第54話 後悔

 ――『オブライオン王国 王宮』――


 佐藤優子は、王宮の一室で赤城香織アカギカオリの胸倉を掴み、詰め寄っていた。


「目は? 目はどうなの? 香織っ!」


「ご、ごめんなさい……お腹の傷はもう問題ないと思うけど、目の方は……」


「くそぉおおおおおお!!! 許さない許さない許さない!」


「ひぃ! 」


 普段の佐藤優子を知る者からしたら、あまりの豹変ぶりに部屋にいた誰もが息を呑んだ。治療を担当した『回復術師ヒーラー』の能力を持つ赤城香織は青い顔をして今にも泣きそうだ。


 この部屋には白石響、佐藤優子の他に赤城香織、九条彰、高槻祐樹の五人がいた。


 不眠不休で飛竜を乗り潰し、鬼の形相で戻ってきた佐藤優子は、すぐさま『回復術師』の赤城香織を呼びつけた。脅すように治療させた優子に気弱な赤城香織は完全に怯えきっている。


「まあまあ、ちょっと落ち着きなよ佐藤さん。それより南は?」


 皆がドン引きしている中、いつもの調子の九条彰。


「うるさいっ! アイツなら死んだよっ!」


「「「ッ!」」」


「ちょっ、南が死んだって?」


 

「……ゆ、ゆう、こ」


「響っ! 気が付いた? ごめん、私がもっと早く入ってれば……」


「いい、の。それより……みんなに……話が……」


「「「?」」」


 白石響は目を覚ましたが、回復魔法でも失った血液は戻らない。顔の半分が包帯で覆われ、貧血で辛そうにしている。


「一体何があったんだい? 白石さんがこんなになるなんて……」


「相手は多分……日本人……よ……新宮流……いつの時代の人かは分からない……転生者……だと思う……わ」


「「「えっ!」」」


「どういうことだい? 転生者?」


「あの言葉……新宮流にある古い心得の一つ……それをあの男は呟いていた……優子なら……知ってるでしょ? 『死兵』よ」


「『死兵』……。確か、響の実家にあった兵法書にあったやつよね? 死地に臨む者が死を恐れないよう自分に言い聞かせる自己暗示の一節でしょ? 新宮家の家臣や門下生が死を覚悟して戦場に行くときに口にしてたって。そんなの呟いてたなんて現代人なわけない……」


「何それ? ってことは昔のサムライってこと? ファンタジーだかSFだかわかんないよね、それ」


 九条が茶化すように言う。


「ふざけてると殺すよ?」


 佐藤優子が殺気を込めて冷たく呟く。


「冗談冗談。でも南が死んだのは本当だろうね。城内の不死者共が命令を聞かなくなって、突っ立ったまま動かなくなったからね」


「真っ二つになって黒焦げだったわ」


「うへぇ……」


「多分、あのエルフの女の仕業。あの男の仲間だと思う」


「「エルフの女?」」


 …

 ……

 ………

 

 響の容態が落ち着くまで一先ず解散ということで、佐藤優子を残して皆が去った部屋で、白石響は考えていた。


「私の知らない技……新宮流にあんな技があるなんて知らなかった」


「昔の技でしょ? 命のやり取りが無くなって失伝したんじゃない?」


曾祖父おじいちゃんなら知ってたかもしれない」


「あの妖怪ジジイ? まあ確かにそうかもしれないけど……でも、尋常な技じゃなかったよ? 剣が消えたり、曲がったりしてさ、最後なんて自分の腕で剣をいなすなんて普通じゃないよ。おまけに魔法まで使いこなしてたじゃん。私達と同じ『能力スキル』じゃない?」


「真伝……かもしれない」


「それって噂でしょ?」


 新宮流には道場では伝えられない伝位、奥義がある。そんな噂が門下生達にはあった。曾祖父や母に聞いてもそんなものは無いと言ってあしらわれていたが、響には曾祖父が山奥の道場で人に教えてるのを知っていた。幼い頃、一度だけ隠れて忍び込んで曾祖父に叱られたのを覚えている。あの時見た曾祖父と一人の門下生の立ち合いは今でも鮮明に覚えている。互いに真剣で斬り合っていた。道着が裂け、鮮血が舞っていた。刃引きした刀じゃないことは明らかだった。


『楽しいなぁ~ タカシよ!』


『へっ、どこがだよ!』


『新宮に真あり、真、極みて極に至る、ってな』


『なんだそりゃ』


『タカシもそろそろか……いや、まだ早いのぉ』


『くっ!』


『今日はここまで。精進せぇ』


『くそっ』


 信じられなかった。道場での型どおりの演舞ではない。あんなに血が出てた。それなのにあの青年はなんで悔しそうなのだろう? 痛くないのか? 怖くないのか? 普段の優しい曾祖父が見せない裏の顔に、当時の私は恐ろしさを感じた。私に同じことができるのか? 無理だ。怖い。道場では大人にも負けない。同世代の子供では相手にもならない。そんな私の自信は粉々になった。


 門下生の青年が去った後、曾祖父にジロリと睨まれ、すごく叱られた。それとこのことは母にも口外無用と強く言われ、今に至るまで誰にも話していなかった。



「曾祖父ちゃんが秘密の道場で人に剣を教えていたの。真剣で斬り合ってたわ」


「へ? 真剣で? 現代日本で? ありえない、ってかジジイはともかく、一体誰に教えてたのよ? ソイツも頭おかしいでしょ!」


「分からない。もう十年も前のことだし。でも道場では見たことない人だったわ」


「ふーん。じゃあ、噂は本当だったってこと?」


「多分。新宮流には相手を殺すことに特化した『真伝』の奥義がある」


「そもそも武術が相手を殺す術じゃないの?」


「柔道でもなんでも禁じ手ってあるじゃない? 多分その類だと思うけど……」


「その殺しに特化した『真伝』、禁じ手を駆使する男がこの世界いる……か」


「それに『死兵』の真言を唱えて、死を恐れない……はじめから『白刀』で本気でやっていたら……強い者と戦いたいだなんて自惚れてた……うっうっ……ごめんなさい……曾祖父ちゃん……ごめんなさい」


「響ちゃん……」


 巻いた包帯の下から響の涙が溢れる。慢心していたことに後悔しているのだろう。優子も道場で口酸っぱく言われたことだ。慢心や驕り、油断は死を招く。だが言葉で覚えていただけだった。


 この世界に来て、たくさん人や魔物を殺した。でも自分が殺されるなんて思ってもみなかった。


 佐藤優子もあの時のことを思い返し、後悔した。


「あの時、ちゃんと殺しておけばよかった……」


 あの男のその後は分からない。ひょっとしたら死んでるかもしれない。でももし生きてたら……。


「仇は討つよ。響ちゃん」


 …

 ……

 ………


 コンコン


 深夜、部屋のノック音に響の顔がドアに向く。優子は自室に戻って今は響一人だ。


「誰?」


「私よ、東条奈津美トウジョウナツミ


「どうぞ」


「こんばんは。久しぶりね、響」


「奈津美……」


「やられて失明したって聞いてね。大丈夫?」


「駄目ね。痛みはもうないけど全く見えないわ。これ以上は治らないって……」



「目、見えるようにしてあげよっか?」

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