第52話 暴嵐

 響ちゃん響ちゃん響ちゃん響ちゃん響ちゃん響ちゃん……


 佐藤優子サトウユウコは、白石響シライシヒビキを抱え、後方の馬車に全速で走った。響きをやったあの男が追撃してくる可能性など考えることもなく、佐藤優子は響のことで頭が一杯だった。意識を失っている響を見る。腹部の切り傷は深くはないものの、大きく斬られていて出血は続いている。それより両目のダメージの方が深刻だ。失明は免れないかもしれない。


(急いで回復術師あの子に見せないと……)


 前から誰かが来る。


 金髪に長い耳、エルフの女が必死な表情で走ってくる。


 すれ違う両者。


 一瞬二人の視線が合うが、お互いに構ってる暇はないと気にも留めない。



 馬車に戻ると、南星也ミナミセイヤが上半身と下半身に分断され、黒焦げで息絶えていた。


 佐藤優子は、それを無視して馬車の荷物を漁る。回復薬ポーションを持てるだけ持ち、一本は響の腹部に振りかけ、もう一本は両目に掛ける。そのまま馬車後方まで響を抱えて走り、飛竜に飛び乗って急いでその場を離脱した。



「……許さない」



 …

 ……

 ………

 

 リディーナは、南星也に『雷撃』で止めを刺したあと、強化した視力でレイの様子を見ていた。


 自分との訓練では、まったく本気を出していないことが分かる程、レイの剣は凄かった。自分が教わった『霞』や『朧』を温存した巧みな戦い方。知らない技の数々。それを実戦で駆使するレイの凄さに目を奪われる。それに加えてあんな超至近距離で流れるように魔法を放ち、制御してる姿に魅入っていた。


 だが、レイが自分の腕を差し出し、その腕が千切れ飛んだ光景に凍り付く。


 慌ててリディーナは走り出す。


 別の女佐藤優子が放った無数の光の矢がレイに放たれた。


「卑怯な……」


 レイの勝ちに水を差した女に殺意が湧く。

 

 白石響を抱え、離脱した佐藤優子卑怯な女とすれ違う。


 一瞬目が合い睨むが、今は構ってる暇はない。


(顔は覚えたわ)


 今は、大量の血を流し、崩れ落ちたレイのことしか考えられなかった。


 …

 ……

 ………


 一部始終を見ていた城壁の者達は、あまりの光景に誰も声を発することが出来ずにいた。


 不死者の群れは、何故かその場で立ったまま動かない。


 教会の神官達は、レイに向かって膝をつき、祈る仕草をしている。

 

 冒険者ギルドのギルドマスター、マリガンは自分の見た光景が信じられなかった。


 たった一人の若者が、万の不死者を聖魔法で葬り、凄まじい剣技と様々な魔法で謎の女剣士を倒した。割って入った別の女も見たことも無い魔法だ。全員驚異的な戦闘力だ。この場で見ていた冒険者や衛兵達には、あの攻防の内容を理解できている者は殆どいないだろう。ギルドマスターのマリガンでさえ、半分も理解できていない。


 血の池に倒れた若者に、同じ外套を纏った金髪の女が駆け寄る。


 金髪の女リディーナの登場に我に帰ったマリガンは、急いで指示を飛ばす。


「回復薬をありったけ持ってくるんだ! 回復魔法が使える者は私に続け!」


 だが、動きが止まっているとは言え、腐乱死体ゾンビの群れはまだまだ城門付近に大量にいて近づけない。


「くそっ!」


 …

 ……

 ………


「お願い、死なないで……」


 リディーナは意識の無いレイを抱きかかえ、魔法の鞄マジックバッグから回復薬をありったけ取り出す。レイの右腕と腹部にそれぞれ振りかけ、一本は口に含んで口移しでレイに飲ませる。


「血が止まらないっ! どうしてっ?」


 回復薬を何本も空け、レイの傷に浴びせるように振りかける。何度も口移しで飲ませ、手持ちの回復薬が無くなる。出血の勢いが多少は収まったが、まだじわりと血が滲んでくる。


 ―『毒でも構わん。どうせ効かない』―


 以前聞いたレイの言葉が頭によぎった。


 ―『魔力回復薬、無いよりマシだと思ってな』―



「毒が効かない…… まさか薬も殆ど効かないんじゃ……?」


 リディーナの血の気が一気に引く。しかしすぐに思い直す。レイは自分の腕を回復魔法で治癒した。回復魔法ならレイにも効く。


 失血によって体温が低下し、冷たいレイの身体を抱きしめ立ち上がるリディーナ。視界に入った千切れたレイの右腕を無意識に拾い、魔法の鞄に仕舞う。


 街の城門へと走り出したリディーナの前に、不死者の群れが立ち塞がる。


「邪魔」


『 風の精霊シル 水の精霊 雷の精霊ヴォー 我に集えアセ 全てを飲み込みル・スー その力を以って 我が道を拓けオー 』


 ―『暴嵐テンペスト』―


 リディーナの激しい感情に呼応するように周囲の精霊が鳴動する。


 強風が広範囲に吹き荒れ、巨大な竜巻が形成される。不死者が次々と巻き上げられ、空中で風の刃に斬り刻まれる。暴風の中をいくつも紫電が走り、細切れになった不死者をさらに塵にする。竜巻から発生した雷雲により落雷がいくつも地上に落ち、周囲の不死者を直撃し爆散させた。


 激しい暴風と雷鳴が轟く中、紫電を纏ったリディーナが悠然と歩く。


 城門の前に着いた頃には嵐も収まり、周囲の不死者は更に半数にまで減っていた。



「門を開けて」


 

 城壁にいた者達は、落雷の音と光、不死者がバラバラになり爆散していく光景に恐れ、腰を抜かし、蹲る。中には気を失った者や、失禁した者までいた。


「城門を開けろっ! 急げっ!」


 腰を抜かしていた衛兵達を押し退け、マリガンが慌てて指示を出す。


 城門が開き、数人の男達がリディーナの前に出てきた。


「冒険者ギルドのギルドマスター、マリガンだ」


 両手を上げて、敵意が無いことをリディーナに示すマリガン。聖職者らしき、マリガンについてきた他の者も慌てて両手を上げた。


「B等級冒険者のリディーナよ。回復術師を大至急でお願い」


 …

 ……

 ………


 ――『首都マネーベル 議事堂会議室』――


「それではマリガン君、報告を頼む」


 ギルドマスターのマリガンは、議事堂に呼び出され、議員達に事態の説明を行っていた。本来であれば、街を守る衛兵の責任者が報告すべきだが、当事者の二人が冒険者だったということでマリガンが説明することとなった。


 あの日から一週間が経っている。城壁の外にいる不死者達はまだ多くの数が残っていたものの、ほとんど棒立ちで動きが無いので、低等級の冒険者でも処理できていた。掃討は時間の問題だろう。魔導列車の運行は一部の線路は再開されている。


 不死者の群れの発生原因は不明。しかし、不死者の中に竜人族が多くいたことから、竜王国で何かしらの事が起こった可能性が高かった。二人の黒髪の女も正体は不明。分かってるのは凄まじい戦闘力を持っていたということぐらいだ。もう一人、事件に関係していたかもしれない少年が、真っ二つにされ黒焦げで発見された。放置された馬車も最近作られたものだが、紋章など身元が分かる物は見つかっていない。


 万を超える不死者の群れを討伐し、街を救った二人の冒険者は、マリガンの独断で街の最高級宿へ滞在してもらっている。幸いあの場にいた神官達が総出で回復魔法を掛けてなんとか青年の一命は取り留められた。リディーナと名乗ったエルフの冒険者からはすぐにでも事情を聴きたかったが、レイという青年が回復するまでは邪魔するなと鬼のような形相で言われれば、言う通りにするしかなかった。あの力を見たのだ、機嫌を損ねるような真似はできなかった。


 …


「……以上です。簡単なご報告ですが、まだ青年の回復を確認出来ておりませんので、詳しいことはまた後日ということになります」


「八割以上を討伐したはいいが、詳細が何も分からないとは、説明になってないぞマリガン君」


「そのリディーナと言ったエルフの冒険者は? その女からは何故何も聞いていない?」


「青年が回復するまで邪魔するなと言われましたので」


「そう言われて、はいわかりましたと帰ってきたのかね?  どうかしてるぞキミは」


「B等級といったな? キミの権限でどうにでもできるだろう? こちらは早く事態を把握し対処せねばならんのだ。不死者の発生原因と街へ襲来した原因、謎の女剣士のことも何も分かっておらんのだぞ? 仮に竜王国が関与してるなら深刻な問題だ。早く事情を聞き出したまえ!」


 現場を見ていない議員達から矢継ぎ早にマリガンを責める声が挙がる。


「議員、冒険者ギルドはジルトロの機関ではありませんので、そこをお忘れにならないでください。それに、で万の不死者を屠れる冒険者がもいるんですよ? 権限でどうにでもできる? できませんよ。確かにB等級ですが、恐らく昇級試験を受けてないだけでしょう。現在、本部から二人の資料を取り寄せ中です、詳細はもう暫くお待ち下さい」


「……その瀕死の重傷だった青年、何故治療したのかね? 街を救ったかもしれないが、危険じゃないのか?」


「「「……」」」


 発言した議員に全員の目が向く。「こいつ何言ってんだ?」という者と「確かに、そんな危険なヤツなら見殺しにすればよかったんだ」という者と分かれた表情だ。後者の者は、その発想の危険性に気付いていない。


「当時の状況から、見殺しにすればリディーナという冒険者がどういう行動を取るか分かりませんでした。彼女はエルフですよ? この国の人間でもないんです。自棄になってあの魔法あれが街に放たれたら街は壊滅ですよ?」


 マリガンは元A等級冒険者だ。それにギルドマスターとして長年様々な冒険者を見てきた。そのマリガンの経験と勘が激しく警鐘を鳴らしている。あの二人と敵対してはならないと。ここの議員達はあの魔法を見ていない。個人の魔法や装備ではアレを防ぐことは不可能であり、止められる者などいないのだ。


「仮に議会権限で強引に進めるなら、私はこの街から家族を連れて逃げますよ。せっかく救われたのに無駄に死にたくはありませんので」


「「「……」」」


「それほどかね? 報告された戦闘の内容が信じられんのだがな」


「はい。間違いなくA等級以上、それが二人もです。この国の全てをもっても止められませんよ。機嫌は損ねない方が宜しいかと……」


「……『S』の認定に値するというのか?」


「既にギルド本部にはそう報告してます」


 中央に座っていた議長らしき初老の男が立ち上がる。


「その二人については冒険者ということで、君に一任する。何か要望があれば取り計らう。街を救った英雄だ、こちらも丁重に対応したい。報告は密に頼むよマリガン君」


「依頼とあらば、承りましょう」

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