺のところが火事? 嘘でしょう? 」


 「火の不始末ってことはないよな…… 」


 「お酒の飲み過ぎでうっかり、なんてことは…… 」


 「「…… 」」


 『工房ゲンマ』の前に来ると、建物が激しく燃えていた。中に人がいるなら絶望的な燃え方だ。


 「レイっ! 」


 「分かってる! 」


 レイは建物の上に水球をいくつも魔法で生み出し、燃え盛る建物に落とす。それを幾度となく繰り返し、暫くして火事は鎮火した。幸いにも燃えたのはこの建物だけで、周囲への延焼は避けられた。気づけば周囲には、水の入った桶やバケツのような物を手に持った住人達が集まっていた。


 「ゲンマ爺はどこ? 避難してるんでしょ? 」


 リディーナが周囲の住人達に聞いて回る。しかし、誰もゲンマ爺の行方を知らず、皆が首を左右に振る。


 「まさか…… 」


 レイ達は、鎮火した建物にゆっくり入っていくと、カウンターらしき残骸の側に、黒焦げの遺体を発見した。


 

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