第53話 S認定

「はい、あーん♪」


「やめろっ! 自分で食える!」


「ダメよまだ! ちゃんと安静にしてなきゃ!」


「はい、もう一度、あーん♪」


 首都マネーベル、最高級宿の一室にレイとリディーナはいた。宮殿のような広さと豪華な内装。空調や照明の魔導具がいたるところに配置され、煌びやかで快適な環境を作り出している。室内にあるバーカウンターには様々な種類の酒と、この世界では貴重な果物が贅沢に積まれている。リディーナはその果物を手にして、レイに食べさせていた。


 キングサイズのベッドをいくつも繋げたような巨大なベッドにレイは寝かされ、怪我と貧血、無理な身体強化の反動で全身が筋肉痛で動けないレイを、リディーナが甲斐甲斐しく世話を焼いている。二人はほぼ裸でおり、薄いシーツで申し訳程度に身体を隠してるに過ぎない状態だ。血液を大量に失い、体温が低下したレイをリディーナが裸で温めていたのだが、体温が回復してからもリディーナは一向に服を着る気配が無い。手元の呼び鈴を鳴らせばすぐにコンシェルジュが駆けつけ要望を叶えてくれるので、トイレと風呂以外で二人はこの一週間、ベッドから殆ど出ていなかった。



「あー オホンッ!」


 二人を直視しないように視線を反らしたまま、冒険者ギルドのギルドマスター、マリガンが二人に話しかける。マリガンは議員達への説明後にこの宿に訪れていた。レイとリディーナにあることを伝える為だ。


「そろそろお話を聞いて頂いて宜しいでしょうか?」


「たしか、マリガンって言ったっけ、ギルドの……」


「マネーベル支部のギルドマスターです。レイ殿」


「悪いが普通にしてもらえないか? 殿とかいらないんだが……」


「……」


「緊張してるのよ。私達の機嫌を損ねない様にしてるのね~」


 室内に目を向けてリディーナは言う。一介の冒険者に対する対応ではない。長年冒険者をやっていたリディーナには、ギルドマスターの対応からなんとなく察しはついていた。


「『S認定』にでもしに来たんじゃない?」


「――ッ!」


「S認定?」


「災害級を表す認定よ。『龍』と同じ。国を相手にできる個人ってこと。ギルドマスターであるこの人が私達に対してこんなにへりくだる理由はそれしかないんじゃないかしら?」


「国を相手にとか、大げさだな」


「そうかしら? レイはもっと自分がやったことの異常さを認識した方がいいわよ?」


「リディーナ殿の仰る通りです。まだ正式決定ではありませんが、レイ殿とリディーナ殿は、それぞれ『S認定』を受けることになると思われます」


「そのS認定を受けるとどうなるんだ?」


「御二人は冒険者なので、無条件で『S等級』になります。それと『称号』が命名されます」


「もっと詳しく頼む。無知な田舎者なんでな」


「……『S認定』は、人や魔物にも認定されるものですが、冒険者に対しての認定には、ギルドからその証として『S等級』の冒険者証が授与されます。冒険者ギルドでは表向きA等級までしか等級は存在しませんが、その上の特別な等級としてギルド関係者に認知、対応されます。『称号』に関しては、認定の事由に基づいて命名されます」


「『S等級』の特権と義務は何かしら? A等級と何が違うの?」


「義務はありません。仮にギルドからの指名依頼があってもという形になります。特権は、A等級の特権に加え、罰則の免除、大陸中の冒険者ギルド施設と関連施設が無条件でご利用できます」


「ふーん……」


「レイ、結構凄いことよ? 実質、自由人認定よこれ?」


「なんだそりゃ?」


「国や貴族、ギルドに対して縛られないってことよ。個人のA等級でも貴族と同等の扱いを受けるけど、義務もあるし罰則も受けるわ。要請ってことはギルドの依頼を無条件で断れるってことだし、罰則の免除ってヤバいわよ? 法律を無視できるってことよ?」


「なるべく法は無視してほしくないのですが…… 概ね仰る通りです。因みに国家の代表と同等です。貴族よりです。それに認定後は国境を渡る際、検問所の経由が必要ありませんし、税金も全て免除されます」


「おー そりゃ便利だ」


「んもうっ! 反応薄いわよ?」


「それよりその『称号』って? 厨二臭いヤツなら嫌だぞ?」


「ちゅ、ちゅうに、とは?」


「何でもない。で?」


「レイ殿は『聖帝』、リディーナ殿には『雷帝』が命名される予定です」


「せ、聖帝……? そ、それは色々拙い気がする……」


「「?」」


 …

 ……

 ………


 マリガンが帰ったあと、俺は右腕の包帯を取り、治療を始めた。リディーナが魔法の鞄で保管してくれてたおかげで、一から腕を再生しなくて済んだ。デキル女、リディーナ様様だ。千切れた断面には中々手間取ったが、一から生やすより何倍もマシだ。だが、すっからかんの魔力では少しづつしか治療できず、治療しては寝てを繰り返している。重要な組織の再生と接合はできたが、まだ筋肉の修復ができていない。それに血も全然足りない。今、勇者達が攻めてきたら終わりだが、考えても仕方がない。



「そう言えば、『暴嵐』だっけか? リディーナの魔法」


「あの時は夢中だったけど、スーッと頭に呪文が浮かんだのよね。この子達が教えてくれたのかもしれないわ」


 手をひらひらしながらリディーナが答える。精霊のことだろう。俺が倒れた後に、城門に群がっていた不死者をリディーナの魔法で吹っ飛ばしたらしい。風、水、雷の複合精霊魔法。単純に二つの魔法の複合でも使える人間は稀で、三種類はほとんど例が無く『伝説の勇者』並みだそうだ。その上、リディーナは精霊の力を借りている精霊魔法なので、魔力消費も遥かに少なく発動させられる。


 嵐の発生のメカニズムは理屈で理解しているが、実際に魔法で再現しようと思ったら、いくら魔力があっても足りない。どの程度の規模のものかは分からないが、とんでもない魔法だ。今度見せてもらおう。


「それよりレイ、あの時なんで腕を出したの? 血の気が引いたわ」


「『薙』のことか……。あれは俺も使うのは初めてだし、正しくできたのかも分からない」


「え?」


「新宮流極伝の技は、口伝でのみ伝えられる奥義で気軽に実践できない。極伝の技はいくつかあるが、身を犠牲にして生を捨て勝ちを拾う。俺のいた世界じゃ、この世界ほど怪我はすぐには治らない。体の一部や身を犠牲にする技は、実際に練習なんてできないから理屈で覚えるだけだ。勿論、他の剣技を修めてないと実践も不可能だけどな」


「そんな…… 体を犠牲にするなんて……」


「回復魔法があるから腕ぐらいは別にいいと思ってな。『霞』で受けたら剣が粉々になってただろうし『朧』も同じ結果になっただろう。剣が無くなれば、体術や短剣術でやるしかないが、あの刀相手だとゼロ距離に持ち込めない。あとは魔法しかないが、ただの剣で魔法を斬るんだ、あの刀なら尚更通じなかっただろうな。あの刀を出された瞬間、あそこで決めなきゃ詰みだった。それほどあの白い刀はヤバかった」


(桐生の聖剣を基準に考えてたが、甘かった。今後は認識を改めないとな……)


「もう絶対止めてよね。めちゃくちゃ心配したのよ?」


「ああ。今回はリディーナに助けられたよ。ありがとう」


「ホ、ホントよっ! わ、私がいなかったら死んじゃってたんだからねっ!」


「感謝してるよリディーナ」


「……………うん」


 赤面した顔をシーツで隠すリディーナ。


(か、可愛いな……)


「さ、さっさと怪我を直して鍛えなおさないとな」


「まだダメっ! ちゃんと治してからっ! それに、もうしばらくゆっくりしましょ? せっかくの最高級宿スイートだし」


「デカすぎて落ち着かないな……」


(しかし、あの佐藤優子といったか……。能力も厄介だが状況判断がガキのそれじゃない。恐らく天性のものだろうが、そう言う奴が一番苦手だ。経験を積ませる前に早めに動いた方がいいかもな。剣聖は潰したが、今回のことで次はもっとやり辛くなった。だが、南星也を始末できたのは上出来だ。今回はリディーナにホント助けられた)


「せっかくだから果物をもっと食べて、聖帝レイ殿♪」


「たのむ、本当に頼むからそれやめてくれ。それと、いい加減服を着ろ」


(まったく…… 貧血じゃなかったらどうにかなってるぞ…… )


 …

 ……

 ………


 宿の部屋から退出したマリガンは、全身から大量の汗を流し、狼狽していた。


(なんで腕があるんだ……? おかしいだろっ! 確か、右腕は斬り飛ばされてたはずだ! あの場の神官達も腕部と腹部の治療はしていたが、腕の接合なんてしてなかったぞ! そもそも腕の接合なんて並みの術師じゃ無理だ。超一流の術師だって接合が精々で、動かせるようにするなんて絶対不可能だ……)


「拙い……これが教会に知られたら、いや絶対知られるだろうが、『S認定』どころか『』認定されるぞ! くっ……私の手には負えん」


 痛ッ


「い、胃が……」

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