第55話 マリガン

 ――『ジルトロ共和国 首都マネーベル』――


「うぐぐ……」


 冒険者ギルド、マネーベル支部のギルドマスター、マリガンは自身の執務室で胃を押さえていた。不死者襲来の日から多方面に神経を使い過ぎて、正確には二人の冒険者レイとリディーナのことで胃痛が止まらなくなっていた。


「失礼します。マリガンさん、胃薬をお持ちしましたー」


「ああ、ありがとう。すまんねジェニー君」


 ジェニーはマリガンの秘書兼、ギルドの受付嬢を統括する元C等級冒険者だ。


「だ、大丈夫ですか……?」


「ふぅー……だ、大丈夫……じゃ、無い」


 胃薬を飲み干し、ここ十数日でやつれた顔のマリガンが答える。冒険者ギルド本部への報告、支部内の冒険者達への指示、通達。脅威が低くなったとはいえ、依然外で徘徊している不死者アンデッドへの対応。ジルトロ共和国の議員達への説明。マリガンの仕事は多忙を極めた。中でも例の二人の冒険者への対応が一番堪えた。


「例の二人、そんなにヤバイんですか?」


「君はを見てないからな。まったく今でも信じられんよ。現役から今に至るまで、あんなに恐ろしい力を見たのは初めてだ。どっちも化け物だよ」


「二人同時に『S認定』されれば前代未聞ですねー」


「たった一人でも十年に一度あるかないかだ。本部も慌ててる」


「認定されますかね?」


「確実にされるだろう。逆にされなければ困る。認定されなければあの二人が街やギルドに出入りして、に対応されるんだぞ? 想像してみろ、美男美女の若い青年とエルフの女性が『龍』並みの力を持つのに、どっかの馬鹿が絡んだり、受付で失礼かまして怒りを買ってみろ、街の一つや二つ簡単に吹っ飛ばされるぞ」


 ジェニーの頬が引きつる。


「一人は聖魔法で万の不死者を消滅させた上、確認できただけでも水・氷・火の三属性を完全無詠唱で連続使用できる。火属性で同じことを街でされてみろ、街が燃え尽きるぞ。それになんだよ氷って! 使えるヤツなんて知る限り片手もいないぞ! それに加えて剣術も超一流だ。信じられるかね? 剣で斬り合いながら発動の呪文無しで魔法をぶっ放すんだよ? 無詠唱でもなく無言で発動しとるんだ! 常識外れもいいとこだ! おまけに顔も美形過ぎてそっちも常識外れだ。チクショウ! 嫉妬したマヌケが逆恨みして絡んで、そいつらの死体の山ができるぞ。

 

 それにウデガクッツイテタ……。いや、忘れろ。オレハナニモミテナイ。


 もう一人はたった一発の複合魔法で、同じく万の不死者をバラバラにして吹き飛ばした。ミンチヨリヒデーヨ!  雷の魔法なんてお伽話でしか聞いたことないよ私はっ! それにエルフだ。少なくとも数百年は現役でその辺ふらふらされるんだぞ? おまけにクッソ美人だ! シカモキョニュウノボインダ! 身の程知らずな男どもがワラワラ寄ってくるぞ。ウザがられてバラバラにされる未来しか見えん!」


 話の内容とマリガンの壊れっぷりにドン引きのジェニー。


「えーと……、私、明日二人に届け物をするよう言われてましたけど、断っていいですか?」


「ダメに決まっとるだろーがっ! 逆に聞くぞ? その辺の冒険者ボンクラを代わりに頼むのか? ん? 粗相して街の一区画が吹き飛んでも君は罪悪感を覚えないなら好きに誰かに頼めばいい。私は辞表を出して嫁と子供を連れて遠くへ避難する」


「細心の注意を払って務めさせて頂きます」


「宜しい」


「で、明日届ける物なんですが――」


 コンコン


「なんだ?」


「失礼します。マリガンさん、本部から通信が入ってます」


「すぐ行く」


 …

 ……

 ………


 ギルド内の通信室に入ったマリガンは、魔道具に魔力を流して起動させる。


「やあ、マリガン、久しぶりだね」


「グランドマスターこそ、お久しぶりです」


「例の二人の件、無事認定されたよ。ジルトロ共和国側からも事実の確認が取れたからね。先にキミからの報告があって話が早く進んだから助かったよ。昔から『S認定』されるような奴は偏屈が多いからね。決まった頃には行方不明なんてざらにあったし、自重を促す機会がないまま放置すると対象になりかねないからさ」


「そうですか。それは良かったです」


「エルフの子は即決だったけど、もう一人の子はちょっと大変だったけどね~」


「大変とは?」


「規格外過ぎる。キミの報告通りだと、万の不死者を殲滅できる魔力と、一流の剣技、しかも各種属性を完全無詠唱で剣と同時に行使するんでしょ? 過去の『勇者』でもそんなことができる人は殆どいなかったんだよ」


「信じられない、と?」


「いやいや、そういう訳じゃない。ボクはキミを信じてるよ? ただ、信じてない者が少なからずいることだけは頭に入れておいてくれ。それにこれは口外無用で頼むんだが、教会が動いてる。キミから高レベルの回復魔法も使えるかもと報告が上がる前にだ。おかしいだろ?」


「早過ぎませんか? この街の教会では現場を目撃した数人の神官たちが騒いでますが、司教はまだあの二人に会ってもいません。なのに本部に話が行くってことは神聖国が動いてるってことですよね?」


「ボクの独断で強引に『S認定』にしたのは『聖人』認定後はボクらが手を出せなくなるからさ」


「や、やはり認定されますか……」


「ボクの情報ではその可能性が高くてね。キミから回復魔法の話があって確信に変わったから良かったよ。どうやら彼には何かありそうだ。でも流石にそれは公言できないから彼の認定には懐疑的な意見がまだある」


「……」


「そこで『S等級』の冒険者証をそっちに届けるついでに『鑑定人』が行くことになった。なので登録は支部で頼むよ」


「『鑑定人』ですか?」


「キミは何もしなくて大丈夫だから。登録だけ宜しくね」


「それって大丈夫なんですか? ……その『鑑定人』って大丈夫なんですよね?」


「……」

 

「え? なんで黙るんすか? ちょっと? あれ? ひょっとしてヤベー奴来んの? 教えて下さいよっ!」


「おっと、時間だ。じゃあボクはもう行くから後は宜しく頼むよ! じゃっ」



「切りやがった…… 」


 …

 ……

 ………


「ジェニー! ジェニー君はいるかっ!」


「ど、どうしたんですか?」


「明日は私も一緒に行く」


「へ?」


「それと、ついでにとりあえず謝罪もするからそれなりの格好で頼むぞ」


「はぁぁぁぁぁっ? 」

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